64 / 80
第3章 王子
第13話
しおりを挟む
コーヒーのカップを片付けながら、彼はさらに素敵な提案をした。
「映画館だけじゃない。行きたいところはどこでも連れてってやる」
「ほんと!?」
「ああ。親父の特権だ。それと、お前は仕事に夢中になりすぎないように適度に息抜きしないとな」
「うん。ありがと」
夢みたい。そうだよね。どこへ行くにも何をするにも、先生は今、私のお義父さんなんだもの。二人きりでお出かけしてもいい。わー、最高! お母さん、ありがとう!
そのあと、お風呂を順番に済ませて、暗黙の了解みたいに髪を乾かしてもらった。さらさらになった髪を、美容師さんのように丁寧に整えてくれる。
「布団は肩までしっかりかけること。まだ明け方は冷えるからな」
「うん」
階段の下で、今日の最後の会話。彼は一階で寝起きしてる。私は二階。長かった一日が終わる。朝、家を出てから昼間の間に、どんな驚きが待っていても、私は毎晩ここへ帰ってくる。何度も夢に見た寂しそうな顔ではなく、私を全身全霊で楽しそうに構ってくれる先生のもとへ。
あなたがいる。毎日、あなたのそばで自分を元気回復して、明日へ向かうことができる。一人では広すぎる家の中に、あなたがいてくれるんだ。夜中に怖い夢を見て目を覚ましても、一人ぼっちじゃない。
「おやすみ、衣純」
「おやすみなさい」
おやすみと、おはよう。行ってらっしゃいと、行ってきます。お帰りと、ただいま。家族だから、終わりはない。いつまでも、重ねることができる。
なかなか階段を上らない私に、彼は困った顔をしてる。夜、寝る前の挨拶の時間。彼はシミュレーションする時間が一年あっただろうけど、私はまだこの関係を受け入れたばかり。昨日は先に寝ちゃったようなものだし。「また明日ねっ」って無邪気に言って上がっていくには、もとの関係が複雑すぎて……。
「ほら、体が冷えるぞ。行け」
「う、ん」
ぎこちなく頷いた。
「お前が上がるのを見届けたら、俺も部屋に入るから」
「お義父さんて、そうするものなの?」
「さあな。でも、俺はそうする」
彼らしい口振りに、小さく笑ってしまった。
「わかった。先生も……布団から足、出しちゃ駄目だよ」
わわっ、言うつもりのないこと言っちゃったっ。私たちが恋人同士だったのを、強調するようなこと。
『恭一郎さん、また足出てる……』
『お前が布団引っ張るからだろ。ほら、肩まで入って。もっとくっつけ』
あの頃、夜中に交わした会話がよみがえる。先生も思い出しているに違いない。私の注意に「ああ」と答えて、懐かしそうな、優しい目をしてる。
それでいいのかもしれない。普通の親子の日常はどういうものなんだろう、って考えたら動けなくなる。何もかも、普通じゃない二人だから。正解は、あらかじめ用意されているわけじゃない。私たちが、これから見つけていけばいいんだ。
再会しちゃったんだから、心の奥にしまっておいた思い出が鮮明になるのは当たり前。無理に閉じ込めて、忘れる必要はない。忘れられない。あなたは今、ここにいるんだもの。もう恋人じゃないけど、私たちは最高の家族になれる。
ね、先生。それでいいよね。
「じゃあ……おやすみ。明日は朝ごはん、手伝うね」
「半分だけ期待してる」
「半分って何」
笑いながら、階段を上り始めていた。
「いつまでも起きてこない娘を叩き起こす父親ってのも、やってみたい」
「ふふっ。そのうちね」
一歩ずつ、遠ざかる。だけどこれは、彼から去るために歩いているんじゃない。彼と共に在る明日へと踏み出すため。
上がっては振り向き、「危ないぞ」と笑われて、ああ先生に包まれているんだって幸せな気持ちになる。最後は手を振って、彼も手を振ってくれた。
「ふふっ」
布団を肩までしっかりかけて、消灯。
先生、これからずっと、私の人生の中にいてくれるんだ。私も、先生の人生の中にいていいんだ。
明日、会社へ行けば、真が待ってる。カリーダカンパニーの担当になったから、王子とも時々会うことになるんだろうな。
びっくりしたけど、みんな、ありがとう。
私も、一歩ずつ歩いていくね。
「映画館だけじゃない。行きたいところはどこでも連れてってやる」
「ほんと!?」
「ああ。親父の特権だ。それと、お前は仕事に夢中になりすぎないように適度に息抜きしないとな」
「うん。ありがと」
夢みたい。そうだよね。どこへ行くにも何をするにも、先生は今、私のお義父さんなんだもの。二人きりでお出かけしてもいい。わー、最高! お母さん、ありがとう!
そのあと、お風呂を順番に済ませて、暗黙の了解みたいに髪を乾かしてもらった。さらさらになった髪を、美容師さんのように丁寧に整えてくれる。
「布団は肩までしっかりかけること。まだ明け方は冷えるからな」
「うん」
階段の下で、今日の最後の会話。彼は一階で寝起きしてる。私は二階。長かった一日が終わる。朝、家を出てから昼間の間に、どんな驚きが待っていても、私は毎晩ここへ帰ってくる。何度も夢に見た寂しそうな顔ではなく、私を全身全霊で楽しそうに構ってくれる先生のもとへ。
あなたがいる。毎日、あなたのそばで自分を元気回復して、明日へ向かうことができる。一人では広すぎる家の中に、あなたがいてくれるんだ。夜中に怖い夢を見て目を覚ましても、一人ぼっちじゃない。
「おやすみ、衣純」
「おやすみなさい」
おやすみと、おはよう。行ってらっしゃいと、行ってきます。お帰りと、ただいま。家族だから、終わりはない。いつまでも、重ねることができる。
なかなか階段を上らない私に、彼は困った顔をしてる。夜、寝る前の挨拶の時間。彼はシミュレーションする時間が一年あっただろうけど、私はまだこの関係を受け入れたばかり。昨日は先に寝ちゃったようなものだし。「また明日ねっ」って無邪気に言って上がっていくには、もとの関係が複雑すぎて……。
「ほら、体が冷えるぞ。行け」
「う、ん」
ぎこちなく頷いた。
「お前が上がるのを見届けたら、俺も部屋に入るから」
「お義父さんて、そうするものなの?」
「さあな。でも、俺はそうする」
彼らしい口振りに、小さく笑ってしまった。
「わかった。先生も……布団から足、出しちゃ駄目だよ」
わわっ、言うつもりのないこと言っちゃったっ。私たちが恋人同士だったのを、強調するようなこと。
『恭一郎さん、また足出てる……』
『お前が布団引っ張るからだろ。ほら、肩まで入って。もっとくっつけ』
あの頃、夜中に交わした会話がよみがえる。先生も思い出しているに違いない。私の注意に「ああ」と答えて、懐かしそうな、優しい目をしてる。
それでいいのかもしれない。普通の親子の日常はどういうものなんだろう、って考えたら動けなくなる。何もかも、普通じゃない二人だから。正解は、あらかじめ用意されているわけじゃない。私たちが、これから見つけていけばいいんだ。
再会しちゃったんだから、心の奥にしまっておいた思い出が鮮明になるのは当たり前。無理に閉じ込めて、忘れる必要はない。忘れられない。あなたは今、ここにいるんだもの。もう恋人じゃないけど、私たちは最高の家族になれる。
ね、先生。それでいいよね。
「じゃあ……おやすみ。明日は朝ごはん、手伝うね」
「半分だけ期待してる」
「半分って何」
笑いながら、階段を上り始めていた。
「いつまでも起きてこない娘を叩き起こす父親ってのも、やってみたい」
「ふふっ。そのうちね」
一歩ずつ、遠ざかる。だけどこれは、彼から去るために歩いているんじゃない。彼と共に在る明日へと踏み出すため。
上がっては振り向き、「危ないぞ」と笑われて、ああ先生に包まれているんだって幸せな気持ちになる。最後は手を振って、彼も手を振ってくれた。
「ふふっ」
布団を肩までしっかりかけて、消灯。
先生、これからずっと、私の人生の中にいてくれるんだ。私も、先生の人生の中にいていいんだ。
明日、会社へ行けば、真が待ってる。カリーダカンパニーの担当になったから、王子とも時々会うことになるんだろうな。
びっくりしたけど、みんな、ありがとう。
私も、一歩ずつ歩いていくね。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる