白い結婚だったはずなのに、少し糖度が高すぎる気がするのですが。~殿下が今更復縁を懇願してきましたが、もう遅いです~

水上

文字の大きさ
3 / 40

第3話:論理的断罪

「この論文の図表3に示された、80℃環境下での剪断強度データについて質問があります」

「は?」

 予想外の切り返しに、ジュリアンが口を開けたまま固まる。
 ヴィオラは書類を指先で弾き、冷徹に追い打ちをかけた。

「ここです。80℃で強度が40%低下したとありますが、この試験片の養生時間と湿度管理の詳細はどうなっていますか? グラフのカーブを見る限り、明らかに硬化不良を起こした状態で加熱試験を行っていますね」

「よ、養生……? しつど……?」

「さらに言えば、使用されている被着体の表面処理についての記述が抜けています。私の配合は、酸化アルミニウム被膜への化学吸着を前提とした設計です。もしこれを、単なる脱脂のみのステンレス鋼で試験したのであれば、データが悪くなるのは当然――いいえ、むしろ故意に数値を下げるための不正操作と言えます」

 ヴィオラは一歩、前に踏み出した。
 その迫力に、ジュリアンがたじろぐ。

「さあ、答えてください殿下。この試験を行った際の、相対湿度は何パーセントでしたか? イソシアネート基は水分と反応して発泡します。このデータのばらつきは、明らかに多湿環境での施工ミスを示唆していますが」

「そ、それは……、ええと、その……」

 ジュリアンの視線が泳ぐ。

 彼はただ、ヴィオラを追い落とすための悪い報告書を作らせただけで、中身など一行も理解していなかったのだ。

 専門用語の嵐に、反論どころか理解すら追いつかない。

「……答えられないのですね」

 ヴィオラは興味を失ったように、手にした書類をパラリと落とした。

「自分が提示した証拠の内容すら把握していない。……論理的破綻も甚だしいですね」

 ジュリアンの顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。

 周囲の貴族たちの目は、もはや地味な令嬢を見る目ではなく、底知れない知識を持つ賢者と浅はかな王太子を見る目に変わっていた。

 ヴィオラは優雅にカーテシーを行った。
 それは完璧な所作でありながら、これ以上の対話は無駄という絶縁状のようにも見えた。

「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。殿下のおっしゃる通り、私たちの間には信頼という名の架橋点が一つも形成されなかったようですので」

「ぐ、ぐぬぅ……!」

「それでは、私はこれで。――ああ、最後に一つだけ忠告を」

 背を向けて歩き出したヴィオラは、立ち尽くすジュリアンとミシェルを振り返り、淡く微笑んだ。

「熱可塑性の愛は、冷めると本当に脆いですよ。衝撃を与えないよう、温室の中で大事になさってください」

 その言葉は、まるで予言のように会場に響き渡った。
 こうして、ヴィオラ・クライストは王太子の婚約者という地位を失った。

 だが、彼女の足取りは驚くほど軽かった。
 重たい足枷が外れ、広大な世界へと解き放たれたかのように。

 しかし彼女はまだ知らない。
 この会場の片隅で、一人の男がこの一部始終を熱心に見つめていたことを。

 そして、その男こそが、彼女の知識と技術を正当に評価し、最高の強度で結ばれることになる運命の相手であることを……。

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~

キョウキョウ
恋愛
 幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。  とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。  婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。  アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。  そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

夢喰るか
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓