王太子から婚約破棄され、彼の新たな婚約者に努力の結晶を盗まれましたが、それが王都崩壊のきっかけでした。

水上

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第6話:熱伝導の法則と不器用な優しさ

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 王都を出発して三日。
 馬車は北へとひた走っていた。

 車窓を流れる景色は、整備された石畳と田園風景から、次第に針葉樹の森と荒々しい岩肌へと変貌を遂げていた。

 それに比例して、気温の低下も著しい。

「……現在気温、推定摂氏4度。王都との偏差はマイナス10度以上ですね」

 エレノアはガタガタと揺れる馬車の中で、自身の二の腕をさすりながら呟いた。

 白い息が出る。
 辺境伯領ヴォルガードは、国土の最北端に位置する。

 厳しい寒さと獣の脅威に晒された土地だとは聞いていたが、データと体感には乖離があることをエレノアは身をもって理解していた。

(断熱材の不備、および隙間風による熱損失が深刻です。このドレスの生地密度では、体温の維持に必要なカロリー消費が追いつきません)

 彼女は小さく身震いした。
 生理的反応を抑制しようと奥歯を噛み締めるが、末梢神経からの寒冷シグナルは容赦ない。

 対面の座席に座るアレクセイは、分厚い毛皮付きのマントを羽織り、平然とした顔で腕を組んでいる。

 基礎代謝量と筋肉量が桁違いなのだろう。
 彼自身がひとつの巨大な熱源のようにすら見える。

 ふと、アレクセイの鋭い金色の瞳が、エレノアを捉えた。
 彼は眉を寄せ、短く息を吐く。

「……おい」

「はい。なんでしょうか、閣下」

「ガタガタ震えているじゃないか。歯の根が合っていないぞ」

「生理的現象です。外気温の低下に対し、骨格筋を収縮させて熱産生を行っているだけですので、お気になさらず」

 エレノアは強がって見せたが、その言葉尻も寒さで震えていた。

 アレクセイは呆れたように首を振ると、組んでいた腕を解き、自身が羽織っていた巨大なマントの裾を広げた。

 まるで、巨大な黒い翼、あるいは猛獣が巣穴を開いたかのようだ。

「……寒いだろう。入れ」

「はい?」

「こっちへ来いと言っている。その薄っぺらいドレスで風邪を引かれたら、領地に着く前に死んでしまうぞ」

 ぶっきらぼうな物言いだが、広げられたマントの内側には、上質な毛皮と彼の体温が満ちているのが見て取れた。

 エレノアは一瞬思考し、即座に最適解を導き出した。

「……合理的です」

 彼女は席を立ち、揺れる馬車の中でふらつきながらもアレクセイの隣へと移動した。
 躊躇なく、その分厚いマントの中へと滑り込む。

「失礼します。……あたたかい」

 包み込まれた瞬間、圧倒的な熱量がエレノアを包囲した。
 アレクセイの体温が、冷え切った彼女の体をじんわりと溶かしていく。

「熱伝導の法則ですね。接触面積を増やして体温を共有するのは、エネルギー効率的に正解です」

 エレノアはそう解説しながら、さらに遠慮なく体を預けた。

「では失礼して、閣下の広背筋に密着します。この部位は筋肉量が多く、発熱効率が最も高いと推測されますので」

「……お前、男の懐に入っておいて、筋肉の解説をするのか」

 アレクセイの声には、苦笑が混じっていた。
 普通なら、恥ずかしいと身を縮こまらせるところだろう。

 だが、エレノアは至って真剣に、彼の背中の筋肉の張りを、良質な断熱壁として評価していた。

(理屈っぽいところも含めて、見ていて飽きないな……)

 アレクセイは内心でそう呟きながら、マントの上から彼女の肩を抱き寄せた。

 華奢な肩だ。
 こんな細い体で、王宮の古狸たちや、あの愚かな王太子と戦っていたのかと思うと、胸の奥が痛んだ。

 その時、アレクセイはあることに気がついた。
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