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第45話:氷の貴公子と、根菜への愛の告白
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真冬の寒さが王都を凍てつかせる中、私の別邸に一台の馬車が到着した。
それは、ジェラルド殿下の派手な黄金の馬車とは対照的な、実用性を重視した堅牢な黒塗りの馬車だった。
ハイランド大公国の紋章――氷雪と剣が刻まれている。
「ようこそ、クラウス殿下。雪深い峠を越えてよくおいでくださいました」
私が玄関で出迎えると、厚い毛皮のマントを羽織ったクラウス大公が、冷気を纏いながら降り立った。
その銀髪にはうっすらと雪が積もっているが、瞳は相変わらず理知的で、熱い光を宿している。
「久しいな、マリアンヌ殿。……王都は酷い有様だと聞いていたが、想像以上だ。街全体が灰色に沈んでいる」
「ええ。ですが、我が商会の周りだけは暖色ですわ」
私は彼を、暖炉が燃える暖かいダイニングルームへと案内した。
今夜のディナーは、アースガルド領から届いた冬野菜をふんだんに使ったポトフだ。
寒締めで糖度が増した大根、カブ、ニンジン、そしてジャガイモ。
それらが、岩塩とソーセージのスープでコトコト煮込まれている。
「……美味い」
クラウスは熱々の大根を口に運び、目を細めた。
「身体の芯まで染み渡る味だ。我が国の宮廷料理人が作るスープよりも、遥かに豊かで、深い味がする」
「ありがとうございます。……この大根は、貴国との国境近くの火山灰地で育ったものですわ」
私たちは食事をしながら、今後の事業計画について話し合った。
アースガルド領の農産物をハイランド大公国へ輸出し、代わりにハイランドの鉱物資源と羊毛を輸入する。
両国の経済は、もはや切っても切れない関係になっていた。
「マリアンヌ殿。君のおかげで、我が国の食料事情は劇的に改善した。国民も君を北の女神と呼んで崇拝している」
クラウスはワイン(例の貴腐ワインだ)を一口飲み、真剣な眼差しで私を見た。
「だが、私が君を評価しているのは、そんな利益のためだけではない」
「あら? では、他に何が?」
私が首を傾げると、クラウスは少し言い淀み、それからフォークに刺した大根をじっと見つめた。
「ジェラルド王子は、君を捨ててリリーナ嬢を選んだ。……彼は女性を花だと思っているのだろう。華やかで、香り高く、温室で守られるべき存在だと」
「まあ、殿下は派手好きですからね」
「だが、花は脆い。寒波が来れば枯れ、雨が降れば散る。……今の王都のように」
クラウスは、大根をガブリとかじった。
シャクッ、という小気味良い音が響く。
「私は違う。……私は、君のような女性こそが、国一番の華だと思う」
「私、ですか?」
「ああ。君は、この大根のようだ」
「……はい?」
私は思わずスープを吹き出しそうになった。
女性を口説く(?)のに、大根に例える男がかつていただろうか。
後ろに控えていたセバスチャンが、「ぶふっ」と吹き出し、慌てて咳払いで誤魔化している。
クラウスは大真面目だった。
「馬鹿にしているのではない。聞いてくれ。……この根菜は、冷たく暗い土の中で、誰に見られることもなくじっと耐え、自らの内側に甘みを蓄えた。そして、いざ冬が来れば、こうして多くの人々を温め、命を救う」
彼は私を真っ直ぐに見つめた。
「見た目の派手さはないかもしれない。泥だらけかもしれない。……だが、どんな寒さにも負けず、噛みしめれば驚くほど甘く、滋味深い。これこそが真の美しさではないか」
彼の氷のような瞳が、とろりと溶けていくように見えた。
「マリアンヌ。君の知識と、強さと、そして隠された優しさを……、私は、この大根のように愛している」
「…………」
沈黙が流れた。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音だけが響く。
私は茹で上がったタコのように顔が赤くなるのを感じた。
大根に例えられたのに、なぜこんなにドキドキするのだろう。
地質学的には炭素と水の塊であり、農学的には貯蔵根であるはずの私が。
「……成分分析が必要ですわね」
私は震える手でカップを持ち上げ、顔を隠した。
「そ、その言葉が、一時の感情的な発熱によるものか、それとも永続的な結晶構造を持つものか……」
「フッ、君らしいな」
クラウスは破顔し、優しく微笑んだ。
「時間はいくらでもある。……君という難解な地層を、私は一生かけて発掘するつもりだ」
「発掘……。採掘権は高いですよ?」
「全財産を投じても構わない。……君の隣こそが、私にとっての約束の地だからな」
甘い夜は更けていく。
外の吹雪も、今の私には心地よいBGMにしか聞こえなかった。
「……お嬢様。良かったですね」
部屋を出た後、セバスチャンがニヤニヤしながら囁いた。
「『大根のような女性』……。最高の褒め言葉ですな。お嬢様の泥んこ人生が、ついに報われました」
「うるさいわね、セバス。……でも」
私は胸のポケットに入れたダイヤモンドの原石を撫でた。
「悪くない気分よ。……温室の花より、泥の中の根菜の方が、私にはお似合いだもの」
強力なパートナーとの絆は、愛という名の根を張り、より強固なものとなった。
これで、政治的にも軍事的にも、ジェラルド殿下に対抗する準備は整った。
「さて、セバス。愛の言葉も頂いたことだし、明日は王城へ乗り込みましょうか。……この国の腐った根っこを、引っこ抜きにね」
私の反撃は、いよいよ最終段階へと入る。
それは、ジェラルド殿下の派手な黄金の馬車とは対照的な、実用性を重視した堅牢な黒塗りの馬車だった。
ハイランド大公国の紋章――氷雪と剣が刻まれている。
「ようこそ、クラウス殿下。雪深い峠を越えてよくおいでくださいました」
私が玄関で出迎えると、厚い毛皮のマントを羽織ったクラウス大公が、冷気を纏いながら降り立った。
その銀髪にはうっすらと雪が積もっているが、瞳は相変わらず理知的で、熱い光を宿している。
「久しいな、マリアンヌ殿。……王都は酷い有様だと聞いていたが、想像以上だ。街全体が灰色に沈んでいる」
「ええ。ですが、我が商会の周りだけは暖色ですわ」
私は彼を、暖炉が燃える暖かいダイニングルームへと案内した。
今夜のディナーは、アースガルド領から届いた冬野菜をふんだんに使ったポトフだ。
寒締めで糖度が増した大根、カブ、ニンジン、そしてジャガイモ。
それらが、岩塩とソーセージのスープでコトコト煮込まれている。
「……美味い」
クラウスは熱々の大根を口に運び、目を細めた。
「身体の芯まで染み渡る味だ。我が国の宮廷料理人が作るスープよりも、遥かに豊かで、深い味がする」
「ありがとうございます。……この大根は、貴国との国境近くの火山灰地で育ったものですわ」
私たちは食事をしながら、今後の事業計画について話し合った。
アースガルド領の農産物をハイランド大公国へ輸出し、代わりにハイランドの鉱物資源と羊毛を輸入する。
両国の経済は、もはや切っても切れない関係になっていた。
「マリアンヌ殿。君のおかげで、我が国の食料事情は劇的に改善した。国民も君を北の女神と呼んで崇拝している」
クラウスはワイン(例の貴腐ワインだ)を一口飲み、真剣な眼差しで私を見た。
「だが、私が君を評価しているのは、そんな利益のためだけではない」
「あら? では、他に何が?」
私が首を傾げると、クラウスは少し言い淀み、それからフォークに刺した大根をじっと見つめた。
「ジェラルド王子は、君を捨ててリリーナ嬢を選んだ。……彼は女性を花だと思っているのだろう。華やかで、香り高く、温室で守られるべき存在だと」
「まあ、殿下は派手好きですからね」
「だが、花は脆い。寒波が来れば枯れ、雨が降れば散る。……今の王都のように」
クラウスは、大根をガブリとかじった。
シャクッ、という小気味良い音が響く。
「私は違う。……私は、君のような女性こそが、国一番の華だと思う」
「私、ですか?」
「ああ。君は、この大根のようだ」
「……はい?」
私は思わずスープを吹き出しそうになった。
女性を口説く(?)のに、大根に例える男がかつていただろうか。
後ろに控えていたセバスチャンが、「ぶふっ」と吹き出し、慌てて咳払いで誤魔化している。
クラウスは大真面目だった。
「馬鹿にしているのではない。聞いてくれ。……この根菜は、冷たく暗い土の中で、誰に見られることもなくじっと耐え、自らの内側に甘みを蓄えた。そして、いざ冬が来れば、こうして多くの人々を温め、命を救う」
彼は私を真っ直ぐに見つめた。
「見た目の派手さはないかもしれない。泥だらけかもしれない。……だが、どんな寒さにも負けず、噛みしめれば驚くほど甘く、滋味深い。これこそが真の美しさではないか」
彼の氷のような瞳が、とろりと溶けていくように見えた。
「マリアンヌ。君の知識と、強さと、そして隠された優しさを……、私は、この大根のように愛している」
「…………」
沈黙が流れた。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音だけが響く。
私は茹で上がったタコのように顔が赤くなるのを感じた。
大根に例えられたのに、なぜこんなにドキドキするのだろう。
地質学的には炭素と水の塊であり、農学的には貯蔵根であるはずの私が。
「……成分分析が必要ですわね」
私は震える手でカップを持ち上げ、顔を隠した。
「そ、その言葉が、一時の感情的な発熱によるものか、それとも永続的な結晶構造を持つものか……」
「フッ、君らしいな」
クラウスは破顔し、優しく微笑んだ。
「時間はいくらでもある。……君という難解な地層を、私は一生かけて発掘するつもりだ」
「発掘……。採掘権は高いですよ?」
「全財産を投じても構わない。……君の隣こそが、私にとっての約束の地だからな」
甘い夜は更けていく。
外の吹雪も、今の私には心地よいBGMにしか聞こえなかった。
「……お嬢様。良かったですね」
部屋を出た後、セバスチャンがニヤニヤしながら囁いた。
「『大根のような女性』……。最高の褒め言葉ですな。お嬢様の泥んこ人生が、ついに報われました」
「うるさいわね、セバス。……でも」
私は胸のポケットに入れたダイヤモンドの原石を撫でた。
「悪くない気分よ。……温室の花より、泥の中の根菜の方が、私にはお似合いだもの」
強力なパートナーとの絆は、愛という名の根を張り、より強固なものとなった。
これで、政治的にも軍事的にも、ジェラルド殿下に対抗する準備は整った。
「さて、セバス。愛の言葉も頂いたことだし、明日は王城へ乗り込みましょうか。……この国の腐った根っこを、引っこ抜きにね」
私の反撃は、いよいよ最終段階へと入る。
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