王太子から婚約破棄され、彼の新たな婚約者に努力の結晶を盗まれましたが、それが王都崩壊のきっかけでした。

水上

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第7話:離れない手

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 アレクセイは、エレノアが自身の指先をこすり合わせているのに気づいた。
 マントの中で体は温まってきたが、露出していた指先はまだ氷のように冷たいままだ。

「……指先が冷たいな」

「はい。末梢血管が収縮し、血流量が低下しています。現時点で指先の運動機能が約30%低下していると推測されます。これでは、ビーカーを持つ手が滑る可能性がありますね」

「それは困る」

 アレクセイは、自分の大きな手で、エレノアの両手を包み込んだ。

 ゴツゴツとした武人の手。
 だが、その熱量は驚くほど高かった。

「……っ」

 エレノアが小さく息を呑む。

 熱いほどだった。
 冷え切った指先が、じりじりと解凍されていく。

「俺の手は温かいだろう。基礎代謝が高いからな。常に燃焼しているようなものだ」

「……素晴らしい熱源です」

 エレノアは、包み込まれた自分の手を、ぎゅっと握り返した。
 貪欲に熱を求めている。

「熱力学第二法則に従い、熱は高温物体から低温物体へと移動します。……閣下、熱平衡状態になるまで、この手を離さないでください」

 上目遣いに見上げ、真顔で離すなと懇願する彼女。
 その瞳は、ロマンチックな情熱ではなく、純粋に熱エネルギーの供給を求めていた。

 アレクセイは無意識のうちに、握る手に力を込めていた。

「ああ」

 低く、重厚な声が、エレノアの鼓膜を心地よく震わせる。

「一生、離さん」

「……はい?」

 エレノアは首を傾げた。

「一生、ですか? 熱平衡に至るまでの時間は数分程度かと推測されますが……」

「言葉のアヤだ。……いや、そうでもないか」

 アレクセイは少しバツが悪そうに視線を逸らしたが、手は決して離さなかった。
 エレノアは眼鏡の奥で瞬きをした。

(一生離さない。つまり、私が提示した雇用契約――白い結婚の期間を、終身契約に延長するという提案でしょうか? 私の能力をそれほど高く評価してくれていると?)

 彼女の脳内会議は、盛大な解釈違いを起こしていた。
 しかし、不快ではなかった。

 むしろ、この温かく大きな手が、これからの人生における不確定な未来というリスクから自分を守ってくれる最強の盾のように思えた。

「……分かりました。では、契約内容の変更を前向きに検討します」

「契約の話はしていないんだが……、まあいい」

 アレクセイは小さく笑い、マントの隙間から入り込む風を防ぐように、さらに強くエレノアを引き寄せた。

 窓の外では雪がちらつき始めていたが、マントの中は常夏の孤島のように平和で、温かかった。

 熱伝導の法則が完了した後も、二人の手が離れることはなかった。
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