ギフトに振り回されてきたので、今世はひそかに生きていきます

mio

文字の大きさ
55 / 69

54

しおりを挟む
 その日から、本当に王妃様は私にいろいろなことを教えてくれた。今までの生でも王太子妃、王妃になったことはあったけれど、こうした王妃の実務に必要なことは教えてもらったことがなかった。名目上の王太子妃、王妃ではなく本物の王妃になるんだ。その実感は王妃様の授業を受けるたびにわいてきた。

 そうしたら、もしかしたら私はユースルイベ殿下からの想いだけにすがって生きていかなくてもいいのかもしれない。そこでふと気がついた。どうしてこんなにも強く、誰かと心通わせることを望んでいたのか。

 今までの私にとって、ギフト以外の存在価値は誰かにとって大切な存在になること以外考えられなかった。ただの一個人として見てもらうためには。
 でも、ギフトを通さないで『王太子の婚約者』として扱っていただいたおかげで、今までになかった選択肢が増えてきた。もしかしたら、王妃として私自身を見てもらえるかもしれない、と。

 そんなある日、王城へやってきてから初めてギフトで夢を見た。それはおそらくユースルイベ殿下の即位式の様子。頭上に王冠を抱く殿下は国民に手を振っている。殿下のすぐ後ろにはパルシルク殿下の姿も見える。2人ともその表情は穏やかで、何の確執もないように見える。良かった、無事に仲良くなれたんだ。

 ほっとしていると意識が浮上する。目を開けてから、既視感に襲われた。どこかで見たことがある気がする、あの画は。どこで視たんだろうか……。

 今日の画は音が聞こえず、短いものだったからかそこまで負担にはならなかった。体はだるく熱は出ているけれど、頭痛はあまりない。いつもこれくらいならいいのに。

 窓の方に目を向けると、まだ外は薄暗い。起床の時間にはかなり早いだろう。もう起きてしまうか……。けれどどのみち誰かが来たら今日は一日ベッドの上の住人になる気がする。だったら、少しくらいいいかな。

 クローゼットの中から羽織るものを取り出す。外の空気を吸いたいけれど、部屋の外に出るとすぐに見つかってしまうから、ベランダにでも出ようかしら。温かい紅茶を野見たけれど、さすがにこの時間に人を呼ぶのは気が引ける。それは朝まで我慢かな。

 寝室の隣、ユースルイベ殿下の部屋とつながっている部屋へと足を踏み入れる。ヒトの気配もないそこは、とても静かで冷たい。私が起きるときはすでに暖かなその部屋は、誰か、おそらくアンナの手によって整えられていたんだ。

 そんなことを考えながら、ベランダへと向かう。いつもの部屋から見えるほど立派なものではないが、丁寧に整えられた庭園がここから見える。柵に手をついた後は、ぼーっとそれらの花々を眺めていた。

 この城に来てから、ユースルイベ殿下の噂がよく耳に入る。長年城を空け、帰ってきたと思えば立太子。ここにいなかったこともあって、おそらくパルシルク殿下よりも他貴族との交流が少ないのだろう。

 表舞台に姿を現さないユースルイベ殿下ではなく、パルシルク殿下が立太子されるであろうことは、おそらくここで働く人、もしかしたら貴族全体にとって誰もが考えていたこと。それがひっくり返されて納得いかないものがいる。『王太子』と築いていた今までの関係性がまっさらになり、すべてのものが一から関係を構築する。今までうまく取り入ることができていなかった者たちにとっては歓喜。
 あるものは嬉々として、あるものは憎々し気に。人によってその根底にある感情は違えど、行動は一緒。誰もが王太子となったユースルイベ殿下に取り立ててもらいたいと考えている。

 そういったことがよくわかる噂ばかりだった。

 対して王太子の婚約者として指名された私に対しては、多くの人が近寄りがたさを感じているようだ。アンナをはじめとした専属侍女はよく仕えてくれている。だけれどほかの人はどうにも会話が続かない。このギフトのこともあって、畏敬を持ってくれているものもいれば、ぽっと出の私が王太子の婚約者に収まったことが許せないというものもいる。どちらもまあ、仲良くは慣れないわよね。

 今までの記憶からしても、いかに社交が大事かはわかっている。せっかく今世は王太子妃として働けるかもしれないのだ。どうにかつながりを持たなければ。ここはひとつ、王妃様に相談して茶会でも開いてみるべきかしら。

 そんなことをつらつらと考えていると、体が冷えてしまったようで小さくくしゃみをする。先ほどよりも辺りが明るい。もう日の出の時間だろう。そろそろベッドへ戻らないと。おそらく熱も上がってきているようだし、頭もぼーっとしてきた。

 ふう、と一息ついて部屋へと戻る扉に手をかける。その時、隣からガチャリと扉が開く音がした。まさか。思わず音の方に顔を向けるとそのまさかだった。隣の部屋からユースルイベ殿下が顔を出したのだ。どうしてこんな時間にここに。そう疑問を口にすることもできず、固まってしまう。すると、ユースルイベ殿下の視線がふいにこちらに向いた。途端、その目が見開かれる。

「どうしてここに?
 ……顔が赤い、もしかして熱が⁉」

 すまない、と謝ったから何かと思って彼を見ていたら、まさかの柵を乗り越えてこちらにやってくる。

「え、え⁉
 何をやっているのですか⁉」

 止める間もなくこちらにたどり着いた殿下が、ぱっと私を抱き上げる。絶対重いのに。文句を言おうと顔を見上げる。でも、私は結局殿下に文句を言えなかった。私を抱えた殿下の顔が、以前の彼と重なる。馬に蹴られそうになっていた私を助けようと駆け寄ってきてくれた時のルイさんの顔と。途端、口にするまいと押さえていた思いが、するりとこぼれる。

「どうして、どうして、あなたがユースルイベ殿下だったのですか……。
 どうして、ルイさんではないのですか。
 私は……、ここに来たくなんてなかった。
 誰も私自身を見てくれないこの冷たい牢獄になんて。
 きっと殿下も皆と、サラシェルト殿下と、同じです。
 こんなギフト、いらなかった……、って言い切れたらいいのに。
 あなたなんて嫌いだと、心を返してもらわなくていいと、そう心から思えたらよかったのに。
 でも、ルイさんみたいな顔を見るたびに思い出してしまう、期待してしまう。
 私を……見て、……」

 あいして、その言葉は音にならなかった。いつの間にか涙がこぼれていく。あれ、私は何を口走っていたのだろう。どうして泣いているのだろう。どうしてこんなに苦しいのだろう。わからない。けれど、この腕の中はあたたかくて、なんだか安心できることだけはわかる。

 急に瞼を重く感じる。それに逆らうことなく、私は目を閉じた。

 意識が完全に落ちる直前。向き合わなくては、と固い声が聞こえた気がした。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。 そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。 幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。 そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――? 「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」 鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。 精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...