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第1章 大罪人と救世主
第9話
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食堂へ行くと、食卓は既に整えられていた。温野菜や焼き立てのパンと並んで、シチューの鍋が置かれている。
「鍋に触ってごらん」
「え? はい」
冷たい。
「今度は少し下がって……そうだ」
言われた通りテーブルから一歩離れると、彼は鍋に手をかざした。手のひらから小さな稲妻が走ったと思ったら、ふわりとおいしそうなシチューの香りが漂ってきた。
「開けてごらん。気を付けてな」
鍋が熱くなっているのは、手を近付けるまでもなく分かる。蓋を開けると、湯気の立つおいしそうなビーフシチューが入っていた。
「今のって……」
魔法?
呆然とする僕をおもしろそうに見ながら、何と王手ずからシチューを盛り付けてくれて、昼食が始まった。この人、どこまで面倒見がいいんだ。
「いただきます」
せっかくの熱い料理が冷めないうちにと、大事に味わいつつ、頭の中では疑問がふくらんでいく。この世界、車や飛行機はなさそうだけど、けっこう近代的なのに、魔法?科学と両立するかどうかの論争はなかったんだろうか。
「難しい顔をしているな」
隣に座った彼は、僕がいつ質問してくるかと待っている様子だ。
「さっき、ラトゥリオ様の手から稲妻出てました?」
「見えたか。ふむ……なるほどな」
どの辺がなるほどなんですか。さっぱり分からないんですけど。いや、異世界に魔法があってもおかしくはないけど。
「鍋を一瞬にして温めたんですよね。反対に、冷やすこともできるんですか?」
「できる」
彼が水のコップに手をかざすと、瞬時に中身が半分凍った。
「物を動かすのは?」
パチンと指を鳴らすと、花瓶から真紅の花が一輪、すぅっと浮かび上がって、僕のところに飛んできた。うっ、こういうかわいいことするんだ。棘はないけど、薔薇の種類らしい。
「うーん」
爽やかな花の香りをかぎながら、考える。空を飛んだり姿を消したりもできるのかもしれないけど、今はこれで十分。魔法というか超能力というか、それを備えていることは確かだ。
「今見せた力は、この世界の人間のおよそ三割が発動することができる。それほど特別なものではない」
「三割も……」
それなら、確かに特別感は薄い。
「だが、使う場面は限られる。今のように暮らしの中でわずかに発動させる程度なら問題はないが、多用すれば均衡が崩れるのでな」
超常的なものと、自然界のバランスっていうことだろうか。それとも、
「その力を使える人と、使えない人の?」
「それもある。昔は全人口の五割を占めていた。ある程度は遺伝的なものだが、何らかの優劣につながるものではない。魔力とも魔法とも呼ばれているが、これを持たない者は、発動の結果を感じることはできても、発動しているところを見ることはできない」
「つまり……温め直した料理を食べることはできるけど、稲妻は見えない」
「そうだ」
じゃあ、僕は何で。
彼は、その点は後回しとばかりに説明を続けた。
「魔力は、病や加齢により発動しにくくなる場合がある。魔力のある者とない者とで扱いが異なることも、あってはならない。そこで、すべての者に不自由のないよう、生活環境が平等に整えられた。魔力の発動は、必要最低限にとどめるよう求められている」
「法律で制限したんですか?」
「不文律だ。この世界に生まれた者は皆、最初に教え込まれる。魔力とは、人間が自然界の法則に手を出すということだ。生物の生命活動としての必要不可欠な範囲で用いるのならよいだろうが、使い方を誤れば身を亡ぼし……」
「……世界も?」
「そういうこともある……」
苦い声。世界に対する責任を、王様っていう意味以外にも、たった一人で背負っているような。膝の上で握られた拳にそっと手を重ねると、微笑みが返ってきた。
この国の印象が穏やかなのは、魔力を持つ人とそうでない人の関係がうまくいっているからだろうか。魔力を特別視しない、恐れることもしない。そういう力って、うらやましがられると思っていたけど、「自然界の法則に手を出す」と言われると……。一人の人間にはコントロールできるはずもないところへ、手が届いてしまう。足を踏み入れてしまう。一歩間違ったら――悪い想像が頭を掠める。僕にもその可能性があるんだろうか。
「案ずるな。そこまでの暴走を示した者は、有史以来二人だけだ。意図して起こせるものでもない」
彼の声は僕を安心させようとするものだったが、なぜか胸に痛みを覚えた。
「普通に、限られた範囲で使う分には、自然に影響を及ぼさない? えーと例えば、生活に役立てるために木を切ったり、綺麗だなと思った花を摘んだり、川に石を投げて水切りして遊んだり……あと、宝物を土の中に埋めたり。そういうのと同じくらい、自然とのささやかな交流にとどめておけば、っていうことなんでしょうか」
「その認識でよい」
僕の理解の仕方に、ホッとした様子だ。
聞きたいことは山ほどある。かつて暴走したという二人の人物のこと。別の世界から来た僕にも魔力があるらしいのはなぜか。これまでの二日間の行為は、このことに関係があるのか。でも……彼の表情が痛々しくて、質問するのは傷口を抉ることにほかならない気がした。
「鍋に触ってごらん」
「え? はい」
冷たい。
「今度は少し下がって……そうだ」
言われた通りテーブルから一歩離れると、彼は鍋に手をかざした。手のひらから小さな稲妻が走ったと思ったら、ふわりとおいしそうなシチューの香りが漂ってきた。
「開けてごらん。気を付けてな」
鍋が熱くなっているのは、手を近付けるまでもなく分かる。蓋を開けると、湯気の立つおいしそうなビーフシチューが入っていた。
「今のって……」
魔法?
呆然とする僕をおもしろそうに見ながら、何と王手ずからシチューを盛り付けてくれて、昼食が始まった。この人、どこまで面倒見がいいんだ。
「いただきます」
せっかくの熱い料理が冷めないうちにと、大事に味わいつつ、頭の中では疑問がふくらんでいく。この世界、車や飛行機はなさそうだけど、けっこう近代的なのに、魔法?科学と両立するかどうかの論争はなかったんだろうか。
「難しい顔をしているな」
隣に座った彼は、僕がいつ質問してくるかと待っている様子だ。
「さっき、ラトゥリオ様の手から稲妻出てました?」
「見えたか。ふむ……なるほどな」
どの辺がなるほどなんですか。さっぱり分からないんですけど。いや、異世界に魔法があってもおかしくはないけど。
「鍋を一瞬にして温めたんですよね。反対に、冷やすこともできるんですか?」
「できる」
彼が水のコップに手をかざすと、瞬時に中身が半分凍った。
「物を動かすのは?」
パチンと指を鳴らすと、花瓶から真紅の花が一輪、すぅっと浮かび上がって、僕のところに飛んできた。うっ、こういうかわいいことするんだ。棘はないけど、薔薇の種類らしい。
「うーん」
爽やかな花の香りをかぎながら、考える。空を飛んだり姿を消したりもできるのかもしれないけど、今はこれで十分。魔法というか超能力というか、それを備えていることは確かだ。
「今見せた力は、この世界の人間のおよそ三割が発動することができる。それほど特別なものではない」
「三割も……」
それなら、確かに特別感は薄い。
「だが、使う場面は限られる。今のように暮らしの中でわずかに発動させる程度なら問題はないが、多用すれば均衡が崩れるのでな」
超常的なものと、自然界のバランスっていうことだろうか。それとも、
「その力を使える人と、使えない人の?」
「それもある。昔は全人口の五割を占めていた。ある程度は遺伝的なものだが、何らかの優劣につながるものではない。魔力とも魔法とも呼ばれているが、これを持たない者は、発動の結果を感じることはできても、発動しているところを見ることはできない」
「つまり……温め直した料理を食べることはできるけど、稲妻は見えない」
「そうだ」
じゃあ、僕は何で。
彼は、その点は後回しとばかりに説明を続けた。
「魔力は、病や加齢により発動しにくくなる場合がある。魔力のある者とない者とで扱いが異なることも、あってはならない。そこで、すべての者に不自由のないよう、生活環境が平等に整えられた。魔力の発動は、必要最低限にとどめるよう求められている」
「法律で制限したんですか?」
「不文律だ。この世界に生まれた者は皆、最初に教え込まれる。魔力とは、人間が自然界の法則に手を出すということだ。生物の生命活動としての必要不可欠な範囲で用いるのならよいだろうが、使い方を誤れば身を亡ぼし……」
「……世界も?」
「そういうこともある……」
苦い声。世界に対する責任を、王様っていう意味以外にも、たった一人で背負っているような。膝の上で握られた拳にそっと手を重ねると、微笑みが返ってきた。
この国の印象が穏やかなのは、魔力を持つ人とそうでない人の関係がうまくいっているからだろうか。魔力を特別視しない、恐れることもしない。そういう力って、うらやましがられると思っていたけど、「自然界の法則に手を出す」と言われると……。一人の人間にはコントロールできるはずもないところへ、手が届いてしまう。足を踏み入れてしまう。一歩間違ったら――悪い想像が頭を掠める。僕にもその可能性があるんだろうか。
「案ずるな。そこまでの暴走を示した者は、有史以来二人だけだ。意図して起こせるものでもない」
彼の声は僕を安心させようとするものだったが、なぜか胸に痛みを覚えた。
「普通に、限られた範囲で使う分には、自然に影響を及ぼさない? えーと例えば、生活に役立てるために木を切ったり、綺麗だなと思った花を摘んだり、川に石を投げて水切りして遊んだり……あと、宝物を土の中に埋めたり。そういうのと同じくらい、自然とのささやかな交流にとどめておけば、っていうことなんでしょうか」
「その認識でよい」
僕の理解の仕方に、ホッとした様子だ。
聞きたいことは山ほどある。かつて暴走したという二人の人物のこと。別の世界から来た僕にも魔力があるらしいのはなぜか。これまでの二日間の行為は、このことに関係があるのか。でも……彼の表情が痛々しくて、質問するのは傷口を抉ることにほかならない気がした。
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