元お人形は令嬢として成長する

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「……たは、すい……」

「だが、こ……」

 ゆっくりと意識が浮上していく。ここはどこだろう? いつもとは違う匂いに感触。えっと……、そうだ、なんだかよくわからない人たちが乱入してきたんだ。

 ぼんやりと意識のまま、ふと目を開ける。どうやらまだ手にはあの手紙を握っていたよう。ああ、やっぱりあの男性だ。それとその人よりも若い、白衣を着た男性。医者、かな?

 慌てて妹を視線だけで探すと、すぐ隣にいた。よかった……。少しすると妹も目を覚ましたようでこちらを探した。目が合うと、どこかほっとしたように目元が緩む。ああ、そっか……。この子にもちゃんと自我があるんだ。そして、きっと私の中にもあったんだ。ぞっと、なにか冷たいものが背を這い上がる感覚がした。

「目が覚めたかい?」

 優しい声にそちらに視線を向けると男性が心配そうな目でこちらを見ている。うなずくこともできずにいると、白衣の男性がちょっとごめんねと言って私と妹を診始めた。もちろんされるがままです。

「大丈夫、怖くないよ。
 僕はエンペスリート家の専属の医者、ユウセラル・エミルークです。
 よろしくね」

 優しく笑いかけながら何かをするエミルークさん。やっぱり医者でしたか。軽く腕を持ち上げて手を離される。もちろん腕を上げているなんてできなくてぱたりと下に落ちる。妹もだ。エミルークさんはきびしい目をしながらも何かを確かめていった。

 その間に男性の方を見る。うん、なかなかに整った顔立ちの人だ。さらさらな黒髪に蒼の瞳。私たちとは違う色彩に父だという確信が持てない。そんなことを考えていると、横の椅子に座っていたその人が目の前にやってきた。

「私は、アフェレイック・エンペスリート、君たちの父親だ」

 そう言って私たちの頭をなでる。やっぱり、父親なんだ。でも、なんでそんな人が今更私たちを迎えに?

「そして、聞いているかもしれないが、君たちの名前はリステリア・エンペスリート、リテマリア・エンペスリートだ」

 いやいや知りません……。順番に頭をぽんと叩くから私がリステリアで妹がリテマリアだってわかった。さっきも私のことリステリアって呼んでいたものね。うんうん、と心の中でうなずく。まあ、どうやってそう判別したのかはわかりませんが。
それから、とその人は付け足した。

「リステリア、その手紙を離してくれないか?」

 手紙……。渡したくない。渡したらもう戻ってこないんじゃないかって思っちゃう。むっとした、つもりだけどなってないねこれ。表情筋も仕事しない。

「アフェレイック様、やはりこのまま国に帰るのは難しいのでは、と」

「転移は難しいということか?」

「それもですが……。
 馬車で帰るにしてもお嬢様方の体力が持つかはわかりません」

「向こうに着きさえすれば、馬車にある程度設備はあるだろう。
 少し無理をしてもらうことにはなるが、やはり転移陣を使おう」

「ですが……」

「あまり長い間ここにいるのは避けたい」

 国に、帰る? ここはこの人たちが暮らす国ではないのか。そう言えば侍女たちの使っていた言語、この人たちのものとはまた違うような……? なんで理解できているんだ、私。チートか。それにしても転移。ほぼわかっていたとはいえ、これで確定だ。ここは異世界。それも魔法もあるし、剣もある。それにエンペスリート、エンペスリート……。リステリア・エンペスリート……。どこかで聞いたことがあるような。

 考えているとどうやら話が付いたらしい。アフェレイック、という父が私たちを抱き上げて移動する。どうやらここは豪勢なホテルの一室だったよう。父に抱かれながら見上げたホテル、本当に大きかった……。

 そしてそのまま馬車に乗り込む。外見とは裏腹に思っていたよりも中は整っていた。とはいえ、馬車は馬車だ。これ、かなり揺れますよね? うう、耐えられる気がしない。なにせ私たちは一日のほとんどをふっかふかの椅子に座るか、ベッドに寝転ぶかで過ごしていたのだ。

 無言で心配していると、そこは察してくれたらしい。失礼します、と言って私はエミルークさんが抱えられていた。そして、リテマリアはそのまま父が抱え、それぞれ膝に抱えられるような形で馬車に座る。うん、これなら力抜いても倒れこむことはなさそう。ありがとうございます。

 そのまま外の景色を見ることもないまま、馬車は進んでいく。次に止まったのは何もない広く開けた場所だった。何がなんだかわからないが、もしかしてこのまま転移をするのだろうか? 口にも表情にも出せないけれど、内心ではちょっとわくわく。やっぱり前世にはなかった魔法は楽しみなのだ。

 隣にいるリテマリアの方に目を向けてみると、リテマリアは顔色を青くしていた。それはわずかな変化で、ほかの人ではきっとあまりわからないほど。でも、私には痛いほど分かった。リテマリアは怖がっている。それもそうよね……。

「大丈夫だ、リテマリア。
 何も怖いことは起きないから」

 次第に体も震えだしたリテマリアに、父がそう優しく声をかける。それまで支えているだけだった腕で、優しく抱きしめる。リテマリアはうなずく代わりに、ゆっくりと瞬きをした。きっと父の気持ちは伝わったのだろう。

「リステリア様も大丈夫ですよ」

 私は怯えてなどいなかったのだけれど、エミルークさんにそう声をかけられてしまった。優しさはありがたく受け取っておきます。

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