ギフトに振り回されてきたので、今世はひそかに生きていきます

mio

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 血の気が引いていく。今、ここで起きることが分かってしまった。早く逃げなくては、そう頭では冷静に考えられているのに体が動かない。そして。

「きゃああああああ!」

 悲鳴が聞こえた。

「フィーア!」

 ぎゅっと握られた手はずっと隣にいたラシェットさんのもの。目の前では『画』で視たように人々が悲鳴と共に逃げ惑い、土煙が舞う。倒れこんでいる人も見える。暴走しているのは馬一頭だけじゃ、ない? とっさに思った。私のせいだ、と。

「シリア、シリア、どこにいるの⁉」

「フィーア、早く!」

 動かない私にしびれを切らしたのか、ぐいと強い力で腕が引かれる。その時。暴走する馬の先に幼い男の子がいるのが見えた。その子は泣きじゃくっていて、馬には気が付いていない。もう何も考えていなかった。気が付けば、ラシェットさんに握られた手を振り切って、男の子のもとに走り出していた。

「フィーア!」

走った勢いのままにどん、と突き飛ばす。男の子の代わりに、馬が私に覆いかぶさったのが見えた。

「フィーアさん!」

「ルイさま!!」

 妙にゆっくりと見える視界の中、こちらにルイさんが走ってくるのが見えた気がした。

--------------------

 頭やら体やらがずきりと痛む。いつもとは違う痛みかた。一体、何があったのだっけ。空腹やのどの渇きを感じてゆっくりと目を開けていく。目を開けた先には見慣れた天井が映った。

 自分の部屋……。どうして、こんな状態なんだっけ。しばらくぼーっと天井を眺めていたけれど、のどが渇いて仕方ない。痛む体を動かしてベッドから抜け出す。服はいつの間にか寝間着になっていて、腕や足には包帯がまかれている。

 んー……、なんだかだんだんと思い出してきた気がする。確か、馬の暴走に行きあったんだよね。ギフトで視た、あの暴走に。それで、確か男の子を助けようとして。……どうして私、助かったんだろう。

 疑問に思いながらも部屋を出て、厨房へと向かうことにした。

「フィーア様⁉
 目が覚めたのですか?」

「あ、クリスさん。
 さっき、起きました。
 あの、のどが渇いてしまって」

「すぐに部屋にお持ちしますから、戻りましょう!
 まだお怪我も治っていませんのに」

「あ、すみません。
 でも大丈夫ですよ?」

「フィーア様?」

「へ、部屋で待っていますね」

 にこりと笑ったクリスさんに妙な圧を感じて、思わずうなずく。有無を言わせないってこういうことよね。一人で戻ろうとしたけれど、足を怪我しているのだからとひょい、と抱き上げられてしまった。クリスさん……、力あるのですね。

ベッドに逆戻りした後、すぐにメイドが水をもってきてくれた。それと軽食も。クリスさんは多忙なようで、私を部屋まで送るとすぐに部屋を出て行ってしまった。ちょっと申し訳ない。ということで、このメイドさんに詳細を聞くことにした。

「申し訳ございません、私も詳しくは……。
 知っているのは、花祭りに出かけられたラシェット様とフィーア様が、馬の暴走に巻き込まれたことだけです」

「ラシェットさんは無事ですか?」

「はい。
 ラシェット様はお怪我もなく、お元気ですよ」

「よかった……。
 ほかに、けが人が出たかはわかりませんか?」

 どきどきと心拍が上がっているのが分かる。あの時倒れこんでいる人もいた。もしかしたら、そう思うと自然と緊張した。

「……すみません、そこまでは」
 
 申し訳なさそうに言われて、慌てて謝る。この人は何も悪くないのだ。後でラシェットさんに聞いてみよう。そう決めて、私はメイドが持ってきてくれた軽食に手を付けた。

 どうやら私はまる一日眠っていたようだ。体のいたるところに擦り傷や打撲があるせいでこんなにずきずきしているみたい。目が覚めて少しするとお医者さんが来てけがの様子などを診てくれた。

 そして、夕方。いつもみんなが仕事を終えて家に帰ってくる頃。私の部屋にラシェットさんがやってきた。

「フィーア……」

 硬い声にびくりと肩が揺れる。怒られる、とっさにそう思って目をつぶる。だけど、いつまでたっても言葉が続くことも、体に触れられることもない。そっと目を開けると、そこには目に膜をはったラシェットさんがいた。

「生きていて、本当に良かった」

 ささやくように言うと、そっと、本当に優しい力で私のことを抱きしめてくれた。少しの間そうしていると、ラシェットさんが離れていく。一度深呼吸をすると、私のほうをまっすぐに見た。

「フィーアが飛び出した時、生きた心地がしなかったよ」

「すみません……」

「お願いだから、二度とああいうことはしないでくれ。
 あんな、自ら危険に飛び込むなんてこと……」

 はい、って言い切るのは難しい。あの時も何か考えていたわけでなくて、気が付いたら飛び出していたのだもの。どうしよう、と思っているとラシェットさんにため息をつかれてしまった。

「あの、いくつか聞いてもいいですか?」

 気まずい状態から空気を変えたくてそう尋ねてみると、ジト目で見られてしまった。それでもラシェットさんはどうぞ、と質問を促してくれた。

「一体何があったのですか?」

「今わかっているのはパレードの馬が数頭暴走して人に襲い掛かったことだ。
 その原因がまだわからない」

「けが人や……亡くなった方は?」

「軽傷から重症までけが人は大勢いる。
 亡くなった方もいると聞いている」

 ぎゅっと心臓が締め付けられたように痛んだ。亡くなった方が、いる。フィーア? と言うラシェットさんの声が聞こえる。このままだと心配をかけてしまう。平然としていないと。

「そう、ですか。
 あの……どうして私は助かったのですか?」

「それがよくわからないんだ。
 急に馬が大人しくなってね、君は軽く蹴られてしまったけれど命は助かった。
 そう、そういえばその時にルイくんが君を助けようと駆け寄っていったんだ」

「ルイさんが?」

 そういえば、あのときルイさんが私のほうに走り寄ってきていた気がする。あれ、でもラシェットさんはルイさんのことを知らないのでは? どうして名前を知っているのだろう。

「そのルイくんに君のお見舞いに行きたいから、目が覚めたら教えてくれって言われていてね。 
 知り合いなの?」

「はい。
 お店の常連さんです」

「男の子が常連って珍しいね。
 でも、とても好感が持てる人だった」

「妹さんのためにお店に来ているそうです」

「ああ、そうなのか。
今日目覚めたばかりだから、お見舞いには明後日来てもらおうか」

 うなずくと、今日はもう疲れただろう、と私をベッドに横たえた。もう夕食を終えてはいたけれど、昼間に寝すぎたのか眠くはなかったはず。でも、ラシェットさんにゆっくりと頭を撫でられるとなぜか眠気がやってきてしまった。

「母さんも父さんもとても心配していた。
 また明日、元気な顔見せてあげて」

「はい……」

「おやすみ」

 瞼が下りてくると、ラシェットさんがそっと部屋から出ていく音がした。

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