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しおりを挟む次に目が覚めたとき、周囲はすでに暗くなっていた。どれくらいの間私は眠っていたのだろう。ここは、と周囲を見渡して見覚えのない部屋であることに気が付く。えーっと、どうしてここにいるんだっけ。
そっとベッドから降りて、部屋全体を見てみる。部屋の調度品からかなり手がかけられた屋敷であることが分かる。寝室の隣はリビングになっているようだ。そこからまた別の部屋に続く扉がいくつかある。ここは、どこだろうか?
ここまで出てみてもわからなかったので、次はこの続き部屋の出口、廊下へと続くであろう扉を開けてみる。そっと開けてみると、扉のすぐ横には聖騎士様が白い鎧を着て立っていた。
「フィーア様、目を覚まされたのですね」
「聖騎士様……」
「ひとまずお部屋にお戻りください。
すぐ人を呼んでまいりますから」
どうして、ここに彼が。やっぱりまだ思考はまとまらない。ひとまずうなずきを返して、私は部屋の中に戻ることにした。えーっと、何があったんだっけ? たしか、いつも通り『ことりの庭』で働いていたら、ルイさんが来たんだ。そう、それでルイさんが自分が王太子だと名乗って、それで。それで、私のことを『神の目』をもつものだと呼んだ。すべて、ばれてしまったのだ。
リミーシャさんたちはどうしているかな。心配していないといいのだけれど。ぼーっとしていると、扉がノックされる。それにはい、とだけ答えると、扉が開いて中に人が入ってきた。
「ル、……ユースルイベ殿下」
「ルイと、そう呼んでくれて構わないのだけれど」
「いいえ……」
入ってきたユースルイベ殿下は手に水をもって、寂しそうに笑う。どうしてあなたがそんな顔をしているのだろうか。水はありがたく受け取って飲んでいると、暗かった室内に光が灯る。殿下自らつけてくれたようだった。
「気分はどうかな?」
「大丈夫です」
「なら、今少し話せるかな」
「はい」
あくまで、ユースルイベ殿下は優しく私に話しかけてきてくれる。でも、それにいつも通り対応する気力が今はない。ユースルイベ殿下は私の隣に座ると、話し始めた。
「明後日にはここを出て、王城へ向かうことになる。
その時はマリーも一緒だよ。
その前に……、センタリア商会の人たちに挨拶をしていくかい?
荷物をまとめる必要もあるだろう」
挨拶……、したいような、したくないような。今までずっと、あの人たちをだましてきたようなものなのだ。今更どんな顔をして会えばよいのだろうか。何を言えばいいのかもわからない。
荷物も、あそこにあるのは与えてもらったものばかり。それを私のものとして持ってきていいのか。だったら、取りに行かずにこのままいなくなるのが、お互いにとって一番いいのかもしれない。ああ、でも、あれだけは。あの刺繍だけは完成させたかった。渡したかった。
「挨拶は、しません。
でも手紙を渡していただいてもいいでしょうか。
荷物はあれだけは、やりかけの刺繍だけは持ってきていただきたいです。
きっとメイドに言えばわかりますから」
「……分かった、君がそう望むなら」
私の、望み。そうだ。こうなったらもう、もう一つの心配事も解決してもらおう。ただのフィーアとしては何もできなくても、『神の目』を持ち、王太子の婚約者となるフリージアならば、お願いを聞いてもらえる。
「一つ、お願いをしてもいいですか?」
「っ、もちろん!」
「ラシェットさんの婚約者である、アンフェルタさん。
彼女に腕のいい医師をつけてもらえませんか?」
「それは構わないが……」
ほら、やっぱりフリージアとしてならば、こんな願いすぐに叶えてもらえる。だから、これでよかったのだ。これで、ラシェットさんもアンさんも悲しまずに済むのだから。
「アンフェルタさんは未来のどこかで、病に倒れます。
そして、いずれは……。
その定めから救っていただきたのです」
「わかった、すぐに手配しよう」
そこまで話して、部屋は静まりかえる。もう話は終わりだろうか。そう思って、ユースルイベ殿下の方を見る。だけど、彼はまだ帰りそうにない。何か、言い出そうか迷っているようだった。
「まだ、何か?」
「そう、だな。
もう一つ、君に伝えておこうと……」
もう一つ? いったいどんな話なのだろうか。特にもう心当たりはない。
「君の実家、シュベルティー子爵家についてだ」
「シュベルティー家に、ついて?」
一体何があったのだろう。両親に興味はないけれど、弟は別だ。あの子はまだ幼い。あのかわいい子が苦労しているならば、助けたい。
「聞かせてください」
すぐに心は決まった。そういうと、ユースルイベ殿下はうなずいて、あの家の現状を教えてくれた。
「君には、ナフェル・シュベルティーという弟がいるね。
彼が嫡男なのは変わらないが、その父君はすでに子爵ではない。
オルグート殿とチェリジシア夫人は子爵にふさわしくないと、親族の手によって前線から退けられた。
そしてナフェル殿が子爵位を継ぐまで、オルグート殿の弟であるオーベルジ殿が子爵位についているんだ」
「オーベルジ叔父様が?
いったいあの人たちはなにをやらかしたのですか?」
「それは、まあ。
領民に還元するべき税金を使いこんで、王への献上すらままならなかったり、派手に遊んだり、ね。
一応シュベルティー家は隠そうとしていたみたいだが、貴族はそこまで甘くないから」
「そう、ですか。
それで今ナフェルはどうしているのですか?
あの子、昔から体が弱くて、それに甘えん坊だったから」
だから、最後に顔を見に行けなかった。甘えん坊のかわいい弟に行かないで、と言われたら決心が鈍ってしまうと思ったから。
「ナフェル殿が、甘えん坊……?
いや、まあ、家族にしか見せない面もあるか……。
彼は元気にしているよ。
とても優秀だと、城にまで噂が届くくらいだ」
「そうなのですね」
良かった。あの子が元気にやれているとわかっただけでも、ほっとする。でも、あの子は私をどう思っているのだろうか。だって、私はあの子を置いて逃げたひどい姉だ。恨まれていても仕方ない……。
「と、まあ。
シュベルティー家は醜聞を抱えていると同時に、優秀な嫡男の話もある。
正と負、両面を持ち合わせている感じかな。
そこでフリージア嬢に聞きたい。
君はシュベルティー子爵令嬢として城に来るかい?
それともどこかの家に養子に入って来るかい?
養子を選択した場合、どの家もきっと歓迎するだろう」
そんなことを聞かれて、少し考えてみる。養子なんて、考えてもみなかった。確かに、王太子妃になるのならば、子爵位は少し低い。通常ならば、公爵家、侯爵家あたりから妃を出すだろうから、そういう意味では高位貴族の養女となって城に入った方が衝突は少なく済む。通常ならば。
こういったことをすべて無視して婚姻を結べるのが『神の目』のギフトを持ったものなのだ。
ただ、私はシュベルティー家を家出した身。今更その名を名乗るのもどうなのだろうか……。少しの間悩んだものの、私は結論を出した。
「シュベルティー子爵家のものとして、殿下の婚約者になります」
「そうか、分かった」
どうせなら、少しでもナフェルの利になるように。王太子妃の姉がいれば、たとえ両親が失態を犯していても子爵になりやすいだろうから。そう考えての結論に、ユースルイベ殿下はすぐにうなずいてくれた。
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