異世界転移は終わらない恋のはじまりでした―救世主レオのノロケ話―

花宮守

文字の大きさ
9 / 50
第1章 大罪人と救世主

第9話

しおりを挟む
 食堂へ行くと、食卓は既に整えられていた。温野菜や焼き立てのパンと並んで、シチューの鍋が置かれている。
「鍋に触ってごらん」
「え? はい」
 冷たい。
「今度は少し下がって……そうだ」
 言われた通りテーブルから一歩離れると、彼は鍋に手をかざした。手のひらから小さな稲妻が走ったと思ったら、ふわりとおいしそうなシチューの香りが漂ってきた。
「開けてごらん。気を付けてな」
 鍋が熱くなっているのは、手を近付けるまでもなく分かる。蓋を開けると、湯気の立つおいしそうなビーフシチューが入っていた。
「今のって……」
 魔法?
 呆然とする僕をおもしろそうに見ながら、何と王手ずからシチューを盛り付けてくれて、昼食が始まった。この人、どこまで面倒見がいいんだ。
「いただきます」
 せっかくの熱い料理が冷めないうちにと、大事に味わいつつ、頭の中では疑問がふくらんでいく。この世界、車や飛行機はなさそうだけど、けっこう近代的なのに、魔法?科学と両立するかどうかの論争はなかったんだろうか。
「難しい顔をしているな」
 隣に座った彼は、僕がいつ質問してくるかと待っている様子だ。
「さっき、ラトゥリオ様の手から稲妻出てました?」
「見えたか。ふむ……なるほどな」
 どの辺がなるほどなんですか。さっぱり分からないんですけど。いや、異世界に魔法があってもおかしくはないけど。
「鍋を一瞬にして温めたんですよね。反対に、冷やすこともできるんですか?」
「できる」
 彼が水のコップに手をかざすと、瞬時に中身が半分凍った。
「物を動かすのは?」
 パチンと指を鳴らすと、花瓶から真紅の花が一輪、すぅっと浮かび上がって、僕のところに飛んできた。うっ、こういうかわいいことするんだ。棘はないけど、薔薇の種類らしい。
「うーん」
 爽やかな花の香りをかぎながら、考える。空を飛んだり姿を消したりもできるのかもしれないけど、今はこれで十分。魔法というか超能力というか、それを備えていることは確かだ。
「今見せた力は、この世界の人間のおよそ三割が発動することができる。それほど特別なものではない」
「三割も……」
 それなら、確かに特別感は薄い。
「だが、使う場面は限られる。今のように暮らしの中でわずかに発動させる程度なら問題はないが、多用すれば均衡が崩れるのでな」
 超常的なものと、自然界のバランスっていうことだろうか。それとも、
「その力を使える人と、使えない人の?」
「それもある。昔は全人口の五割を占めていた。ある程度は遺伝的なものだが、何らかの優劣につながるものではない。魔力とも魔法とも呼ばれているが、これを持たない者は、発動の結果を感じることはできても、発動しているところを見ることはできない」
「つまり……温め直した料理を食べることはできるけど、稲妻は見えない」
「そうだ」
 じゃあ、僕は何で。
 彼は、その点は後回しとばかりに説明を続けた。
「魔力は、病や加齢により発動しにくくなる場合がある。魔力のある者とない者とで扱いが異なることも、あってはならない。そこで、すべての者に不自由のないよう、生活環境が平等に整えられた。魔力の発動は、必要最低限にとどめるよう求められている」
「法律で制限したんですか?」
「不文律だ。この世界に生まれた者は皆、最初に教え込まれる。魔力とは、人間が自然界の法則に手を出すということだ。生物の生命活動としての必要不可欠な範囲で用いるのならよいだろうが、使い方を誤れば身を亡ぼし……」
「……世界も?」
「そういうこともある……」
 苦い声。世界に対する責任を、王様っていう意味以外にも、たった一人で背負っているような。膝の上で握られた拳にそっと手を重ねると、微笑みが返ってきた。
 この国の印象が穏やかなのは、魔力を持つ人とそうでない人の関係がうまくいっているからだろうか。魔力を特別視しない、恐れることもしない。そういう力って、うらやましがられると思っていたけど、「自然界の法則に手を出す」と言われると……。一人の人間にはコントロールできるはずもないところへ、手が届いてしまう。足を踏み入れてしまう。一歩間違ったら――悪い想像が頭を掠める。僕にもその可能性があるんだろうか。
「案ずるな。そこまでの暴走を示した者は、有史以来二人だけだ。意図して起こせるものでもない」
 彼の声は僕を安心させようとするものだったが、なぜか胸に痛みを覚えた。
「普通に、限られた範囲で使う分には、自然に影響を及ぼさない? えーと例えば、生活に役立てるために木を切ったり、綺麗だなと思った花を摘んだり、川に石を投げて水切りして遊んだり……あと、宝物を土の中に埋めたり。そういうのと同じくらい、自然とのささやかな交流にとどめておけば、っていうことなんでしょうか」
「その認識でよい」
 僕の理解の仕方に、ホッとした様子だ。
 聞きたいことは山ほどある。かつて暴走したという二人の人物のこと。別の世界から来た僕にも魔力があるらしいのはなぜか。これまでの二日間の行為は、このことに関係があるのか。でも……彼の表情が痛々しくて、質問するのは傷口を抉ることにほかならない気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...