性剣セクシーソード

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三章~魔界冒険譚~

幕間

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 着いた場所はまるで教会のような建物だった。
 教会自体は珍しいわけでもない。何度も見たし、中にも入った事はある。
 でもそれは人間界での話だ。

 魔界に教会というのは、何だかアンバランスでもある。
 実は、町を巡っている時にも気になっていたのだ。

 
 重厚な扉の中には、人間界のソレと変わらない光景が広がっていた。
 真ん中の通路を挟むように配置された多数のベンチ。その奥に祭壇。

 だけど僕の目を惹いたのは、祭壇の後ろにある彫像だった。
 天に祈りを捧げるような、女神の像。
 その姿は、僕が今まで人間界で目にした人物とは違っていた。

 場所が変われば神様も違う。
 ソレを分かってはいるものの、どうしてかその像がとても気になった。

 とりあえず一段落したらアミルに聞いてみよう。
 そう思いながらもアミルの後を着いていく。

 先導するアミルの後ろに僕、そのまた後ろに自警団の彼らと言う、なんとも良く分からない隊列で進む一行がたどり着いたのは、祈祷室を抜けたさらに奥の部屋だった。


 部屋には一体の魔族が、テーブルに向かってなにやら筆を走らせていた。
 種族は彼らと同じリザードマン。
 だがその身体はとても大きく、片目を巻き込んだ傷痕が、その貫禄を引き立てている。
 デスクワークの似合わなさといったら無いが、ここのボス的存在なのは間違いないだろう。


「隊長! 手配中のアドニスを連行しました!」

 背後に居たはずの彼らは、一瞬で僕達の前に移動して声を張った。
 その姿は、まさに優秀な部下そのものである。

「ん? ああ。ご苦労。そいつらか、陛下の使者を装う不届き者は」

「はっ! それだけではなくこの者達、北の酒場で騒ぎを起こし、さ、サタンを死傷させております!」

「何だと!? あのサタンをか!? 真偽は確かであろうな!?」

 驚いたボスらしき魔族が、ガタガタを椅子を鳴らしながら立ち上がる。 

「間違いありません! しかと確認済みです!」

 部下の一人がピンと背筋を伸ばす。
 似合わないと思ってしまうのは、彼らが魔族だからだろうか。
 もっとフリーダムな感じでいて欲しい。魔族なんだから。


「うぬぬ……まぁ、その話はひとまず置いておこう。まずはお前等がどこの誰なのか、ソレを白状してもらおうか。娘よ、そのローブをとって顔を見せろ」

「顔が見たいと申すか。ならばまずは部下を下がらせよ。気安く素顔を見せるほど、余は安くないぞ」

「その態度、話に聞いていたとおりだな。ここがどこか分かっているのか? 無理矢理剥いでも良いんだぞ」

 その言葉を合図に、リザード自警団は一斉に剣を抜いた。
 しかし余裕顔を浮かべているのは椅子に座っているボスだけで、彼らはちょっぴり腰が引けている。
 そして、僕も剣を抜いた。
 
 流石に剣を向けられて黙っているわけにも行かない。
 ソレがアミルともなったら尚更だ。

「ほう。ケンセイ、良い心がけだ。今のは少しだけ見直したぞ。惚れ直した、と言った方が良いか?」

「え、いやぁ――」

 そう言われると、やっぱり照れてしまう。
 ニヒルに微笑むくらいの余裕が欲しいものだ。

「無益な殺生はすまい。貴様等、その足で出て行くか、骸となって出て行くか選ぶが良い」

 とりかこむ自警団は、アミルのその言葉を聞いて顔を見合わせる。

「……そ、そう言えば! 見回りの途中だった!」

「わ、私も! 行方不明のケットシーの捜索があったんだ!」

「お、お袋が急病になりました!」 

「「「それでは隊長、失礼します!」」」 

「おい!? 待てお前達!」

 彼らは風のように去っていった。

「ふん。いくら人間の真似をしてみても、所詮は紛い物よ」

 ポツリと取り残されたボスに向かい、アミルが歩を進める。
 何となくもう大丈夫な気がしたので、僕も剣を納めた。

「な、何をする気だ!?」

「何をするだと? 貴様が申したのだろう? 余の顔が見たいと――」

 そう言って、アミルはローブに手をかけた。
 まるで銀の粒子を撒き散らすような、長い白銀の髪があらわになる。

「ま、まさか……魔王様……?」

 牙の並んだ大きな口を開けたまま、しばし固まっていた隊長は、我返るとすぐさまアミルの前に出て、その頭を垂れる。

「き、気づかなかったとは言え、数々の無礼、誠に申し訳ありません!」

「まぁ良い。だが、余はいつまでこうしていれば良いのだ? いい加減、立っているのも疲れるのだがな」
 

 その言葉を聞いた隊長は、まるで倍速の魔法でもかけたかのように素早かった。
 祈祷室にあった五人は座れるであろうベンチと、トレイに乗せたティーセットを運んで来たその姿は、熟練の執事もかくや。 

「いや魔王様も人が悪い。事前にお知らせ下さればお迎えに上がりましたものの」

「密に旅をしておるのだ。言える訳があるまい」

「何と!? 旅をしているのですか? それはまた一体――」

 そこで、隊長は何かに気づいたような表情を浮かべ、遠慮がちに言葉を続ける。

「――もしや、ザフズの仕業でしょうか?」

「ほう。知っておるのか」

「噂程度――です。魔王城を襲撃したと聞いていましたが……」 

「うむ。だがそれとこの旅は何の関係もない。当のザフズもとっくに塵と化したわ。手を下したのはケンセイだがな」

 その言葉で、隊長と目が合った。爬虫類独特の瞳で見つめられると中々に落ち着かない。
 とりあえず「どうも」と軽く頭を下げた。

「何と、あのザフズを倒したのですか? それはそれは。
 ケンセイ様、ですね。お初にお目にかかります。私はロバート・シルブプレ・ドロスと申します。どうぞロバートとお呼び下さい」

 ちょっと変だけど、人間みたいな名前だ。
 そんな僕の思いを知ってか知らずか、アミルが鼻で笑う。

「何がロバートだ。貴様の名前はドロスだろうが。ケンセイ、こいつは人間かぶれでな。どうも人間の真似をしたがる」

「これは手厳しい。いや全くその通りなのですが。昔から人間の文化に興味がありましてね。見た目はどうにもなりませんから、自警団などと人間の真似事をしています。アドニスの貴方様が羨ましくもありますよ」 

 人間に好意を抱いている魔族も居る。
 僕はその事実に少し嬉しくなり、ロバートと呼んであげると決めた

「ケンセイはアドミスではない。人間だ」

 カップに注がれた茶を飲みながら放ったアミルの言葉に、ロバートは一瞬驚いた顔を見せつつも、すぐに笑い飛ばした。

「ご冗談を。いくら私でも、流石にそれは嘘だと分かりますよ。人と魔族では、魔力の質が違いますからね。人間にこれだけの魔力は――」

 何かに気づいたように、途中で言葉を止めた。
 僕の魔力が分かるなら、アミルに魔力が無いのも分かる。
 だからこそ、彼は魔王を見抜けなかったのだから。


「そうだ。今、余の魔力はケンセイに預けておる。こやつは正真正銘の人間よ」

「なるほど。旅をするにあたって、魔王様の存在を隠すための措置、というわけですな。確かに、今の状態では貴女が魔王様だとは誰も気づきません」

 うんうんと納得した様子のロバートに、アミルは思い出したように訊ねた。

「そう言えば、あのサタンとか言う男は何だ? 幅を利かせておったようだが、貴様達は一体何をしていたのだ」

「奴が町に棲みついたのは、ここ最近の話です。確かに幅を利かせておりましたが、町の自治を乱すほどの大罪を犯すわけでもありませんでしたので……。
 それにお恥ずかしい話ですが、奴と一戦交えるとなると、こちら側の犠牲も覚悟しなければなりません」

 登場するやいなや一瞬で退場したわけだが、ロバートの言葉、そして悪魔の王と呼ばれるだけあって、まぁ強いのだろう。
 きっとあの時はアミルの行動を予測できず、防ぎきれなかった。
 だからああもあっさり死んでしまったのだ。


「ふん。そもそも奴はサタンなどではない。多少魔力を有しておったが、ただ永く生きただけ。サタンの名を騙った悪魔に過ぎぬ」

「何ですと!? それは本当ですか!?」

「ああ。余はサタンと面識がある。まぁ貴様等が知らぬのは無理も無い。奴は出不精だからな。滅多にその姿を見せんのだ。全く、下らぬ嘆願書を送ってくるのなら、サタンの事を書いておけば良いものを。ならば手を煩わせる事もなかろうに」

 呆れた様子を見せるアミルに、ロバートは恐縮しきった表情を浮かべる。

「大方、ドミィに情けない姿を見せたくはないとでも思っておったのだろう? 全く、男の見栄には呆れるばかりよ」

「ドミィさん?」

 ここで突然登場したその名前に、思わず聞き返す。

「うむ。こいつはドミィに惚れておるのだ」

「まっ、魔王様!? わ、私はそのようなことは――」

「何年か前の話だ。大した用もないくせに、それはもう頻繁に城に来おってな。余との謁見もそこそこに、ドミィと話し込んでおるのだぞ。やっと来なくなったと思ったら、今度は「アレを見て欲しい」だの「コレが気になるから話を聞いてくれ」だのと、何かと理由をつけては下らぬ嘆願書を送りつけてきおる。はた迷惑な話だろう?」

「そ、それは魔王様が来訪禁止令を出されたので、仕方なく嘆願書を――」

 鱗で覆われた緑の身体が、ほんのり赤くそまっているのは気のせいだろうか。
 そんな彼に、アミルは非情な現実を突きつけるような言葉を放った。

「ん? 余はそのような命を下した覚えはないぞ」
 
 アミルが命じたわけじゃないなら、誰が出すのか。
 それは魔王の従者である、ドミィさんに他ならない。
 みなまで言うな。
 うん。つまりそう言う事だ。


「ところで――ドワーフについて、何か聞いてはおらぬか?」

 物理的にありえないのだが、どこか小さくなったように感じるロバートが、その言葉に反応した。

「ドワーフ、ですか……。鍛冶屋の一件ですね。もちろん聞いております。しかし、ドワーフ自体、最近余り良い噂を聞きませんね。ここクリータだけではなく、各地で色々とやっているみたいで」

「ふむ。各地で、か。――妙だな」

 ロバートの言葉に何かがひっかかったのか、アミルが考え込むように眉をひそめたが、どうでも良いと言った様子で腰を上げた。

「――まぁ良い。宿に戻るぞ」

「それでは、表までお見送りを――」

 同じく立ち上がったロバートを、アミルは手で制した。

「仰々しい真似は不要。我等はただの『城の使い』だった。分かったな?」

「承知しております。それでは、貴女方に健やかなる旅があらん事を」

 きっと人間のソレを真似たのだろう。
 ロバートはまるで、聖職者がそうするように手を合わせて祈った。
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