婚約破棄されて捨てられたのですが、なぜか公爵様に拾われた結果……。

水上

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第27話:美白の代償

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 その日は、王都の夏を象徴するかのような、雲ひとつない快晴でした。

 王宮の広大な庭園で開催されたガーデンパーティー。

 日差しは強く、貴族の淑女たちは皆、日傘を差して直射日光を避けています。
 この国では白くなめらかな肌こそが貴族女性の美の象徴。
 日焼けは大敵なのです。

「……暑いな。植物にとっては光合成日和だが、人間がドレスを着込んで集まるには不向きだ」

 木陰のベンチで、アルフレッド様がハンカチで額を拭いながらぼやきました。
 私も冷たいレモネードを飲みながら同意します。

「そうですね。でも、皆様美白には余念がないようです」

 会場を見渡すと、令嬢たちが美容談義に花を咲かせていました。
 そんな中、またしてもあの大声が響き渡りました。

「さあ、ご婦人方! 日傘など捨ててしまいなさい! 我がローズベリー商会が見つけた魔法の美容草があれば、太陽など恐れるに足りません!」

 懲りない男、エドワード様です。
 彼は従者に命じて、巨大な植物の鉢植えを運ばせていました。
 それは私の背丈を優に超えるほど大きく、レースのような白い花を傘状に咲かせています。

「あら、なんて立派なお花」

「これ、セリ科の植物かしら? ニンジンの花に似ているけれど……」

 令嬢たちが興味津々で集まります。
 その横で、ベアトリス様が得意げにポーズをとりました。

 以前のヒ素や鉛による体調不良を隠すためか、今日の彼女はいつにも増して厚化粧です。

「皆様、ご覧になって。この植物の茎から出る聖なる雫を肌に塗れば、瞬く間に透き通るような白い肌が手に入りますのよ」

 ベアトリス様は、植物の太い茎をナイフで傷つけました。
 そこから透明な樹液が滲み出します。
 彼女はそれを指に取り、自分の腕やデコルテにたっぷりと塗りつけました。

「ほら、ひんやりとして気持ちいいですわ。古い角質が取れて、真っ白な肌に生まれ変わるのです!」

「まあ! 素敵!」

「わたくしも塗りたいわ!」

 美白、即効性という甘い言葉に誘われ、令嬢たちが次々と樹液を手に取り、腕や首筋に塗り始めました。
 遠巻きに見ていた私は、その植物のあまりの大きさと、茎にある紫色の斑点を見て、戦慄しました。

「……嘘。あれは駄目です!」

「フローラ?」

「アルフレッド様、あれはジャイアント・ホグウィードです!」

 私が叫んで駆け出したのと、悲劇が始まったのは同時でした。

「きゃああああっ! 痛い! 熱い!」

 最初に樹液を塗ったベアトリス様が、突如として絶叫し、自分の腕を抱えて転げ回りました。

「な、なんだ!? どうしたベアトリス!」

「腕が! 腕が焼けるように痛いの! 火がついたみたいに!」

 見れば、彼女が樹液を塗った皮膚が、みるみるうちに真っ赤に腫れ上がり、水膨れができ始めています。
 他の令嬢たちも次々と悲鳴を上げました。

「いやぁぁ! 私の首が!」

「痛い! 助けて!」

 会場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化しました。
 強い夏の日差しが降り注ぐ中、彼女たちの肌は、まるで火傷を負ったかのようにただれていきます。

「皆さん、日陰に入ってください! 太陽に当たっちゃ駄目です!」

 私は叫びながら、近くにいた令嬢に自分のショールを被せました。
 アルフレッド様もすぐに動き、テーブルクロスを引き剥がして、パニックになる女性たちを覆っていきます。

「太陽光を遮断しろ! これはただのかぶれではない!」

 エドワード様は腰を抜かして震えていました。

「な、ななな何が起きたんだ!? ただの植物の汁だぞ!? 毒なんて入ってないはずだ!」

「毒はある! だが、お前が思うような毒とはメカニズムが違う!」

 アルフレッド様は、エドワード様の胸ぐらを掴み上げ、巨大な植物の陰に放り投げました。

「いいか、この植物の名はジャイアント・ホグウィード(巨大豚草)。その樹液にはフロロクマリンという光毒性物質が含まれている!」

「ひ、光毒性……?」

「そうだ! この樹液がついた皮膚は、紫外線に対する防御機能を完全に失う。その状態で日光を浴びればどうなるか……。普段の何百倍ものダメージを受け、重度の火傷を負うのだ!」

 アルフレッド様は、赤く腫れ上がったベアトリス様の腕を指差しました。

「彼女たちは今、太陽の光そのものに焼かれているのだ! 樹液がレンズのように紫外線を増幅させ、細胞を破壊している!」

 ベアトリス様は泣き叫んでいます。

「嫌ぁぁ! 私の肌が! 美白になるはずだったのに、真っ赤にただれて……!」

「すぐに洗い流さねば、一生消えない傷跡が残るぞ! 最悪の場合、樹液が目に入れば失明する!」

 失明、という言葉に、樹液を顔に塗ろうとしていた令嬢が凍りつきました。

「フローラ! 水だ! ありったけの水を用意させろ!」

「はい! 噴水の方へ誘導します!」

 私は使用人たちと協力し、泣き叫ぶ令嬢たちを噴水広場へと連れて行きました。

 冷たい水で樹液を洗い流し、清潔な布で患部を覆います。
 幸い、早急な処置のおかげで最悪の事態は免れましたが、それでも多くの令嬢が包帯姿になってしまいました。

 騒動が落ち着いた後。

 庭園の片隅には、巨大な悪魔の草が、夏の日差しを浴びて堂々と咲き誇っていました。
 エドワード様は衛兵に囲まれ、うなだれています。

「……知らなかったんだ。山奥では神の草と呼ばれていると聞いて……」

「現地では薬として使うこともあるが、素人が美容目的で塗るものではない」

 アルフレッド様は、分厚い革手袋をして植物の茎を折り取りました。

「天然由来成分だから安全だなどという妄想は捨てろ。自然界の植物たちは、虫や動物から身を守るために必死だ。この植物にとって、日光を味方につけて敵を焼くのは、優れた生存戦略なのだよ」

 包帯でぐるぐる巻きになったベアトリス様が、恨めしそうにエドワード様を睨みつけました。

「……もう別れます。エドワード様と一緒にいると、身が持ちませんわ」

「ま、待ってくれベアトリス! 次は、次はちゃんとするから!」

 泣きつくエドワード様を無視して、ベアトリス様はよろよろと去っていきました。
 その背中は痛々しいものでしたが、ある意味、彼女自身が一番の被害者なのかもしれません。

「……フローラ。君の手は大丈夫か?」

「はい。直接触れていませんから」

「よかった」

 アルフレッド様は私の頬に落ちた汗を拭いました。

「白さを求めるあまり、太陽という恵みを敵に回すとは皮肉な話だ。……君のように、日差しの中で汗をかいて働く姿の方が、私にはよほど輝いて見えるがな」

「……もう。アルフレッド様ったら」

 私は照れ隠しにレモネードを一気飲みしました。

 美白よりも健康美。
 そして何より、正しい知識こそが、自分を守る最強の日焼け止めなのです。
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