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二章
赤い暴君
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「いやいやいや! どう見ても怪しいでしょ!」
女性限定で高給をうたい、その仕事内容は明確にしない。
これはもう多分アレでしょ。ほぼアレでしょ。
いやマジ役に立たない仕事はないけどさ!
立っちゃうでしょ!?
立たせちゃうでしょ!?
「まぁ、怪しいっちゃ怪しいけど……」
「でも、内容も聞いてみないと分からないですし」
二人は、何故止めるのか分からないという顔。
道で野党を警戒した用心深さはどこにいったんだ!
君子危うきに近寄らずとも言うだろう!? 鴨葱になっちゃうよ!
結局、僕の忠告は聞き入られる事はなく、話を聞くだけ――と僕達はその扉を叩いた。
とは言っても、募集先が目の前の酒場だったから普通に扉を開けただけなのだが。
「もういいから放っておいてくれ!」
そんな僕達を待ち受けていたのは、ガランとした店内で、テーブルに座った中年男性の怒鳴り声と、傍に立っていた女性の足元に落ちた、陶器が割れる音だった。
「えっと――これってどういう状況なの?」
「あ、いらっしゃい。お客さんすいません、まだ準備中なんですよ~」
僕達より少し年上だろうか。
口調から店員と思われる女性が、入ってきた僕達に気づいて申し訳なさそうに言った。
「あー。アタシらは客じゃないんだ。ってか大丈夫?」
「そうなんですか。お騒がせしました。でも大丈夫です」
バツが悪そうに苦笑いを浮かべる女性。思ったより大事ではないらしい。
テーブルに突っ伏している男も、顔は見えないが恰幅の良いおじさんと言ったところで、特に危険な様子ではない。
「そっかそっか。その人は店主?」
「あ、いえ。トートさんは宿屋のご主人さんでして、ちょっと問題が――」
女性がそこまで言うと、宿屋の主人はテーブルからむっくりと顔を上げた。
「……ちょっとだって?」
普段なら気優しく人当たりの良さそうな雰囲気なのだろうが、相当飲んだのか顔は日に焼けたように真っ赤で、目はすわり、完全に酔っ払いの風貌だ。
「ちょっとなわけないだろ! ん? 酒が無い! 酒をどこにやった!? くそったれ! 金ならあるんだ! 早く酒を持って来い!」
そう怒鳴ると、この酒場には不釣合いな金貨をばら撒いた。
商売人にとって何より大切なお金を。無造作に投げ捨てた。
「あの……トートさん普段はとっても優しい人なんです。だから大丈夫ですから」
呆気にとられる僕達をよそに、女性が小走りで奥へと戻っていく。
「と、とりあえず出直した方がいいんじゃないかな? ほら、こんな状況だし! もうちょっと他の仕事も探してみようよ!」
これは好機だ。
とりあえず出てしまえば、彼女達が覗こうとしている深淵を遠ざけられる。
有耶無耶にしてしまえる。
未来を見通す能力はないが、何となく分かっているんだ。
仕事内容を聞いて、ニーヤが不機嫌になり、それによって二次災害が発生するかもしれない。
多分そんな展開。
「そ、そうですね。またにしましょうか」
だからモミさんが答えた瞬間。勝ったと思った。
僕のリスクマネジメントは完璧だと思った。
でも気づくべきだった。
もう、彼女達を説得出来なかった時点で。
店に入ってしまった時点で。
フラグは立ってしまっていたんだと。
戻ってきた女性の抱えていた小さな土瓶が、一瞬にして消える。
「あっ、お客さん!?」
女性の驚いた声と、ニーヤが高々と上げたその土瓶を見て、次にどんな行動を起こすのかなんて、その場にいた誰もが安易に想像できた。
「ニーヤ!? ちょ――」
僕の声も空しく、無常な水音が酒場に反響する。
年齢を感じさせる頭髪が、残酷にも降り注ぐシャワーによって、切なくも一掃頭皮を露出させる。
呆然とする僕達をよそに、ニーヤが口を開いた。
「お酒の飲み方は人それぞれよね。嫌な事を忘れるためにお酒を飲む――水に流すって言葉もあるくらいだし、それだって立派な楽しみ方の一つだと思う。
だけどね、いくら水を注いだって流せないモノもある。流しちゃいけないモノがある。アンタに何があったのかは知らないけど、ソレが流していいモノなのか、頭を冷やしてちゃんと考えなよ」
知らないおじさんに頭から酒をかけ、さらに説教をかますという、非礼の極みともいえる暴挙に出たニーヤを、僕はただただぽかんと口を開けて見つめていた。
「すっ、すいませんトートさん!」
女性が慌ててトートさんの顔を拭く。が、トートさんはそれを手で制した。
「いや、いいんだ。このお嬢ちゃんの言うとおりだ」
憑き物が落ちたような顔でそう言い、
――ソレ雑巾だよ。
と優しく付け加えた。
女性限定で高給をうたい、その仕事内容は明確にしない。
これはもう多分アレでしょ。ほぼアレでしょ。
いやマジ役に立たない仕事はないけどさ!
立っちゃうでしょ!?
立たせちゃうでしょ!?
「まぁ、怪しいっちゃ怪しいけど……」
「でも、内容も聞いてみないと分からないですし」
二人は、何故止めるのか分からないという顔。
道で野党を警戒した用心深さはどこにいったんだ!
君子危うきに近寄らずとも言うだろう!? 鴨葱になっちゃうよ!
結局、僕の忠告は聞き入られる事はなく、話を聞くだけ――と僕達はその扉を叩いた。
とは言っても、募集先が目の前の酒場だったから普通に扉を開けただけなのだが。
「もういいから放っておいてくれ!」
そんな僕達を待ち受けていたのは、ガランとした店内で、テーブルに座った中年男性の怒鳴り声と、傍に立っていた女性の足元に落ちた、陶器が割れる音だった。
「えっと――これってどういう状況なの?」
「あ、いらっしゃい。お客さんすいません、まだ準備中なんですよ~」
僕達より少し年上だろうか。
口調から店員と思われる女性が、入ってきた僕達に気づいて申し訳なさそうに言った。
「あー。アタシらは客じゃないんだ。ってか大丈夫?」
「そうなんですか。お騒がせしました。でも大丈夫です」
バツが悪そうに苦笑いを浮かべる女性。思ったより大事ではないらしい。
テーブルに突っ伏している男も、顔は見えないが恰幅の良いおじさんと言ったところで、特に危険な様子ではない。
「そっかそっか。その人は店主?」
「あ、いえ。トートさんは宿屋のご主人さんでして、ちょっと問題が――」
女性がそこまで言うと、宿屋の主人はテーブルからむっくりと顔を上げた。
「……ちょっとだって?」
普段なら気優しく人当たりの良さそうな雰囲気なのだろうが、相当飲んだのか顔は日に焼けたように真っ赤で、目はすわり、完全に酔っ払いの風貌だ。
「ちょっとなわけないだろ! ん? 酒が無い! 酒をどこにやった!? くそったれ! 金ならあるんだ! 早く酒を持って来い!」
そう怒鳴ると、この酒場には不釣合いな金貨をばら撒いた。
商売人にとって何より大切なお金を。無造作に投げ捨てた。
「あの……トートさん普段はとっても優しい人なんです。だから大丈夫ですから」
呆気にとられる僕達をよそに、女性が小走りで奥へと戻っていく。
「と、とりあえず出直した方がいいんじゃないかな? ほら、こんな状況だし! もうちょっと他の仕事も探してみようよ!」
これは好機だ。
とりあえず出てしまえば、彼女達が覗こうとしている深淵を遠ざけられる。
有耶無耶にしてしまえる。
未来を見通す能力はないが、何となく分かっているんだ。
仕事内容を聞いて、ニーヤが不機嫌になり、それによって二次災害が発生するかもしれない。
多分そんな展開。
「そ、そうですね。またにしましょうか」
だからモミさんが答えた瞬間。勝ったと思った。
僕のリスクマネジメントは完璧だと思った。
でも気づくべきだった。
もう、彼女達を説得出来なかった時点で。
店に入ってしまった時点で。
フラグは立ってしまっていたんだと。
戻ってきた女性の抱えていた小さな土瓶が、一瞬にして消える。
「あっ、お客さん!?」
女性の驚いた声と、ニーヤが高々と上げたその土瓶を見て、次にどんな行動を起こすのかなんて、その場にいた誰もが安易に想像できた。
「ニーヤ!? ちょ――」
僕の声も空しく、無常な水音が酒場に反響する。
年齢を感じさせる頭髪が、残酷にも降り注ぐシャワーによって、切なくも一掃頭皮を露出させる。
呆然とする僕達をよそに、ニーヤが口を開いた。
「お酒の飲み方は人それぞれよね。嫌な事を忘れるためにお酒を飲む――水に流すって言葉もあるくらいだし、それだって立派な楽しみ方の一つだと思う。
だけどね、いくら水を注いだって流せないモノもある。流しちゃいけないモノがある。アンタに何があったのかは知らないけど、ソレが流していいモノなのか、頭を冷やしてちゃんと考えなよ」
知らないおじさんに頭から酒をかけ、さらに説教をかますという、非礼の極みともいえる暴挙に出たニーヤを、僕はただただぽかんと口を開けて見つめていた。
「すっ、すいませんトートさん!」
女性が慌ててトートさんの顔を拭く。が、トートさんはそれを手で制した。
「いや、いいんだ。このお嬢ちゃんの言うとおりだ」
憑き物が落ちたような顔でそう言い、
――ソレ雑巾だよ。
と優しく付け加えた。
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