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朝はいつものように起こされて、おいしくない流動食を口にする。そして、謁見の間と呼ばれているらしいところへ足を運ぶ。まあ、抱えられているから運ばれる、の方が正しいかもしれないけれど。そして、信者と思われる人たちの訪問を待ち、話を聞く。いつも通りの日。それが唐突に変わったのは、とある男性の訪れがきっかけだった。
その男性は、信者たちが決して越えなかった一線を越えた。信者たちが膝をつき、深く頭を下げる場所を、ふらふらとした足取りで超えたのだ。その時、隣で妹がかすかに動いたのが分かった。妹が自主的に動くなんて、いつぶりに見ただろうか。
侍女、そして衛兵がすぐにその男性の動きを止めようと動き出す。それを振り切ってその男性は私たちが座っているところへ近づいてきた。いつもは静かな謁見の間に喧騒が飛び交う。こんなに騒がしいのは初めてだ。そう冷静に思ってしまう。
ふと、横を向くと視界に入ったのは、よく見ないとわからないほどかすかにふるえている妹の姿。そうだ、こういう怒鳴り声が聞こえたとき、私たちは決まってぶたれていた。記憶としてそれがあるかはわからないけれど、きっと体が覚えてしまっているのだ。
妹を守らないと。とっさにそう思ったけれど、体が動かない。体が動くようにできていない。どうして。隣に座っている妹を抱きしめたい。震えながらも微笑みを浮かべ続ける妹を。たったそれだけの望みなのに。……どうして、今の私にはこんなにも難しいの?
「聖女様……?」
どうして、侍女が慌ててこちらに来るんだろう? この時間に私に接触したことなんて一度もないのに。その答えはすぐにわかった。近寄ってきた侍女が、そっと私の目元をぬぐったのだ。……私は、泣いていた?
「大丈夫ですよ、聖女様。
すぐにあのものを追い出しますから」
違うそうじゃない。そういいたいのに、首すらも動かし方を忘れてしまったようだ。なにもできないまま、視線を乱入者に戻す。いつの間にか人数が増えている。あの人たちは、騎士、と呼ばれる人たちだろうか。手には剣が握られている。
そして、その男性はまっすぐにこちらへと向かってきた。そして手を伸ばすのが見える。ああ、私の体も震えているのがわかる。怖い……。何をされるのかわからない。何を考えているのかわからない。そんな人がいつの間にか剣を手にもってこちらへと来るのが、怖くないわけがない。
だが、その男性は走って段を上ると、途中剣を放り捨てる。そして目に涙さえ浮かべて、感激したように口をゆがませた。そして何も持たない両手をまっすぐにこちらへと伸ばしてきた。
「ああ、やっと会えた!
リステリア、リテマリア!」
リステリア、リテマリア? もしかしてそれが私たちの名前なの? 後からやってきた騎士と思われる男性たちが侍女たちを取り押さえていく。そして、私たちはその男性に抱きしめられた。
「さあ、帰ろう、我が家に」
妹の方を見ると私と同じように全く動けていない。我が家に帰ろう、ってこの人は私たちの父、もしくは親戚なのだろうか。やっと会えたってどういうこと? 疑問ばかりが頭を占める。でも、抵抗しなくてもいいのかも……。
私たちを抱き上げた手つきは強く私たちを抱きしめていながらも痛くない。愛情を感じるものだった。この人がもしも父親で、私たちをここから助けてくれる人ならば。もう身を任せてしまえばいいのかもしれない。どうせ自分の意思で動けないのだし。
そんなことを考えていると引き離されるように抑えられた侍女の一人がこちらに向かって大声を上げた。ああ、こんなことも初めてだ。
「聖女様!
これを、どうか受け取ってください!
お二人のお母様からの!」
焦ったように必死に伸ばされた手。そこには白い紙、おそらく手紙が握られていた。なぜかそれを受け取らないといけない、そう思った。動け‼ 動け‼
ゆっくり、でも確かに、今まで全く動いてくれなかった手が動く。そしてぎりぎりのところで私はその侍女が差し出したものを受け取った。とっさに騎士らしき男性がそれを取り上げようとするけれど、その前にそれを抱え込んだ。あ、もうこれ以上動けない……。
「リステリア、それをこの人に渡しなさい」
どうやらこの人、両手で私たちを抱えているから動けないみたい。こちらを見ながら強い視線でそう言う。その視線にようやく収まってきた震えがまた始まった。体が勝手に恐怖しているのだ。それにもう体が動かない。とにかく奪われないように、それだけを考えて私は手紙を守ろうとした。
だけど、いつもと違うことが起きすぎたからだろうか。次第にひどい睡魔に襲われていく。ちらりと妹を見ると妹ももう目を閉じそう。睡魔にあらがうことはできなくて、私はそのまま目をつむった。
その男性は、信者たちが決して越えなかった一線を越えた。信者たちが膝をつき、深く頭を下げる場所を、ふらふらとした足取りで超えたのだ。その時、隣で妹がかすかに動いたのが分かった。妹が自主的に動くなんて、いつぶりに見ただろうか。
侍女、そして衛兵がすぐにその男性の動きを止めようと動き出す。それを振り切ってその男性は私たちが座っているところへ近づいてきた。いつもは静かな謁見の間に喧騒が飛び交う。こんなに騒がしいのは初めてだ。そう冷静に思ってしまう。
ふと、横を向くと視界に入ったのは、よく見ないとわからないほどかすかにふるえている妹の姿。そうだ、こういう怒鳴り声が聞こえたとき、私たちは決まってぶたれていた。記憶としてそれがあるかはわからないけれど、きっと体が覚えてしまっているのだ。
妹を守らないと。とっさにそう思ったけれど、体が動かない。体が動くようにできていない。どうして。隣に座っている妹を抱きしめたい。震えながらも微笑みを浮かべ続ける妹を。たったそれだけの望みなのに。……どうして、今の私にはこんなにも難しいの?
「聖女様……?」
どうして、侍女が慌ててこちらに来るんだろう? この時間に私に接触したことなんて一度もないのに。その答えはすぐにわかった。近寄ってきた侍女が、そっと私の目元をぬぐったのだ。……私は、泣いていた?
「大丈夫ですよ、聖女様。
すぐにあのものを追い出しますから」
違うそうじゃない。そういいたいのに、首すらも動かし方を忘れてしまったようだ。なにもできないまま、視線を乱入者に戻す。いつの間にか人数が増えている。あの人たちは、騎士、と呼ばれる人たちだろうか。手には剣が握られている。
そして、その男性はまっすぐにこちらへと向かってきた。そして手を伸ばすのが見える。ああ、私の体も震えているのがわかる。怖い……。何をされるのかわからない。何を考えているのかわからない。そんな人がいつの間にか剣を手にもってこちらへと来るのが、怖くないわけがない。
だが、その男性は走って段を上ると、途中剣を放り捨てる。そして目に涙さえ浮かべて、感激したように口をゆがませた。そして何も持たない両手をまっすぐにこちらへと伸ばしてきた。
「ああ、やっと会えた!
リステリア、リテマリア!」
リステリア、リテマリア? もしかしてそれが私たちの名前なの? 後からやってきた騎士と思われる男性たちが侍女たちを取り押さえていく。そして、私たちはその男性に抱きしめられた。
「さあ、帰ろう、我が家に」
妹の方を見ると私と同じように全く動けていない。我が家に帰ろう、ってこの人は私たちの父、もしくは親戚なのだろうか。やっと会えたってどういうこと? 疑問ばかりが頭を占める。でも、抵抗しなくてもいいのかも……。
私たちを抱き上げた手つきは強く私たちを抱きしめていながらも痛くない。愛情を感じるものだった。この人がもしも父親で、私たちをここから助けてくれる人ならば。もう身を任せてしまえばいいのかもしれない。どうせ自分の意思で動けないのだし。
そんなことを考えていると引き離されるように抑えられた侍女の一人がこちらに向かって大声を上げた。ああ、こんなことも初めてだ。
「聖女様!
これを、どうか受け取ってください!
お二人のお母様からの!」
焦ったように必死に伸ばされた手。そこには白い紙、おそらく手紙が握られていた。なぜかそれを受け取らないといけない、そう思った。動け‼ 動け‼
ゆっくり、でも確かに、今まで全く動いてくれなかった手が動く。そしてぎりぎりのところで私はその侍女が差し出したものを受け取った。とっさに騎士らしき男性がそれを取り上げようとするけれど、その前にそれを抱え込んだ。あ、もうこれ以上動けない……。
「リステリア、それをこの人に渡しなさい」
どうやらこの人、両手で私たちを抱えているから動けないみたい。こちらを見ながら強い視線でそう言う。その視線にようやく収まってきた震えがまた始まった。体が勝手に恐怖しているのだ。それにもう体が動かない。とにかく奪われないように、それだけを考えて私は手紙を守ろうとした。
だけど、いつもと違うことが起きすぎたからだろうか。次第にひどい睡魔に襲われていく。ちらりと妹を見ると妹ももう目を閉じそう。睡魔にあらがうことはできなくて、私はそのまま目をつむった。
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