王太子から婚約破棄され、彼の新たな婚約者に努力の結晶を盗まれましたが、それが王都崩壊のきっかけでした。

水上

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第10話:死の川

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 ヴォルガード辺境伯領での生活が始まって二週間。

 エレノアは、アレクセイによる徹底的な栄養管理のもと、離れに新設された研究棟と領内視察を往復する日々を送っていた。

 ある日の午後、領地を流れる大河の下流を視察していたエレノアは、眉間の皺を深くした。

「……硫化水素の臭気が感知されます。それに、この水面の泡立ちは異常です」

 彼女の目の前にある川は、白く濁り、淀んでいた。
 川岸には死んだ魚が打ち上げられ、ハエがたかっている。

 同行していたアレクセイが、沈痛な面持ちで頷いた。

「昔は豊かな漁場だったんだがな。ここ数年、急激に汚染が進んだ。上流の人口増加に伴い、生活排水が垂れ流しになっているのが原因だ。……領民たちは死の川と呼んでいる」

 アレクセイは拳を握りしめる。
 武力で獣は倒せても、川の汚れを剣で斬ることはできない。

 彼は領主として、解決策が見つからないことに無力感を抱いていた。
 だが、エレノアは眼鏡のブリッジをくいと押し上げ、冷静に分析を開始した。

「原因は明白です。排水に含まれる有機物の分解が追いつかず、富栄養化による酸欠状態を引き起こしています。加えて、現在市販されている粗悪な石鹸に含まれる難分解性の合成成分が、バクテリアの活動を阻害しているようですね」

「……治せるか?」

「治すのではありません、閣下。還元するのです」

 エレノアは懐から手帳を取り出し、さらさらと化学式を書きなぐった。

「私の開発した生分解性の高い界面活性剤を普及させ、排出源を断つのが第一段階。そして第二段階として、この澱んだ水には、自然由来の凝集剤と微生物活性化剤を投入します。ヘドロを物理的に沈殿させ、分解プロセスを加速させれば……、理論上、一ヶ月で水質は改善します」

「い、一ヶ月だと? そんなに早く……」

 それからのエレノアの働きぶりは、まさに仕事の鬼だった。

 研究棟にこもり、領地特産の植物から抽出した成分で、環境負荷の低い新型洗剤と、水質浄化剤を大量生産。

 アレクセイの号令でそれらを上流の家庭に配布させ、同時に川への浄化剤投入を行った。

 そして、三週間後。

 辺境伯邸の正門が、騒がしくなった。
 警備兵が慌てて駆け込んでくる。

「か、閣下! 奥様! 漁師たちが……、川の漁師たちが大勢押しかけてきました!」

「何だと? 暴動か?」

 アレクセイが鋭い目つきで立ち上がる。
 エレノアも実験着のまま後に続いた。

 しかし、門の前にいたのは、武器を持った暴徒ではなかった。

 そんな彼らは、エレノアたちにある報告をするのだった。
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