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第23話:搾取する聖女
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セドリックに完璧で従順な裏方の仮面を見せ、自室兼アトリエに籠城を始めてから数日が経った。
オリヴィアは、鍵をかけた部屋の中で、ひたすらにペンを走らせていた。
大聖堂の装飾用の図案を引いているのではない。
彼女が書いているのは、王都の有力な法律家への秘密の書簡と、自分の生み出したレースの製法に関する権利を主張するための緻密な文書だった。
時折、廊下を歩く使用人たちの気配がすると、オリヴィアは傍らに置いた銀のボビンをカチャリ、カチャリと鳴らし、いかにも猛烈な勢いでレースを編んでいるという音を響かせた。
(……順調ね。誰も疑っていない)
オリヴィアは、冷たく細めた目で分厚い扉を睨んだ。
セドリックは一度たりとも、実務の進捗を確認しに部屋へ入ってくることはなかった。
彼は、妻が心を入れ替えて、無私の心で奉仕していると信じきっており、自分は王宮への日参や、有力貴族との会合という名の顔売りに忙殺されていた。
彼にとって、実務とは命令すれば勝手に出来上がるものであり、過程などどうでもいいのだ。
そんなある日の午後。
コンコン、と控えめで、しかしどこか甘ったるいノックの音が響いた。
「奥様。ステラでございます」
扉越しに聞こえてきたのは、高く柔らかな声だった。
「セドリック様が、奥様が根詰めておられるのではないかと心配なさって。私が差し入れをお持ちいたしましたの。開けていただけますか?」
オリヴィアのペンを持つ手が、ピタリと止まった。
セドリックが心配しているというのは建前で、ステラ自身が自分がどれほど華やかな役割を与えられたかを自慢しに来たに違いない。
オリヴィアは一瞬舌打ちをしそうになったが、すぐに完璧な微笑みを顔に貼り付け、素早く机の上の文書を隠し、その上に白紙の図案を広げた。
「ええ、どうぞ。ステラ様」
鍵を開けると、ステラが優雅な足取りで部屋に入ってきた。
彼女は今日も、最高級の絹をふんだんに使った、しかしデザインだけは清楚に見える白百合のようなドレスを身に纏っていた。
手には、上質な茶器が乗った銀の盆が一つ。
「まあ、奥様。こんな埃っぽいお部屋で、ずっとお一人で作業なさっているのですね。おいたわしいこと……」
ステラは、部屋の隅に山積みになった絹糸の樽や、散らかったように見せかけた図案を見て、大げさに眉をひそめた。
彼女の目はオリヴィアを、裏方で地味な作業しかできない、哀れな女と本気で見下している。
「ありがとうございます、ステラ様。でも、私にはこの埃っぽい部屋が一番性に合っておりますの。セドリック様の崇高な理念を形にするため、一針一針に愛を込めておりますわ」
オリヴィアは、柔らかな声で答えた。
「でも、本当に途方もない量です。大聖堂の祭壇を飾るレースの指定寸法は、幅五メートル、長さ十五メートル……。王室の紋章も百箇所、金糸で編み込まなければなりません」
「まあ、五メートルに十五メートル……?」
ステラは、その数字を聞いて目を丸くした。
しかし、彼女はその途方もない労働量がどれほどの血の滲むような疲労を伴うか、一ミリも想像できていないようだった。
彼女の頭の中にあるのは、その巨大で美しいレースを、自分が王宮の舞台で華々しく披露する姿だけなのだ。
「それはそれは、素晴らしいこと! 王族の方々も、さぞや感動されるでしょうね。奥様のその地道な努力が、私の手によって皆様の心へ愛として届けられる……。想像しただけで、胸がいっぱいになりますわ」
ステラはうっとりと手を組み、頬を染めた。
悪気のない、純粋な搾取の宣言。
それは、「私があなたの成果を横取りします」と、笑顔で言っているのと、まったく同じことだった。
オリヴィアは、鍵をかけた部屋の中で、ひたすらにペンを走らせていた。
大聖堂の装飾用の図案を引いているのではない。
彼女が書いているのは、王都の有力な法律家への秘密の書簡と、自分の生み出したレースの製法に関する権利を主張するための緻密な文書だった。
時折、廊下を歩く使用人たちの気配がすると、オリヴィアは傍らに置いた銀のボビンをカチャリ、カチャリと鳴らし、いかにも猛烈な勢いでレースを編んでいるという音を響かせた。
(……順調ね。誰も疑っていない)
オリヴィアは、冷たく細めた目で分厚い扉を睨んだ。
セドリックは一度たりとも、実務の進捗を確認しに部屋へ入ってくることはなかった。
彼は、妻が心を入れ替えて、無私の心で奉仕していると信じきっており、自分は王宮への日参や、有力貴族との会合という名の顔売りに忙殺されていた。
彼にとって、実務とは命令すれば勝手に出来上がるものであり、過程などどうでもいいのだ。
そんなある日の午後。
コンコン、と控えめで、しかしどこか甘ったるいノックの音が響いた。
「奥様。ステラでございます」
扉越しに聞こえてきたのは、高く柔らかな声だった。
「セドリック様が、奥様が根詰めておられるのではないかと心配なさって。私が差し入れをお持ちいたしましたの。開けていただけますか?」
オリヴィアのペンを持つ手が、ピタリと止まった。
セドリックが心配しているというのは建前で、ステラ自身が自分がどれほど華やかな役割を与えられたかを自慢しに来たに違いない。
オリヴィアは一瞬舌打ちをしそうになったが、すぐに完璧な微笑みを顔に貼り付け、素早く机の上の文書を隠し、その上に白紙の図案を広げた。
「ええ、どうぞ。ステラ様」
鍵を開けると、ステラが優雅な足取りで部屋に入ってきた。
彼女は今日も、最高級の絹をふんだんに使った、しかしデザインだけは清楚に見える白百合のようなドレスを身に纏っていた。
手には、上質な茶器が乗った銀の盆が一つ。
「まあ、奥様。こんな埃っぽいお部屋で、ずっとお一人で作業なさっているのですね。おいたわしいこと……」
ステラは、部屋の隅に山積みになった絹糸の樽や、散らかったように見せかけた図案を見て、大げさに眉をひそめた。
彼女の目はオリヴィアを、裏方で地味な作業しかできない、哀れな女と本気で見下している。
「ありがとうございます、ステラ様。でも、私にはこの埃っぽい部屋が一番性に合っておりますの。セドリック様の崇高な理念を形にするため、一針一針に愛を込めておりますわ」
オリヴィアは、柔らかな声で答えた。
「でも、本当に途方もない量です。大聖堂の祭壇を飾るレースの指定寸法は、幅五メートル、長さ十五メートル……。王室の紋章も百箇所、金糸で編み込まなければなりません」
「まあ、五メートルに十五メートル……?」
ステラは、その数字を聞いて目を丸くした。
しかし、彼女はその途方もない労働量がどれほどの血の滲むような疲労を伴うか、一ミリも想像できていないようだった。
彼女の頭の中にあるのは、その巨大で美しいレースを、自分が王宮の舞台で華々しく披露する姿だけなのだ。
「それはそれは、素晴らしいこと! 王族の方々も、さぞや感動されるでしょうね。奥様のその地道な努力が、私の手によって皆様の心へ愛として届けられる……。想像しただけで、胸がいっぱいになりますわ」
ステラはうっとりと手を組み、頬を染めた。
悪気のない、純粋な搾取の宣言。
それは、「私があなたの成果を横取りします」と、笑顔で言っているのと、まったく同じことだった。
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