婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第22話:丸い石英と、消えた大河の記憶

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 翌朝。

 ジェラルド殿下は、まだ帰っていなかった。
 昨夜のフワフワパンの衝撃が冷めやらぬまま、「この領地にはまだ何か隠しているに違いない」と、早朝から畑を視察(という名の粗探し)していたのだ。

「ふん、やはり荒地だな!」

 殿下は、作付け前の畑に転がっている石を革靴で蹴り飛ばした。

「パンは美味かったが、土地は最悪だ。見ろ、こんなに石ころがゴロゴロしている。これでは耕すのも一苦労だろう。やはりここは、呪われた不毛の地だ」

「おはようございます、殿下。……石ころとお戯れですか?」

 私がセバスチャンを連れて畑に現れると、殿下は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「戯れてなどいない! この邪魔な石を見ろと言っているんだ。白くて硬くて、何の役にも立たないゴミだ!」

 殿下が指差したのは、握り拳ほどの大きさの、白っぽい石だった。
 どこにでもある、ありふれた石だ。
 だが、私の目はその形状に釘付けになった。

「……セバス。あの石を拾って」

「はい、お嬢様」

 セバスが拾い上げた石を、私はハンカチで拭い、太陽にかざした。
 半透明の乳白色。
 成分は二酸化ケイ素。

「これは石英ですね。地殻で最もありふれた鉱物の一つです」

「だろう? ただの雑石だ。そんなものをありがたがるとは、やはり貴様は貧乏性だな」

 殿下が嘲笑する。
 私はニヤリと笑い、その石を殿下の目の前に突き出した。

「殿下。貴方にはこれがゴミに見えるようですが、私には歴史書に見えますわ」

「はあ? 頭が湧いたか?」

「見てください、この形を」

 私は石の表面を指でなぞった。

「見事なまでにまるいでしょう? 角が取れて、ツルツルに磨かれている。……なぜだと思います?」

「なぜって……、石なんてそんなものだろう」

「いいえ。山から崩れ落ちたばかりの石は、角張っていて鋭利なものです。それが丸くなるには、理由がある。……答えは運搬です」

 私は足元の土に、ステッキで簡単な図を描いた。

「石は旅をします。風に吹かれ、水に流され、他の石とぶつかり合いながら転がっていく。その過程で角が削れ、丸くなっていくのです。これを地質学では円磨度と呼びます」

 私は手の中の丸い石英を握りしめた。

「石英はとても硬い石。それがここまで真ん丸になるには、凄まじい距離と時間をかけて、水流の中で揉まれる必要があります。……チョロチョロ流れる小川程度では、こうはなりません」

「……何が言いたい?」

 殿下が怪訝な顔をする。
 私は広大な畑――今は乾いた土が広がっているだけの平原――を腕で指し示した。

「殿下。今、私たちが立っているこの場所。……かつてここは、激流が渦巻く大河の底だったのです」

「なっ……、川だと? こんな乾いた土地がか?」

「ええ。旧河道と言います。数千年前、あるいはもっと昔、ここには山から岩を削り取るほどの巨大な川が流れていた。この丸い石英は、その激流が生んだ生き証人なのです」

 セバスチャンが感心したように眼鏡を直した。

「なるほど……。川の流れが変わったり、干上がったりして、陸地になったわけですな。しかしお嬢様、昔ここが川だったとして、それが何の役に立つので?」

「セバス。川はね、石と一緒にも運んでくるのよ」

 私は意味深に微笑んだ。

「水流は、軽い砂や泥を遠くへ運び去るけれど、比重の重い物質は、流れが緩やかになった場所や、川底の窪みに溜まる性質がある。……これを比重選鉱というわ」

 私は殿下に向き直った。
 殿下の目が、少しだけ泳いだ。
 私の言葉の意味に、欲望のアンテナが反応したらしい。

「重いもの、だと? ……例えば?」

「そうですね。例えば砂鉄。……あるいは、上流の鉱脈から削り出された砂金。もっと言えば、かつてこの川を渡ろうとして沈んだ船の積み荷……、金貨なんかも、泥の下に眠っているかもしれませんわね」

「き、金貨……!?」

 殿下の顔色が変わった。
 先日、偽物の金山で大損をしたばかりの彼にとって、金という単語は劇薬だ。

「ば、馬鹿な! そんな埋蔵金伝説のような話、あるわけが……」

「ただの伝説ではありません。地形と、この石英の円磨度が証明しています。ここには確実に、大規模な重いものの堆積場があった。……掘ってみる価値はあると思いませんか?」

 私は足元の地面を、トンと靴で踏み鳴らした。
 殿下の喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。

「か、貸せ! スコップを貸せ!」

「あら、殿下自ら?」

「うるさい! 貴様らが掘ってネコババするかもしれん! 私が直々に確かめてやる!」

 殿下は近くにいた農夫からシャベルをひったくると、猛然と土を掘り返し始めた。
 その姿は、高貴な王子というより、欲に目がくらんだ亡者のようだ。

「……お嬢様。本当に金が出るのですか?」

 セバスが小声で尋ねる。
 私は口元に人差し指を当てて、ウィンクした。

「出るわよ。……ただし、殿下が期待しているような金塊ではないかもしれないけれど、もっと面白いものがね」

 私は丸い石英をポケットにしまった。
 かつての大河が残したプレゼント。
 それは、欲深き者を落とす落とし穴か、それとも貧しき者を救う遺産か。
 答えは、数メートル下の粘土層にある。

「頑張ってくださいね、殿下。そこはかつての淀み……。何かが溜まっている確率は、90%以上ですわ」

 春の風が吹く中、王子の荒い息遣いと、土を掘る音だけが響き渡った。
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