婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

「マリアンヌ・フォン・アースガルド! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」

「……謹んでお受けいたします、殿下。それで、理由は伺っても?」

「貴様はいつ見ても薄汚れている! 公爵令嬢のくせに、庭の土を掘り返してばかり。私の隣を歩く時も、ドレスの裾から土埃が舞う始末だ! それに比べてリリーナは、常に花の香りがする。貴様のような『泥臭い女』は、王妃にふさわしくない!」

泥臭い、ですか……。

「それに貴様は可愛げがない! 私が贈った宝石を見ても、『結晶構造がどうこう』と屁理屈ばかり。リリーナのように素直に喜べないのか!」

「殿下。それは以前、貴方様が『ルビー』だと言って渡された石が、実際にはスピネルだった件でしょうか? 私はただ、スピネルにはスピネルの美しさと鉱物学的価値があると申し上げただけで……」

「黙れ黙れ! そういうところが可愛くないと言っているんだ!」

殿下は憤慨し、懐から一つの小箱を取り出した。
パカッ、と蓋が開けられると、そこには大粒の青い宝石が鎮座していた。

「手切れ金代わりだ。このサファイアをやるから、二度と私の前に顔を見せるな!」

「あら」

手のひらに乗った石を見て、私は思わず声を上げた。

「殿下。大変申し上げにくいのですが、これはサファイアではありません」

「ば、馬鹿な! 私は商人に『最高級のサファイアだ』と言われて、金貨五百枚を払ったんだぞ!?」

「まあ。……それは見事なカモ、いえ、寛大な投資家であらせられますこと」

ぷっ、と誰かが吹き出した。
それを合図に、こらえきれなくなった令嬢たちが扇子で口元を隠し、クスクスと笑い始める。
殿下の震えが止まらない。
隣のリリーナ様も、偽物だと知ってサッと石から目を逸らした。

「き、貴様ァァァッ!!」

恥辱にまみれた殿下が絶叫した。

「王族を愚弄した罪は重いぞ! 追放だ! 貴様など、この国の北の果て、ハイランド地方へ行ってしまえ! あのような草木も生えぬ『死の荒野』で、泥を啜って野垂れ死ぬがいい!」

ハイランド地方。
その地名を聞いた瞬間、私の背筋に電流が走った。

「……本気、ですか?」

私は震える声で尋ねた。

「ふん、今さら泣いて詫びても遅い! 二度と戻ってくるな!」

「ありがとうございます!!」

私は満面の笑みで叫んでいた。
パーティー会場の誰よりも明るく、誰よりも力強い声で。

「感謝いたします、殿下! そのような素晴らしい地質学的宝庫を賜れるなんて! ああ、すぐに準備をしなくては。ハンマーと、試薬と、ああとにかく頑丈なブーツが必要ですわ!」

こうして、辺境を王都すら越える経済圏にする、私の壮大な計画が始まりました。
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