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第2章 帰れない、帰らない
第1話
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外へ出られるようになった僕は、地震で壊れた場所の修理を手伝った。大工仕事は大好きなんだ。けがをした人たちの手当も、ゾイさんやお医者さんたちに教わりながら手伝わせてもらった。やることは山ほどあって、毎日飛ぶように時間が過ぎる。
陸での主な交通手段は、馬と馬車だ。ラトゥリオ様は、僕が広大な敷地を行き来するのに便利なようにと、黒い牡馬をプレゼントしてくれた。すぐに仲良くなって、乗りこなせるようになった。僕が話しかけると、言葉が分かるような顔をするんだ。名前はメテオ。その名の通り、流星みたいに速い。
僕が来てから十日目に、遠方に派遣されていた部隊の一人が帰ってきた。報告と、待っていた薬が王宮に届いたのを受け取るためだった。僕と同じくらいの年の、元気いっぱいの女性だ。
僕はちょうど、その薬の数をチェックしていたところだった。医者のハーラ先生が彼女に、「話は聞いているだろう。彼がレオだよ」と紹介してくれた。
「よろしく。私はリナーリ。リナって呼んでね」
この国には珍しい、すみれ色の髪と瞳だ。
「レオです。よろしくお願いします」
「レオ……よく……」
リナは言葉を詰まらせ、ぶわっと目に涙を浮かべた。会う人会う人、かなりの確率でこうして泣かれる。どうも慣れない。ラトゥリオ様を支える人間が現れたと喜んで、歓迎してくれるのは嬉しいけど、何もそこまで。そんな風に思うのは、僕が事情を知らないからなんだろうか。
「リナ、戻ったか。ご苦労だった」
今日もかっこよくマントを揺らして、王様が登場した。
「陛下、ただいま戻りました。このたびは誠におめでとうございます」
おめでとうございます?
深々とお辞儀をしたリナに対し、彼は「いや……」と言葉を濁した。「あら?」と彼女の顔に疑問の色が浮かぶ。僕とラトゥリオ様を交互に見て、「そういうこと」と何やら納得している。
あれかなあ、「けっこんしき」。バタバタ過ごしていて、あれ以来その話は出ていない。夜は何も考えられなくなっちゃうし……って、今思い出さなくていいんだっ。第一、小さな女の子のかわいい冷やかしに答えただけで、彼にはそんなつもりはないかもしれない……。
気が付くと、彼とリナ、それにハーラ先生がそろって僕を見つめていた。
「え、何ですか」
「いや」
コホンと咳払いでごまかす王様の肩を、ポンポンと医師が叩いた。リナは眉を上げた。「仕方ないわねぇ」とでも言いたそうに。
「リナ、休んでいくか?」
「いえ、すぐに出ます。今からなら、日暮れ前に着きますから。ねぇ、大丈夫よね、エリス?」
彼女が乗ってきた馬が、ブヒンと返事をした。栗毛で、つぶらな瞳がかわいらしい馬だ。
「ふむ」
ラトゥリオ様は、形のいい顎に手を当てて考えている。ああ、かっこいいな。
「レオ」
「はいっ」
見とれていたら急に呼ばれて、勢いよく返事をしてしまった。
「行ってみるか? どこも人手は十分とは言えまい」
「あら、よろしいんですか?」
すみれ色の瞳がいたずらっぽく踊った。言わんとしていることは分かる。
「数日のことだ。お前ならば安心して任せられる。レオを頼む」
僕が返事をする前に、話が決まった。
「必ず無事にお返しいたします。レオ、馬には乗れる?」
「うん、メテオに乗っていくよ」
「あの子が懐いたの? すごいわね!」
そんな荒くれ馬だったんだろうか。はちきれそうな元気があって、何でも飛び越えて行きたがるところはある。
旅装はすぐに整った。お弁当と水筒、数日分の着替え。届ける薬はリナが持ってくれた。
「ごめんね、重い物を任せちゃって」
「何言ってるの。これは私の仕事だし、エリスは力持ちなのよ。さあ、出かけましょう」
「レオ、気を付けて」
「ラトゥリオ様……」
初めて、彼と離れて夜を過ごす。寂しいけど、今の僕ならと期待を込めて送り出してくれるんだ。きちんと務めを果たしたい。
「行ってきます!」
信頼に満ちた瞳に見送られ、出発した。
行ってきます、僕の大切な王様。僕の……大好きな人。
陸での主な交通手段は、馬と馬車だ。ラトゥリオ様は、僕が広大な敷地を行き来するのに便利なようにと、黒い牡馬をプレゼントしてくれた。すぐに仲良くなって、乗りこなせるようになった。僕が話しかけると、言葉が分かるような顔をするんだ。名前はメテオ。その名の通り、流星みたいに速い。
僕が来てから十日目に、遠方に派遣されていた部隊の一人が帰ってきた。報告と、待っていた薬が王宮に届いたのを受け取るためだった。僕と同じくらいの年の、元気いっぱいの女性だ。
僕はちょうど、その薬の数をチェックしていたところだった。医者のハーラ先生が彼女に、「話は聞いているだろう。彼がレオだよ」と紹介してくれた。
「よろしく。私はリナーリ。リナって呼んでね」
この国には珍しい、すみれ色の髪と瞳だ。
「レオです。よろしくお願いします」
「レオ……よく……」
リナは言葉を詰まらせ、ぶわっと目に涙を浮かべた。会う人会う人、かなりの確率でこうして泣かれる。どうも慣れない。ラトゥリオ様を支える人間が現れたと喜んで、歓迎してくれるのは嬉しいけど、何もそこまで。そんな風に思うのは、僕が事情を知らないからなんだろうか。
「リナ、戻ったか。ご苦労だった」
今日もかっこよくマントを揺らして、王様が登場した。
「陛下、ただいま戻りました。このたびは誠におめでとうございます」
おめでとうございます?
深々とお辞儀をしたリナに対し、彼は「いや……」と言葉を濁した。「あら?」と彼女の顔に疑問の色が浮かぶ。僕とラトゥリオ様を交互に見て、「そういうこと」と何やら納得している。
あれかなあ、「けっこんしき」。バタバタ過ごしていて、あれ以来その話は出ていない。夜は何も考えられなくなっちゃうし……って、今思い出さなくていいんだっ。第一、小さな女の子のかわいい冷やかしに答えただけで、彼にはそんなつもりはないかもしれない……。
気が付くと、彼とリナ、それにハーラ先生がそろって僕を見つめていた。
「え、何ですか」
「いや」
コホンと咳払いでごまかす王様の肩を、ポンポンと医師が叩いた。リナは眉を上げた。「仕方ないわねぇ」とでも言いたそうに。
「リナ、休んでいくか?」
「いえ、すぐに出ます。今からなら、日暮れ前に着きますから。ねぇ、大丈夫よね、エリス?」
彼女が乗ってきた馬が、ブヒンと返事をした。栗毛で、つぶらな瞳がかわいらしい馬だ。
「ふむ」
ラトゥリオ様は、形のいい顎に手を当てて考えている。ああ、かっこいいな。
「レオ」
「はいっ」
見とれていたら急に呼ばれて、勢いよく返事をしてしまった。
「行ってみるか? どこも人手は十分とは言えまい」
「あら、よろしいんですか?」
すみれ色の瞳がいたずらっぽく踊った。言わんとしていることは分かる。
「数日のことだ。お前ならば安心して任せられる。レオを頼む」
僕が返事をする前に、話が決まった。
「必ず無事にお返しいたします。レオ、馬には乗れる?」
「うん、メテオに乗っていくよ」
「あの子が懐いたの? すごいわね!」
そんな荒くれ馬だったんだろうか。はちきれそうな元気があって、何でも飛び越えて行きたがるところはある。
旅装はすぐに整った。お弁当と水筒、数日分の着替え。届ける薬はリナが持ってくれた。
「ごめんね、重い物を任せちゃって」
「何言ってるの。これは私の仕事だし、エリスは力持ちなのよ。さあ、出かけましょう」
「レオ、気を付けて」
「ラトゥリオ様……」
初めて、彼と離れて夜を過ごす。寂しいけど、今の僕ならと期待を込めて送り出してくれるんだ。きちんと務めを果たしたい。
「行ってきます!」
信頼に満ちた瞳に見送られ、出発した。
行ってきます、僕の大切な王様。僕の……大好きな人。
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