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第2話:真実の愛という名の安価な関係性
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「……真実の愛、ですか」
ヴィオラは冷ややかな瞳で二人を観察した。
密着する身体、高揚した表情、周囲の視線に酔いしれる自己陶酔。
「観察する限り……、それは熱可塑性樹脂のようなものですね」
静かだが、よく通る声だった。
予想外の単語に、ジュリアンが目を白黒させる。
「は? ねつ、か……、なんだそれは! わけのわからんことを言うな!」
彼はまったく理解が追い付いていない様子だった。
「ご存じありませんか? 熱可塑性樹脂とは、熱を加えるとドロドロに軟化して流動し、冷めると固まる性質を持つ高分子化合物のことです」
ヴィオラは淡々と解説を始めた。
まるで学会のプレゼンテーションのように。
「今の殿下たちは、まさに情熱という熱エネルギーによって軟化し、形を保てずにドロドロに溶け合っている状態です。一見、一体化しているように見えますが……、この結合は極めて環境変化に弱いのです」
「なっ……」
「熱が冷めれば、途端に硬化し、柔軟性を失います。経年劣化による黄変やクラック――つまりヒビ割れも起きやすい。要するに、一時の感情で形を変える、安価で汎用的な結合だということです」
シーン、と会場が静まり返る。
誰かが「ぷっ」と吹き出す音が聞こえた。
熱に浮かされただけの関係を安物に例えられたことに気づき、貴族たちが口元を隠しながら震え始める。
その様子に気がついたジュリアンは、顔を真っ赤にした。
「き、貴様……! よくも神聖な愛を愚弄したな! いいだろう、そこまで言うなら、貴様のその自慢の知識がいかに役立たずか、証拠を突きつけてやる!」
ジュリアンは懐から一束の書類を取り出し、バサリと床に投げ捨てた。
散らばった紙には、複雑なグラフや数値が羅列されている。
「これは王立研究所の権威ある学者に書かせた報告書だ! 貴様が先月、王宮の西棟で使用した補修用接着剤――あれは欠陥品だとな!」
会場のざわめきが大きくなる。
「欠陥品?」
「王宮が危ないのか?」
という不安の声。
ミシェルがここぞとばかりに声を上げた。
「ひどぉい! ヴィオラ様、王宮の皆様を危険に晒すなんて……、やっぱり性格が悪いですぅ!」
ジュリアンは勝ち誇った顔で鼻を鳴らす。
「見たか! このデータによれば、貴様の配合した樹脂は、高温下で著しく強度が低下するとある! 夏になれば王宮は崩れるということだ! こんな危険人物を王太子妃になどできるものか!」
ヴィオラは表情一つ変えず、足元に落ちた書類の一枚を拾い上げた。
指先で眼鏡の位置を直す。
彼女の瞳が、スレートグレーの冷徹な光を帯びて紙面を走査した。
(……なるほど。御用学者が書いた、結論ありきの捏造レポートですね)
ヴィオラにとって、不当な婚約破棄自体はどうでもよかった。
だが、自身の知識や技術と、愛する化学を侮辱されることだけは、看過できない。
「殿下」
「なんだ。言い訳なら聞かんぞ」
彼は勝ち誇ったような表情で言った。
しかし、彼女がこれからするのは言い訳ではなく、論理的な断罪だった。
ヴィオラは冷ややかな瞳で二人を観察した。
密着する身体、高揚した表情、周囲の視線に酔いしれる自己陶酔。
「観察する限り……、それは熱可塑性樹脂のようなものですね」
静かだが、よく通る声だった。
予想外の単語に、ジュリアンが目を白黒させる。
「は? ねつ、か……、なんだそれは! わけのわからんことを言うな!」
彼はまったく理解が追い付いていない様子だった。
「ご存じありませんか? 熱可塑性樹脂とは、熱を加えるとドロドロに軟化して流動し、冷めると固まる性質を持つ高分子化合物のことです」
ヴィオラは淡々と解説を始めた。
まるで学会のプレゼンテーションのように。
「今の殿下たちは、まさに情熱という熱エネルギーによって軟化し、形を保てずにドロドロに溶け合っている状態です。一見、一体化しているように見えますが……、この結合は極めて環境変化に弱いのです」
「なっ……」
「熱が冷めれば、途端に硬化し、柔軟性を失います。経年劣化による黄変やクラック――つまりヒビ割れも起きやすい。要するに、一時の感情で形を変える、安価で汎用的な結合だということです」
シーン、と会場が静まり返る。
誰かが「ぷっ」と吹き出す音が聞こえた。
熱に浮かされただけの関係を安物に例えられたことに気づき、貴族たちが口元を隠しながら震え始める。
その様子に気がついたジュリアンは、顔を真っ赤にした。
「き、貴様……! よくも神聖な愛を愚弄したな! いいだろう、そこまで言うなら、貴様のその自慢の知識がいかに役立たずか、証拠を突きつけてやる!」
ジュリアンは懐から一束の書類を取り出し、バサリと床に投げ捨てた。
散らばった紙には、複雑なグラフや数値が羅列されている。
「これは王立研究所の権威ある学者に書かせた報告書だ! 貴様が先月、王宮の西棟で使用した補修用接着剤――あれは欠陥品だとな!」
会場のざわめきが大きくなる。
「欠陥品?」
「王宮が危ないのか?」
という不安の声。
ミシェルがここぞとばかりに声を上げた。
「ひどぉい! ヴィオラ様、王宮の皆様を危険に晒すなんて……、やっぱり性格が悪いですぅ!」
ジュリアンは勝ち誇った顔で鼻を鳴らす。
「見たか! このデータによれば、貴様の配合した樹脂は、高温下で著しく強度が低下するとある! 夏になれば王宮は崩れるということだ! こんな危険人物を王太子妃になどできるものか!」
ヴィオラは表情一つ変えず、足元に落ちた書類の一枚を拾い上げた。
指先で眼鏡の位置を直す。
彼女の瞳が、スレートグレーの冷徹な光を帯びて紙面を走査した。
(……なるほど。御用学者が書いた、結論ありきの捏造レポートですね)
ヴィオラにとって、不当な婚約破棄自体はどうでもよかった。
だが、自身の知識や技術と、愛する化学を侮辱されることだけは、看過できない。
「殿下」
「なんだ。言い訳なら聞かんぞ」
彼は勝ち誇ったような表情で言った。
しかし、彼女がこれからするのは言い訳ではなく、論理的な断罪だった。
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