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彼女の森
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彼女は其処に居た。
降り注ぐ木漏れ日が、流れる小川の水面に反射し、濁りなき水晶石のように輝く。
柔らかな風が鳴らした、青々と茂った木の葉の音色に合わせるように、小鳥達が生命の歌を歌う。
織り成す自然が創り上げた、天界と見紛うほどの美しい場所。
彼女は其処に居た。
絹よりも細く、油を撫で付けずとも艶やかな白銀の髪。
均整のとれた美貌に映える紫水晶色の瞳。
扇情的な肢体を包む純白のドレスから伸びる手足は、まるで芸術性を帯びた神々の彫刻。
周囲の美しい景色にも見劣りせぬ、美女と言う言葉が陳腐にさえ聞こえてしまうほど美しい女性。
彼女は、毎日のように其処に居た。
今では記憶の片隅にしか居ない、母親の想い出に浸るために。
彼女の名は、アミル・オルガニック。
これは、遠い昔の話である。
「アミル様」
突然、背後から野太い声がかかった。
振り向くとそこには、隆起した筋肉が全身を覆いつくした、強大な岩にも見える一体の魔族が苦々しい顔で立っている。
「あ、ガルムさん。御機嫌よう」
目の前の魔族とは対照的に、アミルは散歩の途中で出会った知り合いにそうするように会釈をした。目の前にいる堅物を具現化した風体の魔族の心境を知っていて、わざとそうした。
これが表情豊かな人物なら、大きく息を吐き出し、肩をすくめたりもするのだろうが、残念ながらそんな気の聞いた反応を見せる人物ではない。
「危険なので一人での外出は控えるようにと、オルガ様に言われているはずですが」
無表情のまま、小さな瞳に僅かな非難の色をたたえて言う。
そんなガルムの横を、アミルは涼しい顔で通り過ぎる。
「私が何処へ行こうと、貴方達がこうしてやってくるのだから、危険などないでしょう?」
「ですが、『あの森』は別です」
周囲の景色は、すっかりと薄暗くなっていた。
日が落ちたのではない。ここガジガラの景色は、常に薄暗い。
「あの森の中は、我々魔族の手が及ばぬ場所。中でアミル様に何があろうと、我々には手の出しようがありません」
「それなら、尚更あの場所は安全ですね」
アミルは皮肉をこめて笑った。
ガルムがあの森と呼んだ場所。
アミルが先ほどまで居た場所。
あの森には名前などなかった。
その場所を正確に知るモノは少なかった。
ガジガラに在りながら、ガジガラに住む魔族には、その存在すら認識出来ない。
その森の中に入れるのは、アミルが知っている限りでは、アミルと、その母親だけ。
理由は分からない。
分からずともその事実は、アミルの僅かな自慢で、心の依り所だった。
「いえ、人間が居ます」
背後から、ガルムが声をかける。
「詳しくは分かりませんが、どうやら人間界でかの森の話を聞いた者がいるらしく」
人間。ふと、意識の中でその言葉を呟く。
日の当たる土地で暮らす、非力だが、高い知性を持つ種族。
アミルは、人間と接触した事はなかった。
遠巻きに眺めた事はあれど、触れ合う事はおろか、言葉を交わしたこともない。
自分と変わらぬ外見を持つ人間に、アミルは少なからず興味を抱いていた。
「人間さんが来たら、是非お話をしてみたいものですね」
アミルの言葉に、ガルムは言葉を返さなかった。
それを見て、アミルは満足げに微笑んだ。
降り注ぐ木漏れ日が、流れる小川の水面に反射し、濁りなき水晶石のように輝く。
柔らかな風が鳴らした、青々と茂った木の葉の音色に合わせるように、小鳥達が生命の歌を歌う。
織り成す自然が創り上げた、天界と見紛うほどの美しい場所。
彼女は其処に居た。
絹よりも細く、油を撫で付けずとも艶やかな白銀の髪。
均整のとれた美貌に映える紫水晶色の瞳。
扇情的な肢体を包む純白のドレスから伸びる手足は、まるで芸術性を帯びた神々の彫刻。
周囲の美しい景色にも見劣りせぬ、美女と言う言葉が陳腐にさえ聞こえてしまうほど美しい女性。
彼女は、毎日のように其処に居た。
今では記憶の片隅にしか居ない、母親の想い出に浸るために。
彼女の名は、アミル・オルガニック。
これは、遠い昔の話である。
「アミル様」
突然、背後から野太い声がかかった。
振り向くとそこには、隆起した筋肉が全身を覆いつくした、強大な岩にも見える一体の魔族が苦々しい顔で立っている。
「あ、ガルムさん。御機嫌よう」
目の前の魔族とは対照的に、アミルは散歩の途中で出会った知り合いにそうするように会釈をした。目の前にいる堅物を具現化した風体の魔族の心境を知っていて、わざとそうした。
これが表情豊かな人物なら、大きく息を吐き出し、肩をすくめたりもするのだろうが、残念ながらそんな気の聞いた反応を見せる人物ではない。
「危険なので一人での外出は控えるようにと、オルガ様に言われているはずですが」
無表情のまま、小さな瞳に僅かな非難の色をたたえて言う。
そんなガルムの横を、アミルは涼しい顔で通り過ぎる。
「私が何処へ行こうと、貴方達がこうしてやってくるのだから、危険などないでしょう?」
「ですが、『あの森』は別です」
周囲の景色は、すっかりと薄暗くなっていた。
日が落ちたのではない。ここガジガラの景色は、常に薄暗い。
「あの森の中は、我々魔族の手が及ばぬ場所。中でアミル様に何があろうと、我々には手の出しようがありません」
「それなら、尚更あの場所は安全ですね」
アミルは皮肉をこめて笑った。
ガルムがあの森と呼んだ場所。
アミルが先ほどまで居た場所。
あの森には名前などなかった。
その場所を正確に知るモノは少なかった。
ガジガラに在りながら、ガジガラに住む魔族には、その存在すら認識出来ない。
その森の中に入れるのは、アミルが知っている限りでは、アミルと、その母親だけ。
理由は分からない。
分からずともその事実は、アミルの僅かな自慢で、心の依り所だった。
「いえ、人間が居ます」
背後から、ガルムが声をかける。
「詳しくは分かりませんが、どうやら人間界でかの森の話を聞いた者がいるらしく」
人間。ふと、意識の中でその言葉を呟く。
日の当たる土地で暮らす、非力だが、高い知性を持つ種族。
アミルは、人間と接触した事はなかった。
遠巻きに眺めた事はあれど、触れ合う事はおろか、言葉を交わしたこともない。
自分と変わらぬ外見を持つ人間に、アミルは少なからず興味を抱いていた。
「人間さんが来たら、是非お話をしてみたいものですね」
アミルの言葉に、ガルムは言葉を返さなかった。
それを見て、アミルは満足げに微笑んだ。
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