性剣セクシーソード

cure456

文字の大きさ
118 / 154
二章

もう一つのガジガラ

しおりを挟む
 頬で感じる心地良さは、柔らかい毛ざわり。
 瞳を開けると、そこは毛皮の上だった。
 匂い立つその甘い芳香には一片の獣臭さもなく、春風そよぐ木漏れ日の中で落ちたまどろみに名残を惜しむように、その毛皮に頬ずりする。

「そんなに私の匂いが気に入ったか」
「え……。み、ミドリさんっ!?」
 長い翠玉色エメラルドグリーンの髪が印象的な、神の一族、エルフの長。
 周囲を見渡すと、木々が立ち込めた森の中。他にも沢山のエルフが居た。
 ということは、ここは栗花の森。 
 何故僕はこんな所に居るんだ?
「ど、どうして……?」
「どうしてだと? それはこっちが聞きたいな。何故お前はここにいて、私のお気に入りの毛皮の上でくつろいでいるのだ?」
 冷酷な瞳で問いかけるミドリさんに返す答えは見つからなかった。

「……族長さんが自分の毛皮を使えって言わなかったっけ?」
「……だよね」
 どこからか聞こえてきたそんな囁きも、ミドリさんが弓を構えると同時に掻き消えた。
 そして、彼女が大きく咳払いをする。 

「お前がここにいるのは、そこの馬が運んできたからだ。その様子じゃお前の意思ではないようだが、何があった? お前は何処へ向かっていた?」
「ディーナスが? そうだ! 早く行かないと――」
 慌てて立ち上がるが、強烈な眩暈と共にその場に倒れこむ。
 身体が重く、思うように動かない。

「おいおい。お前は死にかけていたんだぞ。しばらくはまともに動けない。それに、その傷を治したのは我々だ。礼の変わりに話くらい聞かせるのか筋ってモンじゃないか?」
 ミドリさんの言葉に、背中の激痛が消えている事に気づく。
 だとしたら、僕のとった行動はあまりにも失礼だった。
「す、すいませんでした……」
「まぁいい。それほど大事なのだろう。で、何があった?」

 
「魔王か……。その様子じゃ、もう自分の力にも気づいているな」  
「あ、はい。あの時、やっぱりミドリさんも気づいていたんですか?」
「ああ。確信はなかったがな。お前が放っていたモノと同じ魔力を持つ者を知っていた」
「それは、アミルの事ですか?」
「アミル? それはお前が助けに行こうとしている魔王の名か? だったら違う。私が言ってるのは、そうだな、お前が魔王だとするなら、先々代の魔王だ。名前など知らん」
 湧き上がる嫌悪感などさらさら隠す気もない様子で、吐き捨てるように言った。

「せ、先々代の魔王……?」
「ああ。今考えても忌々しい。あろう事か奴はこの森で、私達に襲い掛かったのだからな。あの欲望に満ちた顔――思い出すだけで吐き気がする。お前と同じだ、いや、お前は幼子に手をかけようとしなかったらしいからな。その点はまだマシか」
 冷や汗が垂れる。
 僕と同じように、欲望にまかせ襲ったって……。
 その目的は、もちろん攻撃じゃない。

「ど、どうなったんですか……?」
「どうもこうもない。返り討ちにして追い出したさ。一つだけ後悔してるのは、その汚らわしいモノを切り落としてやらなかった事だ」
「!?」
 その汚らわしいモノが何を指しているのか、彼女の視線が告げていた。
 そして、自分が全裸だという事に気づいた。丸出しだった事に気づいた。
 近くにいたエルフが布をかけてくれたが、その顔はどこか赤い。

「まぁ、もう死んた奴の事をどうこう言っても仕方ない。それにしても、アミルと言うのか、あの女」
「知ってるんですか?」
「忘れるはずもあるまい。あの女、この森に来て何と言ったか分かるか?」
 その表情と口調から察するに、やはりアミルには好意的な感情を抱いてはいない。
「な、何て言ったんですか……?」
 聞くのが少し怖かったが、聞かずにはいられない。

――くっさ!? 良くこんな臭いとこに住んでおるの。余には無理だ。

「――それだけ言ってさっさと帰った」
「……そ、それは。なんと言っていいか……」
 そういえば、ニーヤ達も匂いがどうとか言っていた。
 何故か僕には気にならないが、それでも住んでる場所を臭いとか言われたら怒るのは当たり前だ 
『お前ん家くせーな』とか言われたら友達を止める。

「だからいい気味だ。囚われて、そのまま死んでしまえばいい」
 ミドリさんの言葉に抱いた僅かな怒りが、僕の身体を奮い立たせる。
「でも……僕には違うんです。彼女を……助けないと」
「ふん。その姿では何を言っても間抜けなだけだ」
 股間を隠していた布は、無残にも地面に落ちている。
 僕は全裸で突っ立って啖呵をきったのだ。
――死にたい。 
 

「まぁ。我々に関係はないが、ここに来たのは幸運だったな」
 ありがたくも綺麗に洗われていた服に着替えた僕に、ミドリさんが言った。
「どういう事ですか?」
「人間達は、ここを『もう一つのガジガラ』だなんて呼ぶそうだな?」
「そうみたいですね。人が立ち入れないのは、魔界と同じだから――だそうですけど」
「まぁ、ついてこい」
 言われるがまま、歩き出した彼女の後を追う。
 着いた先には――何も無かった。

「もう一つのガジガラ――あながち間違いでもない。だが、お前達がとってつけたような理由ではない」
 彼女の手にはいつの間にか、まるで最初からそこにあったかのように、剣が握られていた。
 短剣と言えるほど短くも無く、長剣程長くも無い。
 大きく反り返った刀身はまるでブーメランのようでもあり、旅の途中で様々な形の剣を目にしたが、そのどれとも似つかない。

「森剣シミター。我々エルフに伝わる伝統的な武器だ。木や草を切るのに適していてな」
 言われて見れば、逆に持てば鎌のようにも見える形状だ。
「前にも言っただろう。持つべき者が使えば、武器はその特性を如何なく発揮する――」
 おもむろに――空を切った。
 何の変哲も無かった風景に、一筋の亀裂が走る。
 その亀裂は、ゆっくりと空間を歪めていった。

「こ、これは……」
 目の前に現れた異様な空間には見覚えがあった。
 深く、暗い闇からは禍々しい瘴気が煙のように漏れ出ている。
「ガジガラゲート……?」
「ああ。先々代のゴミクソ豚魔王があけたモノだ。封印は施してあるが、完全に消し去れるのは不可能だった」
 めっちゃ嫌ってるな……。
 初めて会った時僕にボロクソ言ってたのはその魔王のせいだ。間違いない。

「持っていけ。武器もなしに辿り着ける場所じゃない」
 ミドリさんから差し出されたシミターに戸惑う。
「え? いいんですか? 特別な武器じゃないんですか?」
「別に特別なわけではない。代わりはいくらでもある。それにエルフではないお前が使ってもただの武器だ」
「ありがとうございます。何から何まで、何とお礼を言っていいか……」
「礼などいらん。早々に立ち去れ。そして二度と来るな」
 冷たく言い放つミドリさん。そこは気高き森の民、神の一族エルフだ。
 人間と馴れ合うつもりはさらさらないらしい。
 その事に少し寂しくも思うが、仕方ない。

「分かりました。本当に感謝します。行こう、ディーナス」
 ディーナスが腰を下ろし、その背中に乗る。
「二度と来るなよ」
 釘をさされた。本当に嫌なんだろう。
「わ、分かりました」
「絶対に二度と来るなよ」
 そこまで何度も言われるとちょっと気分が悪い。
「わ、分かりましたって……」
「来ないんだな? 二度と来ないんだな?」
……いい加減にしつこい。

「……あれって絶対『また来い』って言ってるよね?」
「……だよね?」
 再びどこかから聞こえたそんな囁きも、彼女が弓を構えると静かになった。
 その光景に、自然と笑みが浮かぶ。
「また来ます! ミドリさんもその時までお元気で!」
 そう言って、僕はゲートに飛び込んだ。
 後ろから聞こえた言葉も、一瞬で掻き消えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...