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第76話:空っぽの王都と、辺境の熱源
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「……ガランとしていますな」
腐敗貴族たちが一斉検挙された翌朝。
王城の廊下を歩きながら、セバスチャンがポツリと呟いた。
無理もない。
政務を取り仕切っていた大臣や高官の半数以上が、昨日一日で囚人となってアースガルド行きの馬車に乗せられたのだ。
今の王城は、中身をくり抜かれたカボチャのように空虚だった。
「ええ。まるで晶洞ね」
私はコツコツとヒールの音を響かせた。
「外側は硬い岩石だけれど、中は空洞。……今のこの国は、行政機能が麻痺した抜け殻よ」
執務室に入ると、新王コンラッド陛下が書類の山に埋もれて頭を抱えていた。
「マリアンヌ嬢か……。見てくれ、この有様を。決裁を待つ書類が山積みだが、ハンコを押す役人がいない。……掃除をしすぎたかもしれん」
陛下が苦笑する。
悪はいなくなったが、同時に手足も失った状態だ。
「ご安心ください、陛下。……腐ったリンゴを箱に残しておけば、他のリンゴも腐ります。今は箱を空にして、消毒した段階です」
私はデスクに一枚の地図を広げた。
「空っぽなら、新しいものを詰めればいい。……ですが、王都の人材だけでは足りません。一度、システムを再起動する必要があります」
「再起動?」
「はい。私は一度、アースガルド領へ戻ります」
私は地図上の北の地を指差した。
「王都は今、冷え切っています。経済も、物流も、人の心も。……ここを温めるには、外部からの強力なエネルギー供給が必要です」
私は拳を握りしめた。
「アースガルド領を、この国の心臓にします。……食料、物資、そして新しい人材を育成し、そこから王都へ輸血する。……国作りを、辺境から逆流させるのです」
その日の午後。
私たちは王都を後にした。
帰りの行列は、来た時よりも遥かに長くなっていた。
私の馬車の後ろには、数珠つなぎにされた囚人護送車――ガモン侯爵ら、元高官たちを乗せた労働力供給便が続いているからだ。
「……やれやれですな」
御者台のセバスチャンが、後ろを振り返って呆れる。
豪華な服を剥ぎ取られ、囚人服を着せられた元貴族たちが、ガタゴト揺れる荷台で「おのれぇ……」「腰が痛い……」と呻いている。
「彼らには期待しているわ。……計算能力や管理能力は高いはずだから、現場の空気を吸わせて更生させれば、優秀な現場監督になるかもしれない」
「お嬢様は、ゴミの中から資源を見つけるのが本当にお好きですな」
馬車は北へと進む。
車窓から見える景色は、荒涼としていた。
火山噴火の影響による冷夏と長雨で、街道沿いの村々は疲弊し、畑は放棄され、雑草が生い茂っている。
「……ひどいありさまだわ」
私は眉をひそめた。
王都の騒乱にかまけている間に、国土の荒廃はここまで進んでいたのだ。
土が痩せ、水が澱み、血管が詰まったような状態。
「物理的な国土強靭化が必要ね。……堤防を作り、用水路を整備し、土壌を改良する。政治家が書類にサインするだけじゃ直らない。……スコップと科学で、地形そのものを治療しないと」
私の地質学者としての血が騒ぐ。
敵はもう人間ではない。
大自然の猛威そのものだ。
数日後。
私たちはアースガルド領の境界線に到達した。
「……お嬢様。空の色が違います」
セバスチャンが指差す。
王都周辺は鉛色の雲に覆われていたが、アースガルド領の上空には、煙突から吐き出される煙と、活気ある蒸気が立ち上っていた。
「おかえりなさいませー!!」
関所を抜けると、そこは別世界だった。
整備された赤レンガの道。
真鍮の街灯が輝き、工場からは規則正しい機械音が響く。
難民として受け入れた人々も、今や立派な領民として働き、その顔には生気が漲っている。
「ただいま、アースガルド」
私は深く息を吸い込んだ。
硫黄と、鉄と、土の匂い。
王都の香水よりも、この匂いこそが私を落ち着かせる。
屋敷の前では、懐かしい顔ぶれが待っていた。
ハンス、ガンツ、ガストン。そして――
「……遅かったな、マリアンヌ」
作業着姿で、以前よりも精悍な顔つきになったジェラルドと、泥だらけのエプロンをしたリリーナが立っていた。
「あら、お出迎え? サボりですか?」
「休憩時間だ! ……それに、新入りが来ると聞いたからな」
ジェラルドが、私の後ろに続く囚人馬車を見て、ニヤリと意地悪く笑った。
「へぇ……。ガモン侯爵に、バリウス判事か。王都でふんぞり返っていた連中が、随分と小さくなったもんだ」
「私たち、先輩として指導してあげなくちゃね」
リリーナが腕組みをして、ふふんと鼻を鳴らす。
その手には、以前は宝石しかなかったが、今は立派なタコができている。
「頼もしいわね。……ええ、貴方たちには教育係を任せるわ。彼らに、土の重さと労働の喜びを教えてあげて」
「任せておけ。……最初の三日は筋肉痛で泣くだろうがな」
ジェラルドが親指を立てる。
かつての敵が、今は最強の現場リーダーになっている。
これこそが、私が作りたかった循環型社会だ。
「さあ、セバス。荷解きをして」
私は屋敷を見上げた。
「ここが、この国の新しい熱源よ。……ここから熱を送り込んで、凍りついた王国を解凍するわ」
政治闘争を終えた私は、いよいよ国そのものの改造へと着手する。
腐敗貴族たちが一斉検挙された翌朝。
王城の廊下を歩きながら、セバスチャンがポツリと呟いた。
無理もない。
政務を取り仕切っていた大臣や高官の半数以上が、昨日一日で囚人となってアースガルド行きの馬車に乗せられたのだ。
今の王城は、中身をくり抜かれたカボチャのように空虚だった。
「ええ。まるで晶洞ね」
私はコツコツとヒールの音を響かせた。
「外側は硬い岩石だけれど、中は空洞。……今のこの国は、行政機能が麻痺した抜け殻よ」
執務室に入ると、新王コンラッド陛下が書類の山に埋もれて頭を抱えていた。
「マリアンヌ嬢か……。見てくれ、この有様を。決裁を待つ書類が山積みだが、ハンコを押す役人がいない。……掃除をしすぎたかもしれん」
陛下が苦笑する。
悪はいなくなったが、同時に手足も失った状態だ。
「ご安心ください、陛下。……腐ったリンゴを箱に残しておけば、他のリンゴも腐ります。今は箱を空にして、消毒した段階です」
私はデスクに一枚の地図を広げた。
「空っぽなら、新しいものを詰めればいい。……ですが、王都の人材だけでは足りません。一度、システムを再起動する必要があります」
「再起動?」
「はい。私は一度、アースガルド領へ戻ります」
私は地図上の北の地を指差した。
「王都は今、冷え切っています。経済も、物流も、人の心も。……ここを温めるには、外部からの強力なエネルギー供給が必要です」
私は拳を握りしめた。
「アースガルド領を、この国の心臓にします。……食料、物資、そして新しい人材を育成し、そこから王都へ輸血する。……国作りを、辺境から逆流させるのです」
その日の午後。
私たちは王都を後にした。
帰りの行列は、来た時よりも遥かに長くなっていた。
私の馬車の後ろには、数珠つなぎにされた囚人護送車――ガモン侯爵ら、元高官たちを乗せた労働力供給便が続いているからだ。
「……やれやれですな」
御者台のセバスチャンが、後ろを振り返って呆れる。
豪華な服を剥ぎ取られ、囚人服を着せられた元貴族たちが、ガタゴト揺れる荷台で「おのれぇ……」「腰が痛い……」と呻いている。
「彼らには期待しているわ。……計算能力や管理能力は高いはずだから、現場の空気を吸わせて更生させれば、優秀な現場監督になるかもしれない」
「お嬢様は、ゴミの中から資源を見つけるのが本当にお好きですな」
馬車は北へと進む。
車窓から見える景色は、荒涼としていた。
火山噴火の影響による冷夏と長雨で、街道沿いの村々は疲弊し、畑は放棄され、雑草が生い茂っている。
「……ひどいありさまだわ」
私は眉をひそめた。
王都の騒乱にかまけている間に、国土の荒廃はここまで進んでいたのだ。
土が痩せ、水が澱み、血管が詰まったような状態。
「物理的な国土強靭化が必要ね。……堤防を作り、用水路を整備し、土壌を改良する。政治家が書類にサインするだけじゃ直らない。……スコップと科学で、地形そのものを治療しないと」
私の地質学者としての血が騒ぐ。
敵はもう人間ではない。
大自然の猛威そのものだ。
数日後。
私たちはアースガルド領の境界線に到達した。
「……お嬢様。空の色が違います」
セバスチャンが指差す。
王都周辺は鉛色の雲に覆われていたが、アースガルド領の上空には、煙突から吐き出される煙と、活気ある蒸気が立ち上っていた。
「おかえりなさいませー!!」
関所を抜けると、そこは別世界だった。
整備された赤レンガの道。
真鍮の街灯が輝き、工場からは規則正しい機械音が響く。
難民として受け入れた人々も、今や立派な領民として働き、その顔には生気が漲っている。
「ただいま、アースガルド」
私は深く息を吸い込んだ。
硫黄と、鉄と、土の匂い。
王都の香水よりも、この匂いこそが私を落ち着かせる。
屋敷の前では、懐かしい顔ぶれが待っていた。
ハンス、ガンツ、ガストン。そして――
「……遅かったな、マリアンヌ」
作業着姿で、以前よりも精悍な顔つきになったジェラルドと、泥だらけのエプロンをしたリリーナが立っていた。
「あら、お出迎え? サボりですか?」
「休憩時間だ! ……それに、新入りが来ると聞いたからな」
ジェラルドが、私の後ろに続く囚人馬車を見て、ニヤリと意地悪く笑った。
「へぇ……。ガモン侯爵に、バリウス判事か。王都でふんぞり返っていた連中が、随分と小さくなったもんだ」
「私たち、先輩として指導してあげなくちゃね」
リリーナが腕組みをして、ふふんと鼻を鳴らす。
その手には、以前は宝石しかなかったが、今は立派なタコができている。
「頼もしいわね。……ええ、貴方たちには教育係を任せるわ。彼らに、土の重さと労働の喜びを教えてあげて」
「任せておけ。……最初の三日は筋肉痛で泣くだろうがな」
ジェラルドが親指を立てる。
かつての敵が、今は最強の現場リーダーになっている。
これこそが、私が作りたかった循環型社会だ。
「さあ、セバス。荷解きをして」
私は屋敷を見上げた。
「ここが、この国の新しい熱源よ。……ここから熱を送り込んで、凍りついた王国を解凍するわ」
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