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第9話:定義できない変数の出現
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エレノアは口元をナプキンで拭い、怪訝そうに首を傾げた。
「……閣下、そんなに見つめられると食事がしにくいのですが。もしや、私の咀嚼回数が少なすぎて消化酵素のアミラーゼ分泌が不十分だと懸念されていますか? 消化不良のリスクなら考慮済みですが」
「……」
アレクセイは一瞬、きょとんとした顔をし、それから呆れたように視線を逸らした。
「……いや、ただ可愛いと思って見ていただけだ」
「……?」
(可愛い? 咀嚼音がでしょうか? あるいは咬筋の動きが?)
ボソリと呟かれた言葉の意味を、エレノアの脳内では適切に処理できなかった。
可愛いという主観的評価は、彼女にとって未知の変数だ。
首を捻りながらも、エレノアはスプーンを進める。
温かいスープが胃に落ちるたび、強張っていた神経が緩んでいくのを感じた。
完食して息をつくと、アレクセイがすかさずお代わりをよそおうとした。
「いえ、もう十分です。これ以上はカロリーオーバーです」
「まだ足りん。頬がこけている」
「閣下、なぜそこまで私の食事に執着するのですか? 私は研究員としての成果を出せれば、それで……」
エレノアの問いに、アレクセイはスプーンを止め、真剣な眼差しを向けた。
「お前が倒れると、領地の損失だ」
その言葉は、冷徹な管理者のもののようでありながら、どこか熱を帯びていた。
「……というのは建前で、単純に俺が、お前に元気でいてほしいだけだ」
付け加えられた本音に、エレノアは目を見開いた。
領地の損失、それは理解できる。
費用対効果の観点から、重要な人材のメンテナンスを行うのは合理的だ。
だが、その後半部分は――論理の枠を超えていた。
「……貴方は、不思議な方ですね」
「そうか?」
「はい。貴方の言葉には、論理的整合性以上の何かが含まれています。今のところ、それを定義する変数が私には見つかりませんが」
エレノアは少し困ったように微笑み、差し出された二杯目のスープを受け取った。
「ですが、オーナーの命令とあらば従いましょう。このスープが、私の脳細胞の活動効率を最大化してくれることは、実証されましたから」
文句を言いつつも素直に食べるエレノアを、アレクセイは目を細めて見守っていた。
研究のことになると周りが見えなくなるこの新しい妻には、自分のようなお節介が必要なのだと、彼は確信していた。
(まったく、手のかかる……。だが、悪くない)
空になった皿を見て、アレクセイは密かに拳を握りしめた。
彼の餌付け作戦は、どうやら成功したようである。
「……閣下、そんなに見つめられると食事がしにくいのですが。もしや、私の咀嚼回数が少なすぎて消化酵素のアミラーゼ分泌が不十分だと懸念されていますか? 消化不良のリスクなら考慮済みですが」
「……」
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「……いや、ただ可愛いと思って見ていただけだ」
「……?」
(可愛い? 咀嚼音がでしょうか? あるいは咬筋の動きが?)
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可愛いという主観的評価は、彼女にとって未知の変数だ。
首を捻りながらも、エレノアはスプーンを進める。
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「いえ、もう十分です。これ以上はカロリーオーバーです」
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「閣下、なぜそこまで私の食事に執着するのですか? 私は研究員としての成果を出せれば、それで……」
エレノアの問いに、アレクセイはスプーンを止め、真剣な眼差しを向けた。
「お前が倒れると、領地の損失だ」
その言葉は、冷徹な管理者のもののようでありながら、どこか熱を帯びていた。
「……というのは建前で、単純に俺が、お前に元気でいてほしいだけだ」
付け加えられた本音に、エレノアは目を見開いた。
領地の損失、それは理解できる。
費用対効果の観点から、重要な人材のメンテナンスを行うのは合理的だ。
だが、その後半部分は――論理の枠を超えていた。
「……貴方は、不思議な方ですね」
「そうか?」
「はい。貴方の言葉には、論理的整合性以上の何かが含まれています。今のところ、それを定義する変数が私には見つかりませんが」
エレノアは少し困ったように微笑み、差し出された二杯目のスープを受け取った。
「ですが、オーナーの命令とあらば従いましょう。このスープが、私の脳細胞の活動効率を最大化してくれることは、実証されましたから」
文句を言いつつも素直に食べるエレノアを、アレクセイは目を細めて見守っていた。
研究のことになると周りが見えなくなるこの新しい妻には、自分のようなお節介が必要なのだと、彼は確信していた。
(まったく、手のかかる……。だが、悪くない)
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