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第4章 四つ目の恋
第1話
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出勤二日目。王子が会社に現れた。迎えに走ったのは私。
「返礼の訪問だ。当然だろう?」
いたずらっぽい目に、ピンときた。来ると連絡は入っていたものの、一応聞く。
「そんなこと言って、私が淹れるコーヒーを飲みに来ただけなんじゃ……」
普通はやらない。考えられない。
でも、王子ならやる。
「無論、それだけではないさ。いくつかの打ち合わせと……これを、君に」
空気から作り出すかのように手の中に現れたのは、昨日もくれた真紅の薔薇。ちょうど、部署に着いたところで、みんなの前で。独占欲丸出し……十九歳の時から変わってない。女性陣はキャーっと声を上げ、男性陣は目を丸くしている。
二人だけ例外。榊さんは、昨日と同様の温かい眼差し。真は、眉をちょっと上げて瞳を閃かせた。「好敵手発見!」とでも言いたげな様子。「ありがと……」と薔薇を受け取りながら、王子と真の親和性にハッとした。感動したと言ってもいい。この二人、絶対仲良くなる。榊さんも気付いたらしく、思案顔で唇をなぞっている。色っぽいなあ。……見とれてる場合じゃないっ。仕事、仕事!
全員が興味津々だった、カリーダカンパニーCEOとの顔合わせは、そんな風にして始まった。就任の正式発表の日程が知らされるなど、これからの取引上、重要なことを確認した。細かい点は、私を含めたチームとの間で、随時詰めていくことになる。緊張していたみんなの顔は、一様に明るくなっていった。
世界は広すぎる、と言っていた人。その中から何を掴み取るかを常に考え、怯まない。一緒にいると、新しい季節が見えてくる。
王子、頑張ったんだね。今も頑張ってる。
みんなが王子に惹かれていく様が、とても嬉しかった。
社会に出て最初の二か月は、宝石のようにキラキラと輝きながら、あっという間に流れていった。会社では、そのまま榊さん直轄の部署にいられることになった。カリーダカンパニーとの窓口、という意味合いが大きいのだと思う。何しろ王子が頻繁に、私のコーヒーを飲みに訪れるんだもの。次々に花をつける、いろいろな種類の薔薇を携えて。もちろん、仕事もきっちりしていく。
王子と真との相性は、思った通りぴったり。二人とも、気が向いたらいつでもどこでも飛んでいってしまうイメージがある。どこへ行っても結果を出せるタイプ。自由で、何に従うのかは自分で決めて、覆さない。仕事での決断もぶれないから、話が合うみたい。
要は二人とも頑固なんだよねー、と。帰っていった王子の専用カップを洗いながら、苦笑した。そこへ、見送りついでにほかの用を済ませてきた真が、戻ってきた。
「お疲れ様。コーヒーまだあるけど、飲む?」
「いいのか? あとで王子に怒られそうだな」
口ではそう言いながらも、彼は嬉しそうに受け取った。
「衣純も休憩だろ。屋上行かないか」
「うん、行く」
彼と私が連れ立って屋上へ行くのも、みんなにとって見慣れた光景になった。私たちは会社でも、高校の時と同じように「双子みたいに仲良しだね」って言われてる。
夏に向かう日差しが眩しい。抜けるような青空。
屋上では、仕事のことはほとんど話さない。榊さんの話は、よく出る。真はあの人の大ファンだから。榊さんが気になっている私としては、憧れの存在のことなら何でも知りたい。好きなアイドルの新たな情報が、雑誌に数行載っているだけでドキドキした、子供の頃の気持ちに似ている。
真の心情は崇拝に近くて、本当にファンなんだなって感じる。けれどこの日は、榊さんではなくほかの人の話になった。
「この間、王子とちょっと話したんだ。衣純のこと……大学の頃の」
「えっ」
「付き合ってた、って聞いた」
うっ。聞いちゃったのか……。
「うん……あの……お見合いでね。不意打ちの」
「ハハッ、不意打ちか。それ、王子じゃなくておばさんのせいなんだろうな」
「当たり」
さすが、よく分かってる。
「また全然違うタイプだよなあ」
「そうかな?」
真の中で、先生は「逆立ちしたって勝てるわけねー」相手。王子は、私の元カレとしては真の目にどう映っているんだろう。
「こんなこと言ってたぞ。『彼女は大輪の薔薇だ。僕は、それをより美しく咲かせるための太陽には力不足だと思った。手折って自らの窓辺に飾る、一人の男としてもな。彼女のおかげで今の僕があるんだ』って。不覚にも聞き惚れた」
「うん……そういうとこ、ある」
大きなことを次々やってのけるけど、謙虚で、常に次を見ていて。それは、世界を驚かせることよりも、自分と周りの人間の向上のため。小さなことが、大きな結果を生むこともある。それを体現して、決して忘れずに生きている。そこが好きだった。
「再会したらいい仕事一緒にしようね、って。約束したの」
「そっか。じゃあ……いい仕事、していこうな」
「うん」
コーヒーで乾杯して、微笑み合った。同じ空を見上げて、隣にいられる。元気に、笑ってる。本当によかった。
「返礼の訪問だ。当然だろう?」
いたずらっぽい目に、ピンときた。来ると連絡は入っていたものの、一応聞く。
「そんなこと言って、私が淹れるコーヒーを飲みに来ただけなんじゃ……」
普通はやらない。考えられない。
でも、王子ならやる。
「無論、それだけではないさ。いくつかの打ち合わせと……これを、君に」
空気から作り出すかのように手の中に現れたのは、昨日もくれた真紅の薔薇。ちょうど、部署に着いたところで、みんなの前で。独占欲丸出し……十九歳の時から変わってない。女性陣はキャーっと声を上げ、男性陣は目を丸くしている。
二人だけ例外。榊さんは、昨日と同様の温かい眼差し。真は、眉をちょっと上げて瞳を閃かせた。「好敵手発見!」とでも言いたげな様子。「ありがと……」と薔薇を受け取りながら、王子と真の親和性にハッとした。感動したと言ってもいい。この二人、絶対仲良くなる。榊さんも気付いたらしく、思案顔で唇をなぞっている。色っぽいなあ。……見とれてる場合じゃないっ。仕事、仕事!
全員が興味津々だった、カリーダカンパニーCEOとの顔合わせは、そんな風にして始まった。就任の正式発表の日程が知らされるなど、これからの取引上、重要なことを確認した。細かい点は、私を含めたチームとの間で、随時詰めていくことになる。緊張していたみんなの顔は、一様に明るくなっていった。
世界は広すぎる、と言っていた人。その中から何を掴み取るかを常に考え、怯まない。一緒にいると、新しい季節が見えてくる。
王子、頑張ったんだね。今も頑張ってる。
みんなが王子に惹かれていく様が、とても嬉しかった。
社会に出て最初の二か月は、宝石のようにキラキラと輝きながら、あっという間に流れていった。会社では、そのまま榊さん直轄の部署にいられることになった。カリーダカンパニーとの窓口、という意味合いが大きいのだと思う。何しろ王子が頻繁に、私のコーヒーを飲みに訪れるんだもの。次々に花をつける、いろいろな種類の薔薇を携えて。もちろん、仕事もきっちりしていく。
王子と真との相性は、思った通りぴったり。二人とも、気が向いたらいつでもどこでも飛んでいってしまうイメージがある。どこへ行っても結果を出せるタイプ。自由で、何に従うのかは自分で決めて、覆さない。仕事での決断もぶれないから、話が合うみたい。
要は二人とも頑固なんだよねー、と。帰っていった王子の専用カップを洗いながら、苦笑した。そこへ、見送りついでにほかの用を済ませてきた真が、戻ってきた。
「お疲れ様。コーヒーまだあるけど、飲む?」
「いいのか? あとで王子に怒られそうだな」
口ではそう言いながらも、彼は嬉しそうに受け取った。
「衣純も休憩だろ。屋上行かないか」
「うん、行く」
彼と私が連れ立って屋上へ行くのも、みんなにとって見慣れた光景になった。私たちは会社でも、高校の時と同じように「双子みたいに仲良しだね」って言われてる。
夏に向かう日差しが眩しい。抜けるような青空。
屋上では、仕事のことはほとんど話さない。榊さんの話は、よく出る。真はあの人の大ファンだから。榊さんが気になっている私としては、憧れの存在のことなら何でも知りたい。好きなアイドルの新たな情報が、雑誌に数行載っているだけでドキドキした、子供の頃の気持ちに似ている。
真の心情は崇拝に近くて、本当にファンなんだなって感じる。けれどこの日は、榊さんではなくほかの人の話になった。
「この間、王子とちょっと話したんだ。衣純のこと……大学の頃の」
「えっ」
「付き合ってた、って聞いた」
うっ。聞いちゃったのか……。
「うん……あの……お見合いでね。不意打ちの」
「ハハッ、不意打ちか。それ、王子じゃなくておばさんのせいなんだろうな」
「当たり」
さすが、よく分かってる。
「また全然違うタイプだよなあ」
「そうかな?」
真の中で、先生は「逆立ちしたって勝てるわけねー」相手。王子は、私の元カレとしては真の目にどう映っているんだろう。
「こんなこと言ってたぞ。『彼女は大輪の薔薇だ。僕は、それをより美しく咲かせるための太陽には力不足だと思った。手折って自らの窓辺に飾る、一人の男としてもな。彼女のおかげで今の僕があるんだ』って。不覚にも聞き惚れた」
「うん……そういうとこ、ある」
大きなことを次々やってのけるけど、謙虚で、常に次を見ていて。それは、世界を驚かせることよりも、自分と周りの人間の向上のため。小さなことが、大きな結果を生むこともある。それを体現して、決して忘れずに生きている。そこが好きだった。
「再会したらいい仕事一緒にしようね、って。約束したの」
「そっか。じゃあ……いい仕事、していこうな」
「うん」
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