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第44話:エドワードの誤算
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風車の丘での攻防は、最終局面を迎えていました。
自ら放った光毒性の煙を浴び、太陽光に焼かれて満身創痍のエドワード様とベアトリス様。
二人は、駆けつけた衛兵たちに包囲され、もはや逃げ場はありませんでした。
「年貢の納め時だ、エドワード。おとなしく縛につけ」
アルフレッド様が、私の肩を抱きながら静かに告げました。
しかし、追い詰められたエドワード様の目には、まだ諦めの色はなく、むしろ狂気じみた光が宿っていました。
「……ふふ、ふふふ。まだだ。まだ終わってないぞ、公爵」
エドワード様は、懐から小汚いガラス瓶を取り出しました。
中には、どろりとした琥珀色の液体が入っています。
「こいつがある限り、勝負は分からない。……いや、俺の勝ちは確定している!」
「なんだそれは? また下らない偽薬か?」
「偽薬だと? こいつは、お前たちが俺に教えてくれた知識で作った最強の猛毒だ!」
エドワード様は、瓶を高く掲げました。
「覚えているか、フローラ? 以前俺が送った青い果実のことを! 『未熟な果実には青酸の毒がある』と、お前は言ったな!」
私はハッとしました。
確かに、私はそう言いました。
バラ科の未熟な果実や種子には、アミグダリンという青酸配糖体が含まれていると。
「俺はあの後、領中の未熟な青梅やアンズを何千個とかき集めた! そして、その種を砕き、大鍋で三日三晩、徹底的に煮詰めて濃縮したんだ!」
エドワード様は勝ち誇ったように叫びました。
「分かるか? 数千個分の毒素が、この一瓶に凝縮されている! これを飲めば、象だって即死するはずだ!」
「煮詰めた、だと……?」
アルフレッド様が、怪訝な顔をしました。
「怖いか? 当然だ! さあ、死にたくなければ道を空けろ! さもなくば、こいつをフローラにぶちまけて、無理やり飲ませてやるぞ!」
「ひっ……!」
私はアルフレッド様の背中に隠れました。
未熟な果実の種子(核)に含まれる毒は本物です。
もしそれが高濃度で濃縮されているなら、確かに危険です。
「やって! エドワード様! わたくしたちの痛みを思い知らせてやって!」
ベアトリス様も、日焼けした顔を歪めて叫びます。
エドワード様は覚悟を決め、瓶の蓋を開けると、私に向かって突進してきました。
「道連れだぁぁぁっ!」
「危ない!」
アルフレッド様が私を突き飛ばし、自ら盾になりました。
エドワード様はアルフレッド様に組み付き、その口元に瓶を押し付け、中身を強引に流し込みました。
「飲め! 天才公爵様よぉ! 俺の努力の結晶を味わえぇぇ!」
「んぐっ……!」
アルフレッド様は抵抗しましたが、液体の一部が口に入ってしまいました。
「アルフレッド様!!」
私は悲鳴を上げました。
衛兵たちが駆け寄り、エドワード様を引き剥がして地面に押さえつけます。
しかし、エドワード様は泥だらけの顔で高笑いしました。
「あははは! やった! 飲ませたぞ! ざまあみろ! 数千個分の青酸だ、すぐに泡を吹いてのたうち回るぞ!」
私はアルフレッド様に駆け寄り、背中をさすりました。
「吐いてください! すぐに吐き出して!」
「……待て、フローラ」
アルフレッド様は口元を拭い、不思議そうな顔をしていました。
苦しむ様子も、痙攣する様子もありません。
それどころか、舌なめずりをして味を確認しています。
「……甘いな」
「え?」
「香ばしくて、濃厚な甘みだ。まるで上質なアーモンドシロップのようだ」
エドワード様の笑い声が止まりました。
「は……? あ、甘い? 何を言っている? 苦しめよ! 死ねよ!」
「残念だが、死ぬ要素が見当たらん。むしろ糖分補給になった」
アルフレッド様は、呆れ果てた目でエドワード様を見下ろしました。
「エドワード君。君は『三日三晩煮詰めた』と言ったな?」
「そ、そうだ! 熱を加えて水分を飛ばし、毒を濃くしたんだ!」
「それが致命的なミスだ」
アルフレッド様は、まるで講義をするように指を立てました。
「いいか、よく聞け。青酸配糖体(アミグダリン)自体は無害な物質だ。これが毒になるには、エムルシンという分解酵素が働いて、加水分解され、シアン化水素(青酸)が発生しなければならない」
私はすぐに理解し、脱力しました。
「……そうだ。酵素は熱に弱い……」
「その通りだ、フローラ。酵素の主成分はタンパク質。60度以上の熱を加えれば熱変性を起こし、失活する」
アルフレッド様はエドワード様に宣告しました。
「君は毒を作ろうとして煮沸したことで、毒を生み出すために不可欠な酵素を、君自身の手で全て殺してしまったのだ。結果、残ったのは毒性のないアミグダリンと、砂糖が煮詰まっただけの……、ただの甘いシロップだ」
場が静まり返りました。
エドワード様は、信じられないという顔で口をパクパクさせています。
「う、嘘だ……。だって、毒だって……、お前らが……」
「生のままなら毒だった。だが、君は無知ゆえに、わざわざ手間暇かけて無毒化処理を行ったのだよ。料理人としては優秀かもしれんな」
皮肉な話です。
ジャムや果実酒を作る際、加熱やアルコール漬けにするのは、まさにこの酵素を壊して毒を消すためなのです。
彼は知らず知らずのうちに、正しい食品加工を行っていたのです。
「そ、そんな……。俺の数千個の青梅が……、三日間の努力が……」
「ただのジャム作りだったというわけだ」
エドワード様はガクリと項垂れ、目から涙が溢れ出しました。
それは悔し涙なのか、あまりの情けなさへの涙なのか……。
「なんでだ……。なんで俺がやることは、全部裏目に出るんだ……!」
「知識がないからだ。……だが、感謝するよ」
アルフレッド様は皮肉たっぷりに笑いました。
「おかげで最後の最後に、甘いデザートを楽しむことができた。君の手作りシロップ、悪くなかったぞ」
その一言がトドメでした。
エドワード様は子供のように泣き叫びながら、衛兵に引きずられていきました。
隣で見ていたベアトリス様も、もはや抵抗する気力もなく、へたり込んでいます。
「……終わりましたね」
「ああ。拍子抜けするほどあっけない幕切れだったな」
アルフレッド様は、地面に落ちていた空き瓶を拾い上げ、太陽にかざしました。
残った液体が、キラキラと美しく輝いています。
「毒と薬は紙一重。そして、毒とジャムもまた、温度一つで変わる紙一重の存在だ」
「ふふ。彼、出所したらジャム職人になれるかもしれませんね」
「……私が投資家なら、絶対に金は出さんがな」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
長い戦いの終わりは、血の味ではなく、間抜けなほど甘い杏仁(アーモンド)の香りに包まれていました。
こうして、一連の騒動の主犯格である二人は完全に拘束されました。
残るは、傷ついた人々のケアと、彼らへの正当な裁き――そして、私たちの幸せな未来のための準備だけです。
自ら放った光毒性の煙を浴び、太陽光に焼かれて満身創痍のエドワード様とベアトリス様。
二人は、駆けつけた衛兵たちに包囲され、もはや逃げ場はありませんでした。
「年貢の納め時だ、エドワード。おとなしく縛につけ」
アルフレッド様が、私の肩を抱きながら静かに告げました。
しかし、追い詰められたエドワード様の目には、まだ諦めの色はなく、むしろ狂気じみた光が宿っていました。
「……ふふ、ふふふ。まだだ。まだ終わってないぞ、公爵」
エドワード様は、懐から小汚いガラス瓶を取り出しました。
中には、どろりとした琥珀色の液体が入っています。
「こいつがある限り、勝負は分からない。……いや、俺の勝ちは確定している!」
「なんだそれは? また下らない偽薬か?」
「偽薬だと? こいつは、お前たちが俺に教えてくれた知識で作った最強の猛毒だ!」
エドワード様は、瓶を高く掲げました。
「覚えているか、フローラ? 以前俺が送った青い果実のことを! 『未熟な果実には青酸の毒がある』と、お前は言ったな!」
私はハッとしました。
確かに、私はそう言いました。
バラ科の未熟な果実や種子には、アミグダリンという青酸配糖体が含まれていると。
「俺はあの後、領中の未熟な青梅やアンズを何千個とかき集めた! そして、その種を砕き、大鍋で三日三晩、徹底的に煮詰めて濃縮したんだ!」
エドワード様は勝ち誇ったように叫びました。
「分かるか? 数千個分の毒素が、この一瓶に凝縮されている! これを飲めば、象だって即死するはずだ!」
「煮詰めた、だと……?」
アルフレッド様が、怪訝な顔をしました。
「怖いか? 当然だ! さあ、死にたくなければ道を空けろ! さもなくば、こいつをフローラにぶちまけて、無理やり飲ませてやるぞ!」
「ひっ……!」
私はアルフレッド様の背中に隠れました。
未熟な果実の種子(核)に含まれる毒は本物です。
もしそれが高濃度で濃縮されているなら、確かに危険です。
「やって! エドワード様! わたくしたちの痛みを思い知らせてやって!」
ベアトリス様も、日焼けした顔を歪めて叫びます。
エドワード様は覚悟を決め、瓶の蓋を開けると、私に向かって突進してきました。
「道連れだぁぁぁっ!」
「危ない!」
アルフレッド様が私を突き飛ばし、自ら盾になりました。
エドワード様はアルフレッド様に組み付き、その口元に瓶を押し付け、中身を強引に流し込みました。
「飲め! 天才公爵様よぉ! 俺の努力の結晶を味わえぇぇ!」
「んぐっ……!」
アルフレッド様は抵抗しましたが、液体の一部が口に入ってしまいました。
「アルフレッド様!!」
私は悲鳴を上げました。
衛兵たちが駆け寄り、エドワード様を引き剥がして地面に押さえつけます。
しかし、エドワード様は泥だらけの顔で高笑いしました。
「あははは! やった! 飲ませたぞ! ざまあみろ! 数千個分の青酸だ、すぐに泡を吹いてのたうち回るぞ!」
私はアルフレッド様に駆け寄り、背中をさすりました。
「吐いてください! すぐに吐き出して!」
「……待て、フローラ」
アルフレッド様は口元を拭い、不思議そうな顔をしていました。
苦しむ様子も、痙攣する様子もありません。
それどころか、舌なめずりをして味を確認しています。
「……甘いな」
「え?」
「香ばしくて、濃厚な甘みだ。まるで上質なアーモンドシロップのようだ」
エドワード様の笑い声が止まりました。
「は……? あ、甘い? 何を言っている? 苦しめよ! 死ねよ!」
「残念だが、死ぬ要素が見当たらん。むしろ糖分補給になった」
アルフレッド様は、呆れ果てた目でエドワード様を見下ろしました。
「エドワード君。君は『三日三晩煮詰めた』と言ったな?」
「そ、そうだ! 熱を加えて水分を飛ばし、毒を濃くしたんだ!」
「それが致命的なミスだ」
アルフレッド様は、まるで講義をするように指を立てました。
「いいか、よく聞け。青酸配糖体(アミグダリン)自体は無害な物質だ。これが毒になるには、エムルシンという分解酵素が働いて、加水分解され、シアン化水素(青酸)が発生しなければならない」
私はすぐに理解し、脱力しました。
「……そうだ。酵素は熱に弱い……」
「その通りだ、フローラ。酵素の主成分はタンパク質。60度以上の熱を加えれば熱変性を起こし、失活する」
アルフレッド様はエドワード様に宣告しました。
「君は毒を作ろうとして煮沸したことで、毒を生み出すために不可欠な酵素を、君自身の手で全て殺してしまったのだ。結果、残ったのは毒性のないアミグダリンと、砂糖が煮詰まっただけの……、ただの甘いシロップだ」
場が静まり返りました。
エドワード様は、信じられないという顔で口をパクパクさせています。
「う、嘘だ……。だって、毒だって……、お前らが……」
「生のままなら毒だった。だが、君は無知ゆえに、わざわざ手間暇かけて無毒化処理を行ったのだよ。料理人としては優秀かもしれんな」
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ジャムや果実酒を作る際、加熱やアルコール漬けにするのは、まさにこの酵素を壊して毒を消すためなのです。
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エドワード様はガクリと項垂れ、目から涙が溢れ出しました。
それは悔し涙なのか、あまりの情けなさへの涙なのか……。
「なんでだ……。なんで俺がやることは、全部裏目に出るんだ……!」
「知識がないからだ。……だが、感謝するよ」
アルフレッド様は皮肉たっぷりに笑いました。
「おかげで最後の最後に、甘いデザートを楽しむことができた。君の手作りシロップ、悪くなかったぞ」
その一言がトドメでした。
エドワード様は子供のように泣き叫びながら、衛兵に引きずられていきました。
隣で見ていたベアトリス様も、もはや抵抗する気力もなく、へたり込んでいます。
「……終わりましたね」
「ああ。拍子抜けするほどあっけない幕切れだったな」
アルフレッド様は、地面に落ちていた空き瓶を拾い上げ、太陽にかざしました。
残った液体が、キラキラと美しく輝いています。
「毒と薬は紙一重。そして、毒とジャムもまた、温度一つで変わる紙一重の存在だ」
「ふふ。彼、出所したらジャム職人になれるかもしれませんね」
「……私が投資家なら、絶対に金は出さんがな」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
長い戦いの終わりは、血の味ではなく、間抜けなほど甘い杏仁(アーモンド)の香りに包まれていました。
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