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 少し休もうと、人目が少ないテラスへと足を踏み入れる。夜の風がひんやりとしていて、アルクフレッド殿下のせいでほてってしまった頬に心地よい。少しの間そうしてぼんやりしていると、後ろから足音が聞こえた。振り返るとそこには懐かしい顔があった。

「カルシベラ殿下……。
 お久しぶりですね」

「ああ、本当に。
 元気だったか、リーア」

「ええ、まあ。
 あなたのせいでいらない心労が増えておりますけれど」

 そう口にすると、少し驚いたように片眉を上げる。

「君の心労は俺のせいではなく、ほとんどは兄上のせいだろう」

 とのたまった。いやいやいや。十分カルラのせいで心労がたまっているのですが? そのうえ本人はあまり人前に出てこないし。こうして文句を言う機会を得たのも久しぶりのこと。

「まあ、まさか本気で言っているわけではないですよね?
 お茶会に出るたびに殿下のことを探られて……。
 私のお茶会への意欲は半分以上あなたのせいで削られたわ」

 周りに人がいないことを確認したうえで、声を潜めて問い詰める。一歩近づいた私に対して、カルシベラ殿下は驚いたように一歩下がる。何よ、そんな反応しなくても。

「り、リーア。
 そんな近づかなくても聞こえているから。
 ちょっと離れて……」

 あら? 少し耳が赤い……? でも、この人が今更私に対して照れるはずもないし。もしかして、熱⁉

 ぐいっと距離を縮めておでこに手を当ててみる。いつもと変わりないように思うけれど……。こういう夜会も久しぶりだろうし、疲れてしまったのだろうか。

「ちょっと、リーア⁉
 一体何をしているんだ」

 肩をつかまれて体を離される。目的はもう達成したし、別にいいのだけれど。どうしてカルラはそんなに慌てているのかしら。

「何って、熱がないか確かめただけよ。
 耳が赤かったから、もしかして慣れない夜会で体調を崩したのかと思ったの」

「体調は、崩してないから!
 こんなことで崩すくらい軟弱ではない」

「そう?
 ならいいけれど」

 お望み通り離れようとするけれど、なぜか肩をつかんだ手を離してくれない。そろそろ2人でここにいるのもまずいと思うのだけれど。一言言おうとカルラの顔を見上げようとして、失敗した。カルラに思い切り抱きしめられていたのだ。

「ちょっ、カルラ⁉ 
 さすがにこれはよくないわ」

「リーアが悪い……。
 俺が必死に我慢しているのに、そうやって……」

 まだ、カルラと呼んでくれるんだな。そう、ささやくような声で言われる。耳の近くで聞いてしまって、くすぐったい。それはまあ、ずっとそう呼んでいたもの。思わず出てしまうことくらいあるわ。離してもらおうともがくも、手は緩まらない。どうしよう、そう思っていると、不意に拘束が解かれた。それでも、手は繋がれたまま。

「リーア、一曲踊ってよ。
 一曲なら問題ないだろう?
 戦争へ行く俺への餞別として、これくらい叶えてくれよ」

 まるで幼い日に戻ったかのような笑顔。それに目を奪われていると、いつの間にか会場に戻っていた。ちょっと、これは悪目立ちする。手を離す間もなく、新しい曲が始まる。仕方なく、私はそのまま一曲カルラと踊ることになった。

「もう、なんなのよ……。
 本当に一曲だけですよ、カルシベラ殿下」

 カルラが口にした『戦争』という単語。気にしないようにしていたのに、一気に心を重くする。この夜会の目的とはいえ、あまり意識したくなかった。意識してしまったら、どうしても暗くなってしまうから。今日だけは、華やかな気持ちのまま送り出したかった。

「そんな暗い顔しないでください、リンジベルア嬢。
 きっと勝利をあなたに持ち帰りますから」

 その言葉に顔を見る。先ほどまでとは違って、自信に満ちた笑顔を見せるカルラがそこにはいた。

「はい、信じております」

 きっと、無事に。カルラも、そしてアルクフレッド殿下も。どうして、王の子が2人も戦場に向かわねばならぬのか。それは景気づけという面が強かった。負けるはずのない戦い。それでも王子自らが最前線に立ったという事実によって市民の支持を得、今後の治世を盤石にすることが目的だった。

 一曲が終わるのはあっという間だった。約束通りカルラは私を離してくれる。そのあとはいつも通り令嬢たちとの歓談を楽しんだ。話題はカルラのせいで尽きなかったけれど。そのカルラは今、別の令嬢と踊っている。その姿に少しだけ、胸の奥がもやっとしていた。

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