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第38話:パニックに陥る夫と聖女
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「ええ、期待していてちょうだい。……さあ、見張りの方、この箱を王宮へ向かう馬車に運んでちょうだい。落としたりしたら許しませんわよ」
ステラは、見張りの男に鷹揚に命じた。
「お、お待ちください、ステラ様」
男が箱を持ち上げようとした瞬間、オリヴィアは慌てたように見せかけながら声を上げた。
「その箱は……、セドリック様が直接、中身を確認されてからお運びいただく約束になっておりますの。セドリック様は、どちらに?」
「セドリック様なら、玄関で王宮からの使いの方と立ち話をしていらっしゃるわ。すぐにここへ来られるはずよ」
ステラが答えたのとほぼ同時に、廊下から革靴の力強い足音が近づいてきた。
「ステラ! 準備はできたか?」
上気した顔のセドリックが、部屋に入ってきた。
彼は、ステラ以上に豪華な、しかし高潔な奉仕者を気取るために純白と金糸で仕立てられた、見事な礼服を纏っていた。
彼の顔には、今から自分が世界で一番称賛されるという自信と名声欲が、隠しきれないほど満ち溢れている。
「セドリック様! 見てください、奥様が素晴らしいレースを、この箱に納めてくださいましたわ!」
ステラが、弾むような声で駆け寄り、彼の腕にすがりついた。
「おお、そうか! ご苦労だったね、オリヴィア」
セドリックは、まるで昨夜の暴力や軟禁など無かったかのように、爽やかで寛大な笑顔をオリヴィアに向けた。
「君のその青白い顔を見るに、昨夜は一睡もせずに最後の仕上げをしていたのだろう? 逃げ出そうとした愚かな考えも、作品を完成させることで浄化されたようだね」
彼は、自分が妻を正しい道へ導き、偉業を成し遂げさせたと本気で信じ込んでいる。
「さあ、王宮へ向かう前に、僕の目で君の奉仕の証を確認しようじゃないか。蓋を開けたまえ」
セドリックは、尊大な態度で見張りの男に命じた。
オリヴィアは、静かに一歩下がり、ベッドの脇に立った。
心臓の鼓動が、少しだけ早くなるのを感じた。
それは恐怖ではない。
これから始まる、無能な偽善者たちにとっての最も残酷な現実の始まりを、特等席で見届けるための高揚感だった。
男が恭しく、ベルベットの木箱の金の留め具を外した。
カチャリ、と小さな音が響き、重厚な蓋がゆっくりと開かれる。
セドリックとステラは、世界で最も美しい芸術品を待ち望むような、うっとりとした表情で箱の中を覗き込んだ。
「……え?」
最初に声を上げたのは、ステラだった。
彼女の潤んだヘーゼルアイが、信じられないものを見るように見開かれ、口元がヒクヒクと引きつった。
「な……、なんだ、これは……?」
続いて、セドリックの爽やかな笑顔が、見る間に凍りついた。
彼の顔色が一瞬にして土気色に変わり、声が上ずっている。
木箱の中に収められていたのは、王宮の祭壇を飾る十五メートルの美しい絹のレースなどではなかった。
そこに入っていたのは、数枚の数十センチに満たない、不格好な編みかけの端切れ。
そして、使い古されてボロボロになった銀のボビンが数本。
さらにその上には、一通の飾り気のない封筒が、ポツンと置かれていた。
「……オリヴィア」
セドリックは、震える手で箱の中を探り、しかしどこにも巨大なレースが隠されていないことを悟ると、血走った目でオリヴィアを振り返った。
「これは、どういうことだ……? 十五メートルのレースは、どこにある……! 王室の紋章を編み込んだ装飾は、どこに隠したッ!」
怒号が、部屋をビリビリと震わせた。
ステラは「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、純白のドレスの裾を握りしめて後ずさった。
「嘘……、嘘よ! 私が献上するはずのレースが、ないなんて……! そんなこと、王宮の皆様になんて説明すれば……!」
パニックに陥る二人を前に、オリヴィアは、ただ静かに、そしてこれ以上ないほど冷ややかな、完璧な微笑を浮かべていた。
ステラは、見張りの男に鷹揚に命じた。
「お、お待ちください、ステラ様」
男が箱を持ち上げようとした瞬間、オリヴィアは慌てたように見せかけながら声を上げた。
「その箱は……、セドリック様が直接、中身を確認されてからお運びいただく約束になっておりますの。セドリック様は、どちらに?」
「セドリック様なら、玄関で王宮からの使いの方と立ち話をしていらっしゃるわ。すぐにここへ来られるはずよ」
ステラが答えたのとほぼ同時に、廊下から革靴の力強い足音が近づいてきた。
「ステラ! 準備はできたか?」
上気した顔のセドリックが、部屋に入ってきた。
彼は、ステラ以上に豪華な、しかし高潔な奉仕者を気取るために純白と金糸で仕立てられた、見事な礼服を纏っていた。
彼の顔には、今から自分が世界で一番称賛されるという自信と名声欲が、隠しきれないほど満ち溢れている。
「セドリック様! 見てください、奥様が素晴らしいレースを、この箱に納めてくださいましたわ!」
ステラが、弾むような声で駆け寄り、彼の腕にすがりついた。
「おお、そうか! ご苦労だったね、オリヴィア」
セドリックは、まるで昨夜の暴力や軟禁など無かったかのように、爽やかで寛大な笑顔をオリヴィアに向けた。
「君のその青白い顔を見るに、昨夜は一睡もせずに最後の仕上げをしていたのだろう? 逃げ出そうとした愚かな考えも、作品を完成させることで浄化されたようだね」
彼は、自分が妻を正しい道へ導き、偉業を成し遂げさせたと本気で信じ込んでいる。
「さあ、王宮へ向かう前に、僕の目で君の奉仕の証を確認しようじゃないか。蓋を開けたまえ」
セドリックは、尊大な態度で見張りの男に命じた。
オリヴィアは、静かに一歩下がり、ベッドの脇に立った。
心臓の鼓動が、少しだけ早くなるのを感じた。
それは恐怖ではない。
これから始まる、無能な偽善者たちにとっての最も残酷な現実の始まりを、特等席で見届けるための高揚感だった。
男が恭しく、ベルベットの木箱の金の留め具を外した。
カチャリ、と小さな音が響き、重厚な蓋がゆっくりと開かれる。
セドリックとステラは、世界で最も美しい芸術品を待ち望むような、うっとりとした表情で箱の中を覗き込んだ。
「……え?」
最初に声を上げたのは、ステラだった。
彼女の潤んだヘーゼルアイが、信じられないものを見るように見開かれ、口元がヒクヒクと引きつった。
「な……、なんだ、これは……?」
続いて、セドリックの爽やかな笑顔が、見る間に凍りついた。
彼の顔色が一瞬にして土気色に変わり、声が上ずっている。
木箱の中に収められていたのは、王宮の祭壇を飾る十五メートルの美しい絹のレースなどではなかった。
そこに入っていたのは、数枚の数十センチに満たない、不格好な編みかけの端切れ。
そして、使い古されてボロボロになった銀のボビンが数本。
さらにその上には、一通の飾り気のない封筒が、ポツンと置かれていた。
「……オリヴィア」
セドリックは、震える手で箱の中を探り、しかしどこにも巨大なレースが隠されていないことを悟ると、血走った目でオリヴィアを振り返った。
「これは、どういうことだ……? 十五メートルのレースは、どこにある……! 王室の紋章を編み込んだ装飾は、どこに隠したッ!」
怒号が、部屋をビリビリと震わせた。
ステラは「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、純白のドレスの裾を握りしめて後ずさった。
「嘘……、嘘よ! 私が献上するはずのレースが、ないなんて……! そんなこと、王宮の皆様になんて説明すれば……!」
パニックに陥る二人を前に、オリヴィアは、ただ静かに、そしてこれ以上ないほど冷ややかな、完璧な微笑を浮かべていた。
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