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5章 ダンジョン
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しおりを挟むぐんっ、と一瞬で距離を詰める。気が付くと敵の首をつかみフェリラから引きはがし、床に叩きつけていた。すぐにその上に乗っかり剣を遠くに弾き飛ばす。なんとか視線の端でリーンスタさんたちが追いつきフェリラに何事か話しかけている様子をとらえる。
「ははっ、あいつがお前の恋人か?」
「黙れ」
ドッと突き立てた剣はあいつの髪を削るのみで直撃はしなかった。逃げるのも得意なことはわかっている。
「目の色が変わったな」
こんな状況でさえそいつは楽しそうに、余裕そうに笑う。それはいっそ相手を怒らせようと挑発しているようにも感じる。もう一度、剣を突き立てる。今度は両刀で。これで逃げることなどできない。
だが、また剣はその肌を傷つけることはなかった。何か鉄にあたったかのように甲高い音を立てるだけで終わってしまう。先ほども当たったと思えばこう邪魔されることの繰り返しだった。
「おいおい、こんなものかよ」
うるさい、うるさい! 気が付けば、剣がバチバチと音を立てていく。音は時間ごとに大きさを増していく。
『ハール、少し落ち着いて。
ここから脱出する魔力も残しておきませんと』
魔力なんて、とそこでようやく俺が剣に魔力を込めていることに気が付いた。でも好都合だ。どのみちただの剣ではこいつを傷つけることはできないんだから。
一息に剣で体を貫く。今度は一発でやれるように確実に心臓を狙い穿つ。限界まで圧縮された雷をまとったその剣先は先ほどとは異なりその身に沈んでいく。
「っ、かはっ!
そう、か……
だからおれは……たいせつなものが、いなかったから、おれは……」
聞こえるか聞こえないかの声量。でも、確かに強くなれなかったのか、とそう言った気がした。まあ、今更どうでもいいことだ。唯一気に入らないのは満足げな顔をしていたことだろうか。せめて悔しさでその顔が歪んでいたら、痛みでその顔が濡れていたらもっとすがすがしかったのだろうか。今はもうわからないが。
少しして俺が乗ってた身はぴきり、と音を立てる。少ししてその身は黒い粉となり消えていく。そのあとにはひどくきれいな、手を伸ばさずにはいられないような魅力を閉じ込めた宝石が数個残される。
「ははっ、なんだこれ」
あんなやつだったのに、どうしてこんなキレイな宝石になれる? こんなの不釣り合いだ。なぜかひどく泣きたくなる。だが、そんな干渉に浸っている暇もなくダンジョンは振動し始めた。
「ダンジョンが、崩れる」
どこか夢見心地のまま立ち上がる。そして出口の方を見るとリーンスタさんとマリナグルースさんが床に膝をついていた。そうだ、フェリラは!
「フェリラ!」
「あ、ハール……」
ひどい顔色。でも、確かに生きていた。ちゃんと温かい。フェリラが、生きていた。
「フェリラ、ごめん、ごめん……」
「はは、何でハールが謝るんだ。
……お疲れ様、ハール」
「……うん」
涙で前がにじむ。ふと、ずっと前にレッツが言っていた言葉が頭をよぎった。そうだ、今は泣いている場合ではない。ここはまだ敵の陣地でもう崩れかけている。ゆっくりできる場ではない。
乱暴に涙をぬぐうとシャリラントの手を借りて治りかけ程度だったフェリラの傷を完治させてしまう。でも、血が元に戻るわけではない。顔色は依然として悪いままだ。誰一人足元がしっかりしている人はいない。それでも最後、ここから逃げ出さなければ崩壊に巻き込まれる。
「シャリラント、まだ行けるか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ここから階段を下っていては間に合わない。
あそこから脱出するぞ」
言いながら示したのは窓。何階かはわからないが、きっとシャリラントの力を借りれば何とかなる。退路を守ってくれているはずのリキートたちにはかなり申し訳ないが、窓があるならこっちの方が確実だ。俺の提案にシャリラントはうなずいた。
「力を借りますよ、マジカンテ、シールディリア」
「「はい」」
しっかりとフェリラを腕に抱える。シールディリアの展開した板の上に全員で乗り込み、シャリラントとマジカンテの力で浮き上がる。そして一気に窓の外へと脱出する。
「……なんだこれは」
そうして出た外。広がっていた光景は俺たちがダンジョンに入る前とは大きく変わっていた。まず、ダンジョンが一塔消えている。どうやら俺たちよりも先にイシューさんたちが決着をつけてくれたらしい。
そして、ダンジョンの周り。これが出現する際に周りの建物が壊されていったのはこの眼で見た。でも、今はそれ以上の範囲で建物が無くなっていた。そう、崩れたのではなく無くなっていたのだ。それは皇宮の手前で止まっている。
「一体何が……?」
「どうやらミーヤを連れてきて正解だったようですね」
「ミーヤ、ですか?」
どうしてここでミーヤの名前が。鈍った頭では何も理解できない。ああ、でも。今は腕の中のフェリラが寝息を立てていて、目の前には共に上がってきた二人がいる。それだけでいいのではないかとも思ってしまう。
さすがに神使たちは理解しているらしい。ずっと任せきりだったにもかかわらず、俺たちは皇宮にたどり着いていた。地面に足を付けた瞬間バランスを崩しそうになるところをなんとか踏みとどまる。どうやら俺が思っていた以上に体が疲弊しているようだ。
「スーベルハーニ皇子!」
一度リキートを探して、と考えていると前から俺を呼ぶ声が聞こえる。そちらの方を見るとリヒトだった。
「よくぞ、ご無事で!
よかった、本当に!」
たった1日2日いなかっただけで何を大げさな、と突っ込みたくなるほどリヒトは涙ぐんでこちらにやってくる。その後ろを数人の使用人が付いてきていた。
「リヒト、リキートたちは?」
「あ、リキッドレート殿方は……。
今はお休みになっています。
どうかスーハル皇子もお休みに」
よかった。リキートたちも無事なようだ。そうか、と答えると強烈な眠気が襲ってくる。聞きたいことが多すぎる。でも、今はとにかく限界だった。後ろからやってきたものにフェリラを丁重に扱うようくぎを刺したうえで預ける。
「この度はありがとうございました。
今はどうかゆっくりやすんでください」
振り返ってリーンスタさんとマリナグルースさんになんとかそう伝える。二人も限界だったのだろう。軽くうなずくだけにとどめてそれぞれ休憩のための部屋にすぐに向かった。俺も同じように部屋へと向かう。本当は体を清めたほうがいいのだろうが、それも後回し。
部屋へとたどり着いた俺はそのままベッドに沈み込んだ。
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