婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第47話:凍える玉座と、連鎖するシステムダウン

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 暴動という名の熱狂が過ぎ去った後、王都には奇妙な静寂が訪れていた。

 それは平和な静けさではない。
 巨大な機械の電源が落ち、歯車が止まった時のような、死に絶えた沈黙だった。

 王城、白亜宮。
 かつて栄華を極めたその場所は今、巨大な冷蔵庫と化していた。

「……おい! 誰かいないのか! 薪を持ってこい! 暖炉が消えているぞ!」

 玉座の間で、ジェラルド殿下が叫ぶ。
 しかし、その声は虚しく石壁に反響するだけだ。

 従僕も、侍女も、近衛兵もいない。
 彼らは皆、給料と食料を求めて城を去り、アースガルド商会の臨時雇用枠へと流れていったのだ。

「寒い……。腹が減った……」

 殿下は王のマントにくるまり、ガタガタと震えていた。
 王城の備蓄庫には、カビた小麦と、腐った肉しかない。
 水道も止まっている。
 管理していた技師たちが逃げ出したからだ。

「……ごきげんよう、殿下。随分と涼しそうな格好ですわね」

 静寂を破るヒールの音が響いた。
 重厚な扉を開けて入ってきたのは、私とセバスチャン、そして数名の武装した元近衛兵たちだった。

「マ、マリアンヌ! 貴様、私をあざ笑いに来たか!」

 殿下はふらつきながら立ち上がり、剣を抜こうとした。
 だが、手がかじかんで剣を落としてしまう。
 カラン、という乾いた音が、彼の無力さを象徴していた。

「あざ笑う? 滅相もない。私は検死に来たのです」

「検死だと……?」

「ええ。この王城という巨大な生命体が、なぜ死んだのかを」

 私は氷のように冷たい玉座の間の空気を吸い込んだ。

「殿下。カスケード故障(連鎖的機能不全)をご存じですか?」

「かす……、けーど?」

「複雑なシステムにおいて、一つの小さな故障が次の故障を誘発し、ドミノ倒しのように全体が停止する現象です」

 私は指を折りながら解説した。

「まず、貴方が農業を軽視したことで食料が途絶えた。食料がないから兵士が逃げた。兵士がいないから治安が悪化した。治安が悪いから商人が寄り付かなくなった。商人が来ないから燃料も水も入ってこなくなった」

 私は殿下を見下ろした。

「城というハードは無傷でも、そこを流れる物流と人材という血液が止まれば、組織は壊死します。……今のこの城は、血の通わない死体ですわ」

「う、うるさい! 私は王太子だぞ! 命令すれば、また人は戻ってくる!」

「戻りません。熱力学第二法則です」

 私は冷淡に告げた。

「エントロピー(無秩序)は増大する一方です。一度崩壊した信頼とシステムを、エネルギー(資源)なしで元に戻すことは不可能です。……貴方にはもう、彼らを呼び戻すための薪一本、パン一切れも残っていないのですから」

 殿下は膝をつき、床を叩いた。

「くそっ……! なぜだ! 私は良かれと思ってやったんだ! 見栄えの良い作物を植え、美しい服を着て、強い国を作りたかっただけなのに!」

「その見栄えこそが癌でしたね」

 私はセバスチャンから、温かいバスケットを受け取った。
 中には、焼きたてのジャガイモパンと、ホットミルクが入っている。

「……食べますか?」

 私が差し出すと、殿下は獣のように飛びついた。
 夢中でパンを貪り、ミルクを喉に流し込む。
 王族の誇りなど、生存本能の前では塵に等しい。

「うっ、うぐっ……」

 食べながら、殿下の目から涙がこぼれ落ちた。
 それは悔し涙か、それとも温かい食事への安堵の涙か。

「殿下。貴方の治世は終わりました」

 私は静かに宣言した。

「この国には、新しいオペレーティング・システムが必要です。……現実を見据え、土に触れ、理に従う指導者が」

 その時、廊下の奥から重々しい足音が近づいてきた。

 現れたのは、長い幽閉生活で少し痩せているが、瞳に鋭い知性を宿した初老の男性――国王陛下の弟君、コンラッド公爵だった。
 私の手引きで、離宮から救出された賢王の器を持つ人物だ。

「……ジェラルドよ。パンの味はどうだ?」

「お、叔父上……!?」

 殿下はパン屑だらけの顔で驚愕した。

「マリアンヌ殿のおかげで目が覚めた。……城の掃除は私が引き受けよう。お前は少し、頭を冷やすといい」

 コンラッド公爵の背後には、アースガルドの旗を掲げた兵士たちが控えている。
 無血クーデターの完了だ。

「マリアンヌ様。……感謝する。君が経済と胃袋で包囲してくれたおかげで、一滴の血も流さずに済んだ」

「いえ。私はただ、腐った土壌を入れ替えただけですわ」

 私は殿下を一瞥した。
 彼はもう、私にとっての脅威ではない。
 ただのサンプルAだ。

「さあ、セバス。行きましょう。……城の空気は澱んでいて肌に悪いですわ」

「はい、お嬢様。……外の空気の方が、よほど澄んでおりますな」

 私たちは凍りついた王城を後にした。
 背後で閉ざされる扉の音は、一つの時代の終わりを告げる重たい音だった。

 王都は死に、そして生まれ変わる。
 アースガルドの知識を礎にして……。
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