ハルとアキ

花町 シュガー

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夏休み編

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「ほら、ここ座れ」

優しく微笑まれて、誘導されてゆっくり座ったそこは


ーーレイヤの脚の間。


(………ぇ、は!? いや何で!?)

つ、ついボーッとしちゃって座ってしまったよね俺!?

「っ!」

「はい、逃がさねぇよ?」

「!! うぅぅ……」

楽しそうに後ろからガッチリ抱きしめられる。

(…くそっ)

こいつに触れられてる部分が、熱い。


「……なぁ、ハル」


ビクッ
「な、なんですか」

「……クスッ、んな固くなんなって。とって食ったりはしねぇよ」

ポンポンと、優しく頭を叩かれた。

「お前、ピアノ弾けるだろ?」

「ぇ」

「何か弾いてみろよ」

会社の息子とかお金持ちの息子とかが多く集まる学園。
だから、ピアノやバイオリンなんて習い事当たり前にみんなやってる。

だから、弾けるなんて〝当たり前〟。

だがーー


(やば…どうしよう……っ)


ハルは、得意では無くても人並みには弾ける。
だって先生がレッスンに来てたから。
でも俺は習ったことなんか無くて。
いつも、レッスン後のハルにちょこちょこ教えてもらってたくらいで……

(音楽の授業のピアノなんて精々簡単な曲弾きながらちょっと学ぶくらいだから、大丈夫と思ってた…のに……)

まさか、ここでこうしてピアノのスキルが必要になるとは……

「ん? どうした。ほら」

後ろからレイヤの怪訝そうな声が聞こえる。
目の前には、白と黒の鍵盤。


「ーーーーっ」


もう、やるしか無い……

恐る恐る鍵盤の上に指を乗せて
震える指でポロロン…と弾き始めた。

おぼろげな記憶をなんとか手繰り寄せて
たどたどしく指を動かして

ポロン…と一応最後の音まで弾ききって、固まる。

(………っ)

怖くて後ろが見れない。


「ーーお前」


「っ、」

「ピアノ、習ったことねぇの?」

「ぃ、いえっ、幼い頃は習ってたんですが、今は全然で……」

「そうなのか。結構昔なのか? 習ってたの」

「はい」

「ふぅん……にしても、妙な間違え方するな、お前」

後ろから大きな手が伸びてきて、鍵盤に触れる。


「結構いろんな曲が:混ざってた|ぞ。ちゃんと曲聴いたことあんのか?」


「ーーっ」


その手が、ポロロン…と動き始めた。

「ほら、この部分はお前が弾いてたやつ。ここまではちゃんと弾いてたのに、何で次ここ弾く前に他の曲になったんだ」

「本当はこんな流れだぞ」と模範解答を弾いてくれる。


(曲が混ざってるなんて、そんなの当たり前じゃん)


ハルにちょこちょこ教わったって言っても、それはハルの時間がある時だけ。
だから、毎回毎回では無かった。

少し間が空いてから教えてもらうとハルはもう他の曲を練習してて、その曲を教えてくれて。
だから当然、俺が教えてもらったピアノは曲が部分部分で飛び飛びになってて。

綺麗に一曲弾ける曲なんか……無い。


「ーーほら、こんな曲。思い出したか?」

「は、はいっ」

「さっきお前が弾いたやつ、何か5曲くらい混ざってたな……どうしたんだ」

「ぇ、えぇっと……
そのっ、僕、幼い頃は今よりずっと身体が弱くて…毎日ベッドの中にいて……だから、ピアノは体調のいい時にしか習えなくて…
レ、レッスンの先生が凄くやる気満々な方だったんです!だから、間が空いてレッスンを受けるともう次の曲にいっちゃってて……

だ、だから僕っ、ちゃんと一曲弾ける曲が無くて……」


嘘。
だけど、こう言わないと、ここは乗り切れない。

ど、かな……
まだ、怪しまれるだろうか……


「ーーそうだったのか。それで」

納得したような、落ち着いた声。

(よ、良かった…大丈夫だった……)

ホッと力を抜いた体を、レイヤにまた抱きしめられる。


「それなら、俺が教えてやろうか?」


「ぇ?」

「まともに弾ける曲ねぇんだろ? 取り敢えずさっき混ざってた5曲、教えてやるよ」

「い、いいんですか……?」

「あぁ。言っとくけど俺はピアノ得意だぞ。一応コンクールで全国1位取ったことがある」

「えぇっ!?」

「ククッ、意外か? 
そうだな……じゃぁ、まずはこの曲から行くか」

「ほら、右手出せ」と言われて鍵盤に置いた手の上に、レイヤの大きな手が重なる。

背中も、レイヤの体と重なってて。

「………っ」

「動かすぞ。始まりは、こう」

ゆっくりゆっくりと、弾き始めた。








「ーーん。こんなもんだな」

「これで曲の半分くらいだ」と後ろから声をかけられる。

「しっかしお前飲み込み早えぇな。もう半分も覚えれんのか」

「ぇっ、あ、有り難う…ございます……?」

レイヤが立ち上がって後ろからいなくなって、解放されてホッと息を吐いた。

かなり集中して習ってたのか、もう外は夕焼けになりかけてる。


「明日も来るだろ?」


「っ、え?」

「まだ今の曲の後半半分残ってっし。それに、まだ後4曲あるだろ」

「い、良いんですか……?」

「あぁ。どうせ暇だしな」

(暇なら、帰ればいいのに)

でも、教えてくれたピアノは思いの外楽しくて。
言われた通りに弾けた時褒めてくれるレイヤの声が、嬉しくて。

「………よろしくお願いしますっ」

「おぅ」


ーー大丈夫。


(ちゃんと:違う|って、分かってる)

これは〝俺〟にじゃない。
〝ピアノが弾けないハル〟に向けての、優しさだ。

「………っ」

(でも、それでも……)


ーー今はちょっとだけ、甘えさせてください。




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