断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第9話:気絶する令嬢とタナトーシス

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 その日、イザベラ・ローズは辺境伯領に隣接する街の迎賓館で、大規模なお茶会を開いていた。
 名目は新作ドレスの発表会だが、実態は自分を正当化するための演説会だった。

「皆様、聞いてくださいまし! あの野蛮な辺境伯と、卑しい元侍女のリリアが、私のオリジナルのドレスを『盗作だ』などと中傷しているのです! わたくし、怖くて夜も眠れませんの……」

 イザベラはハンカチで嘘泣きをしながら、集まった地方貴族たちの同情を誘っていた。
 彼女の取り巻きや、騙された婦人たちが「まあ可哀想に」「辺境伯様も酷い方ね」と口々に慰める。

 そこへ、轟音が響いた。

 会場の扉が乱暴に開け放たれる。
 現れたのは、白衣を翻したアルヴィスと、その背後に隠れるように、しかししっかりと前を見据えるリリアだった。

「お楽しみのところ失礼する。ここで行われているのは被害者の会か? それとも集団妄想の発表会か?」

 アルヴィスの冷徹な声が会場を凍りつかせる。
 イザベラは一瞬ギョッとしたが、すぐに悲劇のヒロインの仮面を被り直した。

「ま、まあ! よくもぬけぬけと……! わたくしをこれ以上いじめて、何が楽しいのですか!」

「いじめ? 心外だな。私はただ、事実の検証に来ただけだ」

 アルヴィスはスタスタと歩み寄り、展示されていたイザベラの新作ドレス(リリアの盗作)の前に立った。

「前回、商人に伝えたはずだが。このドレスは構造的欠陥品だと」

「欠陥品ですって!? 失礼な! これは最先端のデザインよ!」

 イザベラが反論すると、アルヴィスは近くにいたイザベラの取り巻きの令嬢に声をかけた。

「君、そのドレスを着ているな。少し腕を上げてみろ」

「え? は、はい……」

 令嬢が言われるままに腕を上げようとした、その時だ。

 鈍い音と共に、令嬢のドレスの脇が裂けた。

「きゃあっ!」

「なっ……!?」

 会場がどよめく。
 令嬢は顔を赤くして腕を隠した。
 アルヴィスは無表情で解説する。

「言った通りだ。リリアの設計図にはあった、可動域を確保するためのマチ(ゆとり)を、イザベラはデザインの邪魔だと削除した。結果、人間が生活する上で必須の動作に耐えられない、ただの拘束具が完成したわけだ」

 アルヴィスはイザベラに向き直る。

「機能美を理解せず、表面だけを模倣した結果がこれだ。……さて、これでもまだ『私のオリジナルだ』と言い張るか?」

 イザベラは後ずさった。

 周囲の視線が、可哀想から疑念へと変わっていくのがわかる。
 言い逃れができない。
 論理的にも物理的にも、逃げ道は塞がれた。

 その瞬間、イザベラの脳裏に一つの起死回生の策が浮かんだ。
 ――この場をうやむやにして逃げ切る、最強の手段が。

「う……、ううっ……」

 イザベラは胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。

「酷い……。そんな言いがかり……、わたくし、もう耐えられません……きゃあ!」

 彼女は優雅に回転しながら、ふらりとその場に崩れ落ちた。
 床に倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなる。

「イザベラ様!?」

「大変だ、気絶されたぞ!」

「なんてこと、辺境伯様のあまりの暴言にショックを受けて……!」

 取り巻きたちが駆け寄り、アルヴィスを非難の目で睨みつける。

 リリアは慌てた。

「あ、アルヴィス様、どうしましょう……。救護を……」

 しかし、アルヴィスは冷ややかな目で倒れているイザベラを見下ろしていた。

「……ほう。タナトーシス(擬死行動)か」

「たなとーしす?」

「オポッサムや昆虫が、捕食者から逃れるために行う死んだふりのことだ。動かなくなれば敵が興味を失うと学習した、弱者の生存戦略だな」

 アルヴィスは膝をつき、イザベラの顔を覗き込んだ。

「どいてくれ。医者ではないが、生物学者として検分する」

「さ、触らないでください! 彼女は繊細なんです!」

 取り巻きの制止を無視し、アルヴィスはイザベラのまぶたに指をかけた。

「本当に気絶(意識喪失)しているなら、全身の筋肉は弛緩(リラックス)しているはずだ。当然、まぶたの筋肉もな」

 そう言って、アルヴィスはイザベラのまぶたを無理やりこじ開けようとした。
 すると、まぶたは小刻みに震え、開かれまいとギュッと力を込めて抵抗した。

「おや? 眼瞼の抵抗が見られるな」

「……!」

 アルヴィスは周囲に聞こえるように解説を続ける。

「意識を失っている人間に、まぶたを閉じる力はない。指で開ければ簡単に開く。だが彼女は今、必死に目を開けまいと眼輪筋に力を入れている。これは意識が鮮明である何よりの証拠だ」

 さらに彼は、イザベラの手首を取った。

「脈拍は速く、力強い。呼吸も規則的だが、少し止めてごまかそうとしているな。……顔色が悪いどころか、恥ずかしさで耳まで赤くなっているが?」

 イザベラの顔が、みるみるうちに茹でダコのように赤くなっていく。
 アルヴィスは彼女の耳元に口を寄せ、とどめの一撃を放った。

「いつまで寝たふりを続けるつもりだ? このまま起きないなら、意識回復のために気付け薬として、強烈なアンモニア臭のする劇薬を鼻の穴に突っ込むことになるが。……あるいは、人工呼吸が必要か? 私の助手(リリア)にやらせるが」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、イザベラが跳ね起きた。

「……っ!!」

 彼女は乱れた髪もそのままに、真っ赤な顔でアルヴィスを睨み……、きれず、涙目で叫んだ。

「お、覚えてらっしゃい! 貴方なんて大っ嫌いよ!」

 そして、脱兎のごとく会場から走り去っていった。
 その速さは、とても病弱な令嬢とは思えないアスリート並みの脚力だった。

 ぽかんとする会場。
 アルヴィスは立ち上がり、パンパンと膝の埃を払った。

「やれやれ。高慢な令嬢だと思っていたが、やっていることは捕食されかけたテントウムシと同じだな」

 彼は唖然とする貴族たちに向き直り、静かに告げた。

「茶番は終わりだ。……行くぞ、リリア」

「は、はい!」

 リリアは胸を張って答えた。
 もう、イザベラの嘘に怯える必要はない。
 私の隣には、どんな嘘も暴いてくれる最強の味方がいるのだから。

 会場を後にする二人の背中は、以前よりもずっと寄り添い、確かな信頼で結ばれているように見えた。
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