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第12話:命綱の修復
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辺境伯領での生活が始まって一週間。
ヴィオラは早くも辺境伯夫人としてのドレスではなく、動きやすい作業用のツナギ(自作)に身を包み、領内視察という名の設備点検ツアーに出かけていた。
北の大地の朝は早い。
ピリッとした冷気が肌を刺すが、ヴィオラにとってはこの透明な空気は心地よかった。
王都の淀んだ空気とは大違いだ。
「奥様! 大変です、見てくだせぇ!」
村外れの製粉所から、粉まみれになった初老の男性――製粉組合長が駆け寄ってきた。悲痛な面持ちだ。
「どうしました?」
「水車が……、俺たちの命綱の水車が、止まっちまったんです! 軸が折れたわけじゃねぇんですが、羽根がガタガタになっちまって……」
案内された川辺には、巨大な木製水車が鎮座していた。
しかし、その動きは止まっている。
ヴィオラは保護メガネを装着し、濡れるのも構わずに水車の基部へと近づいた。
「……ふむ。羽根板と外輪の接合部が腐食し、ボルトが緩んでいるのではなく、木材そのものが痩せて穴が広がっていますね」
「そうなんです。何度釘を打ち直しても、木がボロボロだからすぐに抜けちまって……。これじゃあ小麦が挽けねぇ。冬越しの保存食が作れなくなっちまう!」
組合長が頭を抱える。
通常の修繕なら、新しい木材に取り替えるしかない。
だが、それには数週間の時間と、貴重な乾燥木材が必要だ。
冬が迫るこの時期に、そんな猶予はない。
「釘やボルトによる点接合では、応力が一点に集中してしまい、劣化した木材を破壊してしまいます」
ヴィオラは冷静に診断を下すと、腰のツールバッグを叩いた。
「ならば、面で支えればいいのです。――構造用接着剤によるハイブリッド接合を行います」
「……?」
ヴィオラは即座に指示を飛ばした。
彼女が取り出したのは、二つの容器に入った粘度の高い液体だ。
主剤と硬化剤。
これらを正確な比率で混合することで、鋼鉄にも匹敵する強度を生み出す構造用エポキシ樹脂である。
「皆さん、腐った部分を削り取る必要はありません。その隙間こそが、樹脂が入り込むアンカーになります。このペーストを接合部全体に充填し、私が合図するまで板を押さえていてください」
ヴィオラは手際よく樹脂を塗りたくり、ガタつく羽根板を元の位置に固定していく。
釘だけで支えていた不安定な構造が、樹脂という人工の肉によって隙間なく埋められていく。
「釘も併用しますが、それはあくまで樹脂が硬化するまでの仮止めです。主役はこの樹脂です」
数時間後。
完全に硬化した樹脂は、古い木材と一体化し、岩のように硬くなっていた。
「水門を開けてください!」
ヴィオラの合図で、川の水が流れ込む。
水流を受けた羽根が、重々しく、しかし力強く回り始めた。
以前のような「ギシギシ」という悲鳴は聞こえない。
滑らかで、安定した回転だ。
「おぉ……、回った! 前より勢いがいいぞ!」
「ガタつきがねぇ! これなら倍の麦を入れても大丈夫だ!」
製粉所の石臼がゴロゴロと軽快な音を立てて回り始め、真っ白な小麦粉が溢れ出てくる。
村人たちが歓声を上げ、ヴィオラを取り囲んだ。
「すげぇや奥様! 水車の神様だ!」
「神ではありません。接触面積を拡大することで応力を分散させた、ただの物理現象です」
ヴィオラは淡々と答えたが、村人たちは聞く耳を持たず、彼女の手を握りしめて感謝した。
その帰り際。
組合長が「これを持っていってくだせぇ!」と、挽きたての最高級小麦粉を袋いっぱいに持たせてくれた。
それは、彼らの感謝の重みそのものだった。
ヴィオラは早くも辺境伯夫人としてのドレスではなく、動きやすい作業用のツナギ(自作)に身を包み、領内視察という名の設備点検ツアーに出かけていた。
北の大地の朝は早い。
ピリッとした冷気が肌を刺すが、ヴィオラにとってはこの透明な空気は心地よかった。
王都の淀んだ空気とは大違いだ。
「奥様! 大変です、見てくだせぇ!」
村外れの製粉所から、粉まみれになった初老の男性――製粉組合長が駆け寄ってきた。悲痛な面持ちだ。
「どうしました?」
「水車が……、俺たちの命綱の水車が、止まっちまったんです! 軸が折れたわけじゃねぇんですが、羽根がガタガタになっちまって……」
案内された川辺には、巨大な木製水車が鎮座していた。
しかし、その動きは止まっている。
ヴィオラは保護メガネを装着し、濡れるのも構わずに水車の基部へと近づいた。
「……ふむ。羽根板と外輪の接合部が腐食し、ボルトが緩んでいるのではなく、木材そのものが痩せて穴が広がっていますね」
「そうなんです。何度釘を打ち直しても、木がボロボロだからすぐに抜けちまって……。これじゃあ小麦が挽けねぇ。冬越しの保存食が作れなくなっちまう!」
組合長が頭を抱える。
通常の修繕なら、新しい木材に取り替えるしかない。
だが、それには数週間の時間と、貴重な乾燥木材が必要だ。
冬が迫るこの時期に、そんな猶予はない。
「釘やボルトによる点接合では、応力が一点に集中してしまい、劣化した木材を破壊してしまいます」
ヴィオラは冷静に診断を下すと、腰のツールバッグを叩いた。
「ならば、面で支えればいいのです。――構造用接着剤によるハイブリッド接合を行います」
「……?」
ヴィオラは即座に指示を飛ばした。
彼女が取り出したのは、二つの容器に入った粘度の高い液体だ。
主剤と硬化剤。
これらを正確な比率で混合することで、鋼鉄にも匹敵する強度を生み出す構造用エポキシ樹脂である。
「皆さん、腐った部分を削り取る必要はありません。その隙間こそが、樹脂が入り込むアンカーになります。このペーストを接合部全体に充填し、私が合図するまで板を押さえていてください」
ヴィオラは手際よく樹脂を塗りたくり、ガタつく羽根板を元の位置に固定していく。
釘だけで支えていた不安定な構造が、樹脂という人工の肉によって隙間なく埋められていく。
「釘も併用しますが、それはあくまで樹脂が硬化するまでの仮止めです。主役はこの樹脂です」
数時間後。
完全に硬化した樹脂は、古い木材と一体化し、岩のように硬くなっていた。
「水門を開けてください!」
ヴィオラの合図で、川の水が流れ込む。
水流を受けた羽根が、重々しく、しかし力強く回り始めた。
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「おぉ……、回った! 前より勢いがいいぞ!」
「ガタつきがねぇ! これなら倍の麦を入れても大丈夫だ!」
製粉所の石臼がゴロゴロと軽快な音を立てて回り始め、真っ白な小麦粉が溢れ出てくる。
村人たちが歓声を上げ、ヴィオラを取り囲んだ。
「すげぇや奥様! 水車の神様だ!」
「神ではありません。接触面積を拡大することで応力を分散させた、ただの物理現象です」
ヴィオラは淡々と答えたが、村人たちは聞く耳を持たず、彼女の手を握りしめて感謝した。
その帰り際。
組合長が「これを持っていってくだせぇ!」と、挽きたての最高級小麦粉を袋いっぱいに持たせてくれた。
それは、彼らの感謝の重みそのものだった。
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