「君は自分の利益しか考えてないのか?」と私の成果をタダで配る偽善者の浮気夫。〜やりがい搾取に疲れたので、すべての権利をいただいて去ります〜

水上

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第53話:絶望の中で足掻く者たち

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『私はもう、あなたの名声という幻のために、糸を紡ぐことはありません』

『私が愛していたのは、あなたが最初に見せてくれた、優しい外面という名の幻です』

『あなたはただ、私の成果物を右から左へ流し、美しい言葉で飾っていただけ』

「違う……、僕は……、僕は当主として……」

 セドリックは端切れを握りしめ、自分を正当化しようとしたが、言葉は途切れた。

 ふと、彼の目に、机の端に残されていた一冊の古びた手帳が留まった。
 それは、オリヴィアがかつて、日々の実務や領地の資金繰りについて書き留めていたものだった。

 セドリックが「数字のことは君に任せるよ」と丸投げし、一度も開いたことのない手帳。

 何かに憑かれたように、彼はその手帳を手に取り、ページをめくった。
 そこには、几帳面な文字で、セドリックが全く知らなかった現実がびっしりと書き込まれていた。

『〇月〇日。セドリック様が引き受けた貧民街への炊き出しの費用、金貨三百枚。……商会からのレースの前受金で補填』

『〇月〇日。ステラ様が寄付したとされる毛布五十枚。……私の新作デザインの権利を一部売却して購入』

『〇月〇日。……また納期が半分になった。徹夜三日目。手が震えて針が持てない。でも、ここで私が倒れたら、職人たちの給金が払えなくなる』

 ページをめくるごとに、セドリックの手は震えを増していった。

 そこには、彼が「僕の理念」と誇っていた慈善活動が、いかに無計画で、いかにオリヴィアの文字通りの血と汗によってのみ支えられていたかが、冷酷な数字と記録によって示されていた。

(彼女のレースの売り上げで……、全てを……?)

 彼は、これまで自分が領民を救っていると信じ込んでいた。
 自分が美しい言葉をかければ、物事は自然とうまく回るのだと。

 しかし、現実は違った。

 彼が安請け合いし、ステラが笑顔で配っていたものは全て、オリヴィアが寿命を削って生み出した金銭と実務能力の結晶だったのだ。

 彼自身は、一銭の利益も、一つの成果物も生み出していなかった。
 本当にただの口先だけの無能だったのだ。

「あ……、あああ……」

 セドリックは、手帳を取り落とし、両手で顔を覆った。

 彼はついに、自分がどれほど妻を都合よく搾取するだけの寄生虫であったかを、直視せざるを得なくなった。

 オリヴィアが限界を訴えた時、彼は「君は自分の利益しか考えていないのか」と論点をすり替え、罪悪感を植え付けた。

 それは、彼自身が実務の泥臭さを直視する恐怖から逃げるための、卑劣な自己防衛に過ぎなかったのだ。

「僕が……、僕が彼女を、壊した……?」

 彼の中に、かつてないほどの激しい自己嫌悪が湧き上がってきた。
 しかし、それはオリヴィアへの純粋な謝罪や愛情から来るものではなかった。

 素晴らしい人格者である自分というアイデンティティが根底から覆され、自分の中身が空っぽであるという真実を突きつけられたことに対する、耐え難い絶望感だった。

「セドリック様……!」

 そこへ、荒い足音と共に、再びステラが部屋に飛び込んできた。
 彼女の顔は怒りと焦燥で歪み、純白のドレスは先ほど床にへたり込んだ際の汚れで無残な有様になっていた。

「どういうことなの!? 使用人たちがみんな逃げてしまったわ! それに、さっきハワード商会の人間が来て、『日没までにこの屋敷から出て行け。荷物は着の身着のままの分だけだ』って……!」

 ステラは、セドリックの腕を乱暴に揺すった。

「冗談じゃないわ! 私はノースコート男爵家の令嬢なのよ! こんな平民の男と一緒に、着の身着のままで追い出されるなんて、絶対に嫌! 何とかしなさいよ!」

 彼女は、セドリックが全てを失ったただの平民になったことを理解しながらも、まだ彼に何とかして自分を救ってくれるという魔法のような解決を求めていた。
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