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第18話:静電気と壁ドンと分析できない現象
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ヴォルガード領の城下町は、活気に満ち溢れていた。
石鹸や羊毛産業の成功により、領民の懐が温まり、市場には笑顔と品物が溢れている。
「……市場経済は活性化しているようです。通貨の流通速度も上昇傾向にありますね」
エレノアは、アレクセイの隣を歩きながら満足げに頷いた。
今日は、一連の事業成功を祝うという名目で、アレクセイに街へ連れ出されていた。
いわゆるデートである。
普段の研究着ではなく、アレクセイが用意した深緑色のドレスを纏ったエレノアは、道行く人々から「あの方が聖女様だ」「なんと知的なお姿」と羨望の眼差しを向けられていた。
「お前のおかげだ。領民たちの顔を見ろ。以前とは見違えるようだ」
アレクセイもまた、領主としての厳しい顔を崩し、穏やかな表情で街を見渡している。
二人の間には、言葉少なながらも確かな信頼関係が流れていた。
ふと、アレクセイが歩調を緩めた。
人混みの中だ。
はぐれないように、という配慮だろう。
彼がそっと、エレノアの手を握ろうと指を伸ばした。
その時だった。
二人の指先が触れ合う直前、青白い火花が散った。
衝撃音と共に、痛みが走る。
「っ!?」
「うっ……!」
二人は反射的に手を引っ込めた。
気まずい沈黙が流れる。
ロマンチックな雰囲気が、一瞬で物理現象によって破壊された瞬間だった。
「……静電気か。嫌われたものだな」
アレクセイが苦笑いしながら、痺れた指先を振る。
エレノアは即座に眼鏡の位置を直した。
「閣下、これは単なる絶縁破壊現象です」
「ぜつえん……?」
「はい。現在、外気温の低下により大気中の絶対湿度が下がっています。加えて、私の着用しているウールのドレスと、閣下のコートのポリエステル裏地……。この組み合わせは摩擦帯電列において、プラスとマイナスの極端な位置にあります」
エレノアは早口でまくし立てた。
「つまり、歩行時の摩擦によって私たちの体表面には数千ボルトの電位差が生じていました。それが接触によって一気に放電したのです。極めて自然な物理法則です」
「……相性が悪いということか?」
「素材の電気的相性は最悪ですが、対策は可能です。手を繋ぐ前に、まずは壁や木などのアースに触れて放電するか、湿度を上げるか……」
そこまで言って、エレノアはハッとした。
「そうです。まずは壁を触ってアースしましょう。そこにあるレンガ壁に掌を密着させてください」
「……手を繋ぐ前に、壁ドンしろってことか?」
アレクセイが真顔で聞き返した。
エレノアは首を傾げる。
「壁ドン? いえ、接地です。ですが、閣下が壁に手をつき、その間に私が立てば、二人同時に放電できて効率的かもしれませんね」
公衆の面前で壁ドンをして、静電気除去を行う領主夫妻。
そのシュールな光景を想像したのか、アレクセイは肩を震わせて笑い出した。
「くっ……、ははは! お前といると、本当に退屈しないな」
アレクセイは優しくエレノアの手を取った。
今度は、痛みはなかった。
分厚く温かい手が、エレノアの手をすっぽりと包み込む。
「……放電完了したようだな」
「……そのようですね」
エレノアは、繋がれた手から伝わる熱を感じながら、少しだけ俯いた。
心拍数が上昇している。
これは静電気ショックによる交感神経の興奮の余韻だろうか?
それにしては、持続時間が長すぎる気がする。
彼女がこの現象を理解するためには、もう少し時間がかかるのかもしれない。
石鹸や羊毛産業の成功により、領民の懐が温まり、市場には笑顔と品物が溢れている。
「……市場経済は活性化しているようです。通貨の流通速度も上昇傾向にありますね」
エレノアは、アレクセイの隣を歩きながら満足げに頷いた。
今日は、一連の事業成功を祝うという名目で、アレクセイに街へ連れ出されていた。
いわゆるデートである。
普段の研究着ではなく、アレクセイが用意した深緑色のドレスを纏ったエレノアは、道行く人々から「あの方が聖女様だ」「なんと知的なお姿」と羨望の眼差しを向けられていた。
「お前のおかげだ。領民たちの顔を見ろ。以前とは見違えるようだ」
アレクセイもまた、領主としての厳しい顔を崩し、穏やかな表情で街を見渡している。
二人の間には、言葉少なながらも確かな信頼関係が流れていた。
ふと、アレクセイが歩調を緩めた。
人混みの中だ。
はぐれないように、という配慮だろう。
彼がそっと、エレノアの手を握ろうと指を伸ばした。
その時だった。
二人の指先が触れ合う直前、青白い火花が散った。
衝撃音と共に、痛みが走る。
「っ!?」
「うっ……!」
二人は反射的に手を引っ込めた。
気まずい沈黙が流れる。
ロマンチックな雰囲気が、一瞬で物理現象によって破壊された瞬間だった。
「……静電気か。嫌われたものだな」
アレクセイが苦笑いしながら、痺れた指先を振る。
エレノアは即座に眼鏡の位置を直した。
「閣下、これは単なる絶縁破壊現象です」
「ぜつえん……?」
「はい。現在、外気温の低下により大気中の絶対湿度が下がっています。加えて、私の着用しているウールのドレスと、閣下のコートのポリエステル裏地……。この組み合わせは摩擦帯電列において、プラスとマイナスの極端な位置にあります」
エレノアは早口でまくし立てた。
「つまり、歩行時の摩擦によって私たちの体表面には数千ボルトの電位差が生じていました。それが接触によって一気に放電したのです。極めて自然な物理法則です」
「……相性が悪いということか?」
「素材の電気的相性は最悪ですが、対策は可能です。手を繋ぐ前に、まずは壁や木などのアースに触れて放電するか、湿度を上げるか……」
そこまで言って、エレノアはハッとした。
「そうです。まずは壁を触ってアースしましょう。そこにあるレンガ壁に掌を密着させてください」
「……手を繋ぐ前に、壁ドンしろってことか?」
アレクセイが真顔で聞き返した。
エレノアは首を傾げる。
「壁ドン? いえ、接地です。ですが、閣下が壁に手をつき、その間に私が立てば、二人同時に放電できて効率的かもしれませんね」
公衆の面前で壁ドンをして、静電気除去を行う領主夫妻。
そのシュールな光景を想像したのか、アレクセイは肩を震わせて笑い出した。
「くっ……、ははは! お前といると、本当に退屈しないな」
アレクセイは優しくエレノアの手を取った。
今度は、痛みはなかった。
分厚く温かい手が、エレノアの手をすっぽりと包み込む。
「……放電完了したようだな」
「……そのようですね」
エレノアは、繋がれた手から伝わる熱を感じながら、少しだけ俯いた。
心拍数が上昇している。
これは静電気ショックによる交感神経の興奮の余韻だろうか?
それにしては、持続時間が長すぎる気がする。
彼女がこの現象を理解するためには、もう少し時間がかかるのかもしれない。
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