婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第74話:削られた羊皮紙と、青白く光る帳簿

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 王城の審判の間は、往生際の悪い貴族たちの怒号で満たされていた。

「証拠を出せ! 私がガレスに放火を命じたという証拠を!」

「そうだ! 帳簿など存在しない! 私の執務室には真っ白な紙しかなかったはずだ!」

 叫んでいるのは、旧体制派の筆頭であるガモン侯爵とその取り巻きたちだ。
 彼らは、ガレス検察官が逮捕されるや否や、自分たちに繋がる全ての書類を処分していた。
 燃やすと煙でバレるため、彼らが選んだ方法は削り取りだった。

「……マリアンヌ殿。彼らの言う通り、押収した帳簿や手紙は、すべて表面が削り取られて真っ白だ。これでは読めない」

 司法大臣が、押収品である羊皮紙の束を困った顔で私に見せた。
 高価な羊皮紙は丈夫なため、ナイフで表面を薄く削り取れば、書かれた文字を消して再利用することができる。
 重ね書きができるというわけだ。

 ガモン侯爵が勝ち誇ったように笑う。

「ふん! 文字がない以上、それはただの革の切れ端だ! さあ、無罪放免にしていただこうか!」

「……浅はかですね」

 私は真っ白に削られた羊皮紙を手に取り、溜息をついた。

「侯爵。貴方は文字を消したつもりでしょうが、科学の目には傷跡がくっきりと残っていますわ」

「傷跡だと? ハッ、透かして見ても何も見えんぞ!」

「可視光線(目に見える光)ではね。……セバス、部屋の明かりを消して」

「はい、お嬢様」

 セバスチャンが合図すると、近衛兵たちが窓のカーテンを閉め、燭台の火を消した。
 広い審判の間が、完全な闇に包まれる。

「な、なんだ! 闇討ちか!?」
「静かに。……これから魔法をお見せします」

 私は手元の木箱を開けた。
 中から取り出したのは、前回の放火事件でも使った紫外線ランプ(魔石ライト)だ。
 ただし今回は、特定の波長だけを通す黒いガラスを装着してある。

「この光は、人間の目には見えません。……ですが、ある物質に当たると、その正体を暴き出します」

 私はスイッチを入れた。
 ジジッ、という音と共に、目に見えない光線が羊皮紙に照射される。

 その瞬間。
 闇の中に浮かんでいた白い羊皮紙の上に、青白い文字がボウッと浮き上がった。

『――放火ノ件、報酬ハ金貨三百枚トス』

『――マリアンヌ殺害ノ計画書』

『――承認、ガモン』

「ひっ……!?」

「も、文字が……光っている!?」

「幽霊だ! 消したはずの文字が呪いとなって現れた!」

 貴族たちが悲鳴を上げて腰を抜かす。
 そこには、彼らが必死にナイフで削り取ったはずの悪事の証拠が、まるで亡霊のように鮮明に浮かび上がっていたのだ。

「幽霊ではありません。……蛍光現象です」

 私は青白く光る文字を指差して解説した。

「羊皮紙は動物の皮(タンパク質)です。……これに使われた没食子インクには、鉄分が含まれています」

 私はガモン侯爵の顔にランプを向けた。
 彼は眩しそうに手で覆ったが、実際には光は見えていない。

「鉄分を含んだインクは、時間をかけて皮の繊維の奥深くまで浸透し、タンパク質と化学反応を起こします。……貴方が表面をナイフで削っても、浸透した成分までは取り除けない」

 私は再び羊皮紙を照らした。

「紫外線(ブラックライト)を当てると、インクが染み込んだ部分と、そうでない部分で、蛍光の光り方が異なります。……削られた表面の下に残った化学的な傷跡が、こうして浮かび上がってくるのです」

「そ、そんな……! 見えない光で文字を読むなど……!」

「さらに、ここを見てください」

 私は別のページをめくった。
 そこには、賄賂の分配リストが記されていた。

「筆圧による繊維の圧縮も残っています。……インクを使わなくても、ペン先が走った場所は密度が変わる。光の反射率が変わるので、こうして斜めから照らせば読み取れるのです」

 私は明かりをつけるよう指示した。
 再び明るくなった部屋で、ガモン侯爵たちは幽霊を見たような顔で震えている。
 手元にあるのは、ただの白い羊皮紙。
 だが、そこには自分たちの破滅が刻まれていることを、彼らは知ってしまった。

「ガモン侯爵。……これが科学捜査です。貴方が消したのはインクの色だけ。……罪の痕跡は、原子レベルで残っているのです」

 私はセバスチャンに羊皮紙を渡した。

「これらを全て写真に取り、証拠として提出します。……放火教唆、殺人未遂予備、そして公文書毀棄罪。言い逃れはできませんわよ?」

「う、うあぁぁぁ……!!」

 ガモン侯爵はその場に崩れ落ち、子供のように泣き叫んだ。
 もはやプライドもへったくれもない。
 完全犯罪だと思っていた隠蔽工作が、見えない光によって暴かれた恐怖。
 それが彼らの精神を崩壊させたのだ。

「……連れて行け」

 司法大臣が冷ややかに命じる。
 兵士たちが、放心状態の貴族たちを引きずっていく。

「……お見事です、お嬢様」

 セバスチャンが感嘆のため息をつく。

「削っても、燃やしても、嘘をついても……、お嬢様の前では、全ての罪が暴かれる。……まるで、神の眼ですな」

「神様じゃないわ。ただの観察者よ」

 私はランプを箱にしまった。

「物質は嘘をつかない。……それを読み取る知識があるかどうかが、勝敗を分けるの」

 これで、王都に巣食っていた腐敗貴族の残党は一掃された。
 冤罪、詐欺、放火、そして隠蔽。
 全ての闇は、科学の光によって白日の下に晒された。

「さて、セバス。……これで第3ラウンドも終了ね」

「はい。……ですが、まだ終わりではありませんぞ。彼らを操っていた最大の権力……、いいえ、国のシステムそのものを変えねば」

「ええ。最後は政治の話をしましょう」

 私は王城の窓から、眼下に広がる王都を見下ろした。
 人々は平和に暮らしているが、まだこの国には王族という特権階級の歪みが残っている。

 私の戦いは、本当の意味での国作りへとシフトしていく……。
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