ハルとアキ

花町 シュガー

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準備編

3

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バタンと会場の扉を開くと、小鳥遊夫妻はまだ人に囲まれていた。

(ふむ、まだ忙しかったか…人気だなぁ)

『トウコ、大丈夫かい?』

『えぇ。ドレス、汚れてるかしら?』

『軽く叩いたら土が落ちたからね、心配ないよ』

『良かった……』

ホッと息を吐く彼女は、笑顔で隠しているもののその本心は『あの子の事が心配でたまらない』といった様子だった。

庭の中へ、再び消えていってしまったな。
どうか、泣いていないといいのだが……

会場から庭が見える大きな窓の方へと目を向けて。

『…トウコ、あちらへ行ってみようか』

『え? ぁ……』

その窓の外を静かに見つめる、小さな背中を見つけた。





『こんばんは、ハルくん』

『こんばんは』

『っ、ぁ、こんばんわ……』

驚かせないよう優しく話しかけたのだが、案の定驚かせてしまって苦笑する。

『びっくりさせてごめんね。おじさんたちも一緒に外を見ていいかい?』

『…うん、どうぞ』

『ありがとう』

改めてこの子を見ると、先程庭で会った子に本当によく似ていて。

(やはり、双子で間違いないか)

チラリとトウコと目線を合わせ、他の人には聞こえないよう声のボリュームを落としながら話しかけた。

『ねぇ、ハルくん。昨日はお熱があったみたいだね』

『……ぇ?』

『こんなに窓の近くにいたら、また体が冷えてしまうんじゃないかしら。何か温かいものを貰ってきましょうか?』

『ぁ、ぁの…どうしてしってるの?』

『クスクスッ。うーん、そうだなぁ……

ーー〝子猫〟に、教えてもらったんだ』


〝子猫〟

名前を聞く時間すらなかったから、あの子の名前はわからない。
だが、あの子の雰囲気は…なんだか小さな子猫のように可愛かった。

『私たち、さっきまであの庭にいたの。あまりにも花が綺麗で少しだけ見せて貰ったわ。そうしたらね、可愛らしい子猫に会ったのよ』

『その子が言っていた。〝ハルは昨日熱があったから、今も無理してないか心配〟だと』

『〝きつかったらベッドに行ってね〟って言ってたわ』

先程託された伝言を優しく伝える、と。

『~~っ、そ、なんだぁ……』

クシャリと顔を歪めながら、幼い顔が俯いた。


ポツリ
『ね、そのこはないてなかった?』

『そうだね…ひとりで遊んでいたよ。泣いてはいなかったかな』

『そ、かぁ……よかった…』

顔をあげたハルくんは、泣きそうになりながらそれでも笑っていて。

『こねこ、かぜひいてないかなぁ……』

『子猫の事が心配だ』と言うように、再び窓の外へ視線を向けた。


(………素晴らしいな)

この子は、まだ齢3歳程だ。
それなのに比喩の表現を知っており、尚且つそれに合わせて話をする事ができている。

(子猫が何の例えなのか、瞬時に理解したのか…)

そしてその子の名前を子猫に置き換えて、他に怪しまれないよう私たちと話をしてくれている。

(頭がいい、な)

この子はとても利口だ。
恐らく先程庭にいた子も、同じくらい頭が良いのだろう。

『いっつもね、ぼくのしんぱいばっかりしてくれるの』

ポツリポツリと、小さな声が話す。

『でもね、ぼくはそのこのほうがずぅっとずっとしんぱいで…たいせつで…… いまも、こんなにまっくらなのに、けがしてないかなって…』

きゅぅっと口を歪ませながら窓に両手を付けて眺めるその姿に、先程あの子と話した時みたいに酷く胸が締め付けられた。

『その子の所へ、行きたいのかい?』

『ぅん、いきたい……っ』

『子猫の事が大好きなのね。ハルくんは』


『っ、ぅん、だいすきなの』


大好きで、大切で、大事で、心配で。
もうどうしようもないのだと言うふうに、目に涙を浮かべながら苦しそうな声を漏らした。

(あぁ、この子たちは)

庭にいた子も、自分より兄弟の方が心配だと屋敷の方を見て。
ハルくんもまた、こんな暗い中ひとりでいる兄弟が心配だと庭の方を見て。

(本当に、よく似ている)

切ないほどに綺麗な…兄弟愛だった。


『……ねぇ』

『? なぁに?』

『どうして、君たちはーー』



『ハル』



聞こうとした、その言葉は


しかし再び第三者の声によって遮られた。








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