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第18話:妻の思惑
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翌日、ウィンザー伯爵邸は異様な熱気に包まれていた。
セドリックが「国家規模の大祭典の装飾を我が伯爵家が無償で担う」と宣言してきたニュースは、瞬く間に王都を駆け巡った。
「あの若き名君がついに王室にも無私の奉仕を捧げるのか」と、彼を称賛する声は領地を越えて広がり、屋敷には朝から王宮の使者や商会の人間がひっきりなしに訪れていた。
オリヴィアの自室兼アトリエとなっている部屋の扉も、幾度となく叩かれた。
王室が求める装飾の図案の確認、必要な絹糸の膨大なリストアップ、そして物理的に不可能な納期をどう配分するかという調整。
本来であれば、これらは全て領主であるセドリックが陣頭指揮を執るべき実務である。
しかし、彼は応接室で素晴らしい奉仕の精神を語り、称賛の声を浴びることに忙しく、全ての調整を「妻がやってくれます」と丸投げしていた。
「……奥様。王宮から、大聖堂の祭壇に飾るレースの指定寸法が届きました。幅は五メートル、長さは十五メートルで、図案には王室の紋章を百箇所、金糸で編み込むようにと……」
古参のメイド、マーサが震える声で羊皮紙を差し出した。
その途方もない数字を見た瞬間、普通の職人であれば卒倒するか、発狂して逃げ出すだろう。
しかし、オリヴィアは羊皮紙を受け取り、完璧に整えられた微笑みを浮かべたまま、静かに頷いた。
「わかりました。金糸の手配は、私が直接、あの商会へ依頼状を書きます。それから、追加の絹糸を五十樽。これも早急に手配してください」
「奥様……! 正気でいらっしゃいますか? こんな量、王宮の専属職人百人が一ヶ月かかっても終わるかどうか……」
マーサの目には、涙が浮かんでいた。
「私がやります、マーサ」
オリヴィアの声は、ひどく穏やかで、温度がなかった。
「セドリック様が、我が家の威信をかけて引き受けられた大切なお仕事ですもの。私が全力でお支えしなければ」
「ですが……、奥様のお体が……!」
「心配いりません。さあ、急いで手配を」
マーサは泣きそうな顔で部屋を出て行った。
一人になった部屋で、オリヴィアは図案の羊皮紙を机に置いた。
彼女の心は、昨日セドリックに打たれ、「君は我が家の癌だ」と罵倒された瞬間から、完全に凍りついていた。
悲しみもない。
怒りすら、もう湧いてこない。
ただ、糸がプツンと切れたような静けさが、彼女の中を満たしていた。
自分は、彼らにとって道具でしかない。
その残酷な事実を、完全に受け入れたのだ。
波風を立てることを恐れ、自分が我慢すればいいと信じてきた弱さは、もうどこにもない。
彼女は、実務者としての誇りも、妻としての情も、全てを削ぎ落とし、ただ冷徹な計算機のように思考を巡らせていた。
(幅五メートル、長さ十五メートルの祭壇装飾。王室の紋章百箇所)
オリヴィアは、頭の中で瞬時に必要工数と日数を割り出した。
(私が一睡もせずに編み続けたとしても、完成までには最低でも四ヶ月はかかる。納期は来月。つまり、物理的に100パーセント不可能)
彼女は、冷ややかな目を細めた。
不可能な仕事を、彼女は「やります」と引き受けた。
なぜか。
それは、彼らが一番困るタイミング——つまり、祭典の直前、最も世間の注目が集まる瞬間に、全てを放り出して姿を消すためだ。
もし今、彼女が「できない」と言って家を出てしまえば、セドリックは「妻がわがままで逃げ出したせいで、納期に間に合わなかった」と全ての責任を彼女に押し付けるだろう。
そしてステラが「可哀想なセドリック様」と慰め、彼らは被害者ぶって同情を集めるに違いない。
だから、そうはさせない。
ギリギリまで順調に進んでいると錯覚させ、王宮への献上の儀式という最高の舞台が用意されたその瞬間に、彼らの足元から梯子を外してやるのだ。
実務を担う者がいなければ、彼らはは何も生み出せないただの無能だという現実を、国家規模の舞台で、嫌というほど思い知らせるために……。
セドリックが「国家規模の大祭典の装飾を我が伯爵家が無償で担う」と宣言してきたニュースは、瞬く間に王都を駆け巡った。
「あの若き名君がついに王室にも無私の奉仕を捧げるのか」と、彼を称賛する声は領地を越えて広がり、屋敷には朝から王宮の使者や商会の人間がひっきりなしに訪れていた。
オリヴィアの自室兼アトリエとなっている部屋の扉も、幾度となく叩かれた。
王室が求める装飾の図案の確認、必要な絹糸の膨大なリストアップ、そして物理的に不可能な納期をどう配分するかという調整。
本来であれば、これらは全て領主であるセドリックが陣頭指揮を執るべき実務である。
しかし、彼は応接室で素晴らしい奉仕の精神を語り、称賛の声を浴びることに忙しく、全ての調整を「妻がやってくれます」と丸投げしていた。
「……奥様。王宮から、大聖堂の祭壇に飾るレースの指定寸法が届きました。幅は五メートル、長さは十五メートルで、図案には王室の紋章を百箇所、金糸で編み込むようにと……」
古参のメイド、マーサが震える声で羊皮紙を差し出した。
その途方もない数字を見た瞬間、普通の職人であれば卒倒するか、発狂して逃げ出すだろう。
しかし、オリヴィアは羊皮紙を受け取り、完璧に整えられた微笑みを浮かべたまま、静かに頷いた。
「わかりました。金糸の手配は、私が直接、あの商会へ依頼状を書きます。それから、追加の絹糸を五十樽。これも早急に手配してください」
「奥様……! 正気でいらっしゃいますか? こんな量、王宮の専属職人百人が一ヶ月かかっても終わるかどうか……」
マーサの目には、涙が浮かんでいた。
「私がやります、マーサ」
オリヴィアの声は、ひどく穏やかで、温度がなかった。
「セドリック様が、我が家の威信をかけて引き受けられた大切なお仕事ですもの。私が全力でお支えしなければ」
「ですが……、奥様のお体が……!」
「心配いりません。さあ、急いで手配を」
マーサは泣きそうな顔で部屋を出て行った。
一人になった部屋で、オリヴィアは図案の羊皮紙を机に置いた。
彼女の心は、昨日セドリックに打たれ、「君は我が家の癌だ」と罵倒された瞬間から、完全に凍りついていた。
悲しみもない。
怒りすら、もう湧いてこない。
ただ、糸がプツンと切れたような静けさが、彼女の中を満たしていた。
自分は、彼らにとって道具でしかない。
その残酷な事実を、完全に受け入れたのだ。
波風を立てることを恐れ、自分が我慢すればいいと信じてきた弱さは、もうどこにもない。
彼女は、実務者としての誇りも、妻としての情も、全てを削ぎ落とし、ただ冷徹な計算機のように思考を巡らせていた。
(幅五メートル、長さ十五メートルの祭壇装飾。王室の紋章百箇所)
オリヴィアは、頭の中で瞬時に必要工数と日数を割り出した。
(私が一睡もせずに編み続けたとしても、完成までには最低でも四ヶ月はかかる。納期は来月。つまり、物理的に100パーセント不可能)
彼女は、冷ややかな目を細めた。
不可能な仕事を、彼女は「やります」と引き受けた。
なぜか。
それは、彼らが一番困るタイミング——つまり、祭典の直前、最も世間の注目が集まる瞬間に、全てを放り出して姿を消すためだ。
もし今、彼女が「できない」と言って家を出てしまえば、セドリックは「妻がわがままで逃げ出したせいで、納期に間に合わなかった」と全ての責任を彼女に押し付けるだろう。
そしてステラが「可哀想なセドリック様」と慰め、彼らは被害者ぶって同情を集めるに違いない。
だから、そうはさせない。
ギリギリまで順調に進んでいると錯覚させ、王宮への献上の儀式という最高の舞台が用意されたその瞬間に、彼らの足元から梯子を外してやるのだ。
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