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盛大な見送りの後、殿下たちがそれぞれの戦場へと旅立っていった。その日から早くも数か月が経過している。王都は国が現在戦争していると思えないくらい平和で、穏やかで。だから、すぐに帰ってくると信じることができた。
とはいえ、すでにもうかなりの時間が経過している。もう戻ってきてもいいころだと思うのだけれど……。
「殿下が心配か、リーア」
庭に用意されたテーブルに座り、カップを持ったままぼーっとしていると、そんな声が聞こえてきた。振り返ると予想通りの人物、お兄様がいた。
「ええ、もちろん。
こんなに長くなるなんて……」
「果たして、わが妹が心配しているのはどちらの殿下なのかね」
「どういうこと、ですか?
私はアルクフレッド殿下もカルシベラ殿下も心配です」
「両方、ね」
ふーん、と何か言いたげな視線を送ってくるお兄様。いっそはっきり言ってくださった方がすっきりするのに。むっとした顔を向けていると、不意にその表情を曇らせた。
「雲行きが怪しくなってきた。
アルクフレッド殿下が出征なさった戦場に、リューフェリック王国の騎士が現れたらしい」
「え……?
ですが、今回の敵はワルザー王国ではないのですか?」
「そのはず、だった。
その2国が手を組んだのかもしれない」
さっと血の気が引いていくのを感じる。今回の戦が勝ち戦だったのはワルザー王国のみが相手だったからだ。長年小競り合いを繰り返しているかの国に対して、決着をつけるための戦いだった。いつもなら小分けにしている戦力を一気に叩き込むことで終わらせようとしていた。それなのに。リューフェリック王国なんて……。一気に話が変わってくる。
「報告を受けてすぐに援軍を送った。
あとは殿下がどれだけ持ってくださるか、だ」
そう伝えた兄の表情で、いかに厳しい状況なのかがわかる。嫌、お願いだから、無事に帰ってきて。また、いつもみたいに意地悪な顔で笑ってみせて。
「本当は、リーアにこのことを伝えるか迷った。
でも、お前は知る権利があると思ったから。
すべてが終わった後ではなく、今知らせることにした」
「ありがとうございます、お兄様……」
何とか礼を告げると、ふらふらと自室に戻る。何もできないけれど、せめて。手を固く握りしめ、ひたすら神に祈った。どうか、アルクフレッド殿下が無事に戻ってきますように、と。
***
アルクフレッド殿下の報告を受けてから数日後、カルラが勝利して王都へ帰ってくるという知らせが王都中を沸かせた。カルラは多少の傷は負っているものの、いずれも軽症。そんな知らせを受けたとき、体中から力が抜けた。
「よかった、本当に」
思わず涙をこぼした私を、カナが優しく抱き留めてくれる。アルクフレッド殿下の件もあり暗く沈んでいた王都は、久しぶりの朗報に顔を明るくして祝った。カルラの凱旋はそれはもう盛大なもので、いかに民がこういった祭りに飢えていたかがうかがえる。久しぶりに見たカルラはよりたくましくなったように感じた。
カルラが呼んでいる、とお兄様を通して呼び出されたのは、その祭りもひと段落するくらいの時間が経った頃だった。その呼び出しに応じて、私は久しぶりに王城へと足を踏み入れていた。王妃教育も終了しており、アルクフレッド殿下とのお茶会もない今、私がここに来る用事はなかったものね。
案内されたテラスには、笑顔を浮かべたカルラが待っていた。
「お帰りなさい、カルシベラ殿下。
お元気なようで本当に安心いたしました」
「ああ、戻った。
俺は約束を守っただろう?」
「約束……。
勝利を、私に?」
「そう。
そんな幼馴染にご褒美の一つでもくれていいと思わない?」
今日のカルラはどうしたのだろう。なんだか浮かれている。夜会の前はあんなに私のことを避けていたというのに、やっぱりこの人は意味が分からない。まるで幼い時に戻ったかのように私に話しかけて。
「ご褒美って……。
私にあげられるものは何もないわ」
「いいや、そんなことはないね。
これはむしろ君にしかあげられないものだから」
カルラの言葉に首をかしげる。私にしかあげられないもの? でも、そんなものはない。私が用意できるものはすべて、チェックシラ家が用意していることと同義。だから、実家に用意できて私に用意できないものは多くあっても、その逆はないのだ。
「君の時間を一日だけほしい」
「え……?
それはどういうこと……?」
あまりにも予想外な言葉に思わず固まる。私の時間を欲しいって、いったいどういうことなのかしら。
「だからね、」
そう、カルラが言葉を続けようとしたときだった。部屋の扉がノックもそこそこに開け放たれる。突然の出来事に肩が大きく揺れた。部屋に入ってきたのはとある騎士。私にも見覚えがある男性だった。騎士は見たことがないような真っ青な顔で、息を切らしていた。
「ほ、報告、いたします。
アルクフレッド殿下が、勝利を、納めました」
その顔色とは異なり、明らかにいい報告だった。それでも騎士の様子から明らかに何かが起こっている。純粋に喜ぶことができない、何かが。じっと言葉の続きを待っていると、騎士はようやく、しかし、と続けた。
「しかし、殿下は……、重傷を負っているとのことでした。
緊急で会議が開かれます。
カルシベラ殿下に至急、そちらに向かっていただきたいです」
アルクフレッド殿下が、重傷。その言葉だけが頭の中をぐるぐると回った。血の気が引いて立っていられない。そんな私を、カルラが支えてくれた。
「リンジベルア嬢、今日はもう帰りましょう。
また後日」
何かを言うカルラにうなずきを返した気がする。それすらも意識の外で。気がついたら私は自室にいて、ベッドに入っていた。お兄さまにも会った気がするけれど、それすらもあいまいだった。
とはいえ、すでにもうかなりの時間が経過している。もう戻ってきてもいいころだと思うのだけれど……。
「殿下が心配か、リーア」
庭に用意されたテーブルに座り、カップを持ったままぼーっとしていると、そんな声が聞こえてきた。振り返ると予想通りの人物、お兄様がいた。
「ええ、もちろん。
こんなに長くなるなんて……」
「果たして、わが妹が心配しているのはどちらの殿下なのかね」
「どういうこと、ですか?
私はアルクフレッド殿下もカルシベラ殿下も心配です」
「両方、ね」
ふーん、と何か言いたげな視線を送ってくるお兄様。いっそはっきり言ってくださった方がすっきりするのに。むっとした顔を向けていると、不意にその表情を曇らせた。
「雲行きが怪しくなってきた。
アルクフレッド殿下が出征なさった戦場に、リューフェリック王国の騎士が現れたらしい」
「え……?
ですが、今回の敵はワルザー王国ではないのですか?」
「そのはず、だった。
その2国が手を組んだのかもしれない」
さっと血の気が引いていくのを感じる。今回の戦が勝ち戦だったのはワルザー王国のみが相手だったからだ。長年小競り合いを繰り返しているかの国に対して、決着をつけるための戦いだった。いつもなら小分けにしている戦力を一気に叩き込むことで終わらせようとしていた。それなのに。リューフェリック王国なんて……。一気に話が変わってくる。
「報告を受けてすぐに援軍を送った。
あとは殿下がどれだけ持ってくださるか、だ」
そう伝えた兄の表情で、いかに厳しい状況なのかがわかる。嫌、お願いだから、無事に帰ってきて。また、いつもみたいに意地悪な顔で笑ってみせて。
「本当は、リーアにこのことを伝えるか迷った。
でも、お前は知る権利があると思ったから。
すべてが終わった後ではなく、今知らせることにした」
「ありがとうございます、お兄様……」
何とか礼を告げると、ふらふらと自室に戻る。何もできないけれど、せめて。手を固く握りしめ、ひたすら神に祈った。どうか、アルクフレッド殿下が無事に戻ってきますように、と。
***
アルクフレッド殿下の報告を受けてから数日後、カルラが勝利して王都へ帰ってくるという知らせが王都中を沸かせた。カルラは多少の傷は負っているものの、いずれも軽症。そんな知らせを受けたとき、体中から力が抜けた。
「よかった、本当に」
思わず涙をこぼした私を、カナが優しく抱き留めてくれる。アルクフレッド殿下の件もあり暗く沈んでいた王都は、久しぶりの朗報に顔を明るくして祝った。カルラの凱旋はそれはもう盛大なもので、いかに民がこういった祭りに飢えていたかがうかがえる。久しぶりに見たカルラはよりたくましくなったように感じた。
カルラが呼んでいる、とお兄様を通して呼び出されたのは、その祭りもひと段落するくらいの時間が経った頃だった。その呼び出しに応じて、私は久しぶりに王城へと足を踏み入れていた。王妃教育も終了しており、アルクフレッド殿下とのお茶会もない今、私がここに来る用事はなかったものね。
案内されたテラスには、笑顔を浮かべたカルラが待っていた。
「お帰りなさい、カルシベラ殿下。
お元気なようで本当に安心いたしました」
「ああ、戻った。
俺は約束を守っただろう?」
「約束……。
勝利を、私に?」
「そう。
そんな幼馴染にご褒美の一つでもくれていいと思わない?」
今日のカルラはどうしたのだろう。なんだか浮かれている。夜会の前はあんなに私のことを避けていたというのに、やっぱりこの人は意味が分からない。まるで幼い時に戻ったかのように私に話しかけて。
「ご褒美って……。
私にあげられるものは何もないわ」
「いいや、そんなことはないね。
これはむしろ君にしかあげられないものだから」
カルラの言葉に首をかしげる。私にしかあげられないもの? でも、そんなものはない。私が用意できるものはすべて、チェックシラ家が用意していることと同義。だから、実家に用意できて私に用意できないものは多くあっても、その逆はないのだ。
「君の時間を一日だけほしい」
「え……?
それはどういうこと……?」
あまりにも予想外な言葉に思わず固まる。私の時間を欲しいって、いったいどういうことなのかしら。
「だからね、」
そう、カルラが言葉を続けようとしたときだった。部屋の扉がノックもそこそこに開け放たれる。突然の出来事に肩が大きく揺れた。部屋に入ってきたのはとある騎士。私にも見覚えがある男性だった。騎士は見たことがないような真っ青な顔で、息を切らしていた。
「ほ、報告、いたします。
アルクフレッド殿下が、勝利を、納めました」
その顔色とは異なり、明らかにいい報告だった。それでも騎士の様子から明らかに何かが起こっている。純粋に喜ぶことができない、何かが。じっと言葉の続きを待っていると、騎士はようやく、しかし、と続けた。
「しかし、殿下は……、重傷を負っているとのことでした。
緊急で会議が開かれます。
カルシベラ殿下に至急、そちらに向かっていただきたいです」
アルクフレッド殿下が、重傷。その言葉だけが頭の中をぐるぐると回った。血の気が引いて立っていられない。そんな私を、カルラが支えてくれた。
「リンジベルア嬢、今日はもう帰りましょう。
また後日」
何かを言うカルラにうなずきを返した気がする。それすらも意識の外で。気がついたら私は自室にいて、ベッドに入っていた。お兄さまにも会った気がするけれど、それすらもあいまいだった。
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