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第3章 王子
第12話
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「お帰り、衣純」
家の前で、先生と会った。
「ただいま、お帰りなさい」
「ああ。ただいま」
昔思い描いてた形とは違うけど、二人で同じ家に帰ってくること自体は実現したんだ。
「ふふっ」
中へ入るなり笑いが漏れた。天城恭一郎がいる! 私の家に!
「ご機嫌だな、お嬢さん」
大根その他の買い物を下ろした彼も、家の中でしか見せない顔をしている。かわいくて、あったかい。
見つめ合うと、時間が戻っていく錯覚に囚われる。けれど私たちは、取り戻せない過去に泣くだけの儚い縁ではなかった。先生はこの先ずっと、私の家族。どうか、お母さんの気が変わりませんように。
夕刊を取り、郵便をチェックして、部屋の電気をつけたり、雨戸を閉めてまわったり。夜を迎えるために毎日行う、何でもないことのひとつひとつが、先生とだと特別になる。家中を、歌って飛び回りたい気分。この人が、私のお義父さん! いくらでも仲良くしていい、甘えていい。付き合っていた頃のように、秘密を守るために感情を抑える必要もない。二人で夕食の支度を整えて、「いただきます」の声が自然にそろう。帰りの時間を気にすることも、泊まるかどうか迷うこともない。幸せいっぱいの気持ちで、熱々の大根を口へ運んだ。
「で、どうだった? 出勤一日目」
「うん、めちゃめちゃ緊張したけど、何とか終わったっていう感じ。みんな優しかった。意外な人もいたよ」
「俺の知ってるやつ?」
「うん。あのね、南條真君」
一瞬、先生の動きが止まった。ように見えた。そのくらい、わずかなものだった。ああ知ってるんだな、と思った。気まずくならないといいんだけど。えーと、次の話題……。
「大丈夫なのか? あいつと付き合ってたんだろ?」
「え、あ、うん」
次の話題に行けない。真剣な瞳は、私を心配してくれている。
「大丈夫だよ。別に変な別れ方したわけじゃないし、向こうもすっきりした顔してたし」
「すっきりした顔はあいつの特徴だから参考にならない」
「それは確かに……」
爽やか、さっぱり。太陽みたいなパッと明るい印象で、湿気の少ない夏。それが真のイメージ。顔を見合わせて、同時に笑ってしまった。
「まあ、その様子なら大丈夫か。しかし世間は狭いもんだな」
「狭すぎだよ」
笑ってご飯を食べて、「ごちそうさま」のあとも笑顔の連続。王子との再会も衝撃的だったけど、この家に帰ってくればホッとして、次の一歩を踏み出せる。
素敵な上司、最高の義父、優しい同僚、刺激をくれる取引相手。びっくりはしたけど、社会人一年生として、実はとても恵まれているのかも。
「そういえば今夜のこれ、予約しといたから」
示された新聞のテレビ欄には、大好きな映画。放送があるたびに観てしまう。
「わっ、ありがとう!! 嬉しいっ」
「一緒に観るか? 久しぶりに」
「うん!」
放送時間が近付くと、そわそわした。居間のソファーに座って待機。こんな風に並んでテレビを観るのは五年ぶり。
先生は、私が好きな場面もセリフも覚えていた。コマーシャルの間に、それまでの展開について話すのも楽しい。
いつの間にか、ぴったりくっついていた。私は膝を抱えて。彼は左手にコーヒーのカップを持ち、空いてる右手を私の後ろにまわすようにして。エンディングの歌が流れる。――どれだけ時が流れても、あなたへの想いは永遠に変わらない……そのフレーズが繰り返される。彼と目が合った。あの頃なら、ムード満点でゆっくりと唇が重なっていた。今は、息を詰めて見つめ合うだけ。
私たちは過去に、先生と生徒という壁を越えてしまっていた。止められなかった。今、大人同士でまた出会えたけれど、義父と娘という壁が立ちはだかっている。
――娘として、愛してる。大事だから、今度は壁は越えない。
彼の瞳が、そう言っていた。
三人の元カレのうち、先生との道は、恋を夢見るなら完全に行き止まり。五年の月日は、私を少しばかり成長させただけじゃない。先生も、五年分成長したんだよね。心の中のアルバムは、古いのを開くのではなく、まっさらのものを用意しないといけない。よりを戻すのではなく、家族としての時間を作っていくんだ。
恭一郎さんと、家族になれた。うん、嬉しい。とっても嬉しい。
古いアルバムを心の奥で閉じて、にこっと笑ってみせた。ホッとしたような笑みが返ってきた。
「録画セットしてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
「しばらく、何回も繰り返して観ちゃいそう」
「新作が来るんだよな、この監督の。確か脚本家も同じだ」
「さっき、コマーシャルでやってたね」
観たいなあ。きっとまた、心の中に宝石がちりばめられていくような、素敵なセリフに出会える。
「一緒に行くか?」
「え……いいの?」
「親父が娘とデートするんだ。文句を言うやつはどこにもいない」
デート。デート……先生とは、したことない。外で会うなんて御法度だったから。いわゆる、おうちデートならしてたけど。
そうか。家族なら、親子なら、おかしいことじゃないんだ!
「行くっ」
ソファーから落ちそうな勢いで、彼の方へ身を乗り出した。
「ハハッ。こら、落ちるぞ」
腕をつかまれてドキッとした。きちんと座り直しながら、実感する。家族として、親子としてなら、触れてもいいんだよね。
「お義父さん」
試しに呼んでみる。
「ん?」
私を甘やかす、声と目つき。絶対的な安心感。だから、言いたくなった。
「大好き」
「俺も、衣純が大好きだ」
間髪入れずに言ってくれた。好きっていう言葉は、恋人たちの専売特許じゃないもんね。この関係をはみ出さなければ、口にしてもいいんだよね。
家の前で、先生と会った。
「ただいま、お帰りなさい」
「ああ。ただいま」
昔思い描いてた形とは違うけど、二人で同じ家に帰ってくること自体は実現したんだ。
「ふふっ」
中へ入るなり笑いが漏れた。天城恭一郎がいる! 私の家に!
「ご機嫌だな、お嬢さん」
大根その他の買い物を下ろした彼も、家の中でしか見せない顔をしている。かわいくて、あったかい。
見つめ合うと、時間が戻っていく錯覚に囚われる。けれど私たちは、取り戻せない過去に泣くだけの儚い縁ではなかった。先生はこの先ずっと、私の家族。どうか、お母さんの気が変わりませんように。
夕刊を取り、郵便をチェックして、部屋の電気をつけたり、雨戸を閉めてまわったり。夜を迎えるために毎日行う、何でもないことのひとつひとつが、先生とだと特別になる。家中を、歌って飛び回りたい気分。この人が、私のお義父さん! いくらでも仲良くしていい、甘えていい。付き合っていた頃のように、秘密を守るために感情を抑える必要もない。二人で夕食の支度を整えて、「いただきます」の声が自然にそろう。帰りの時間を気にすることも、泊まるかどうか迷うこともない。幸せいっぱいの気持ちで、熱々の大根を口へ運んだ。
「で、どうだった? 出勤一日目」
「うん、めちゃめちゃ緊張したけど、何とか終わったっていう感じ。みんな優しかった。意外な人もいたよ」
「俺の知ってるやつ?」
「うん。あのね、南條真君」
一瞬、先生の動きが止まった。ように見えた。そのくらい、わずかなものだった。ああ知ってるんだな、と思った。気まずくならないといいんだけど。えーと、次の話題……。
「大丈夫なのか? あいつと付き合ってたんだろ?」
「え、あ、うん」
次の話題に行けない。真剣な瞳は、私を心配してくれている。
「大丈夫だよ。別に変な別れ方したわけじゃないし、向こうもすっきりした顔してたし」
「すっきりした顔はあいつの特徴だから参考にならない」
「それは確かに……」
爽やか、さっぱり。太陽みたいなパッと明るい印象で、湿気の少ない夏。それが真のイメージ。顔を見合わせて、同時に笑ってしまった。
「まあ、その様子なら大丈夫か。しかし世間は狭いもんだな」
「狭すぎだよ」
笑ってご飯を食べて、「ごちそうさま」のあとも笑顔の連続。王子との再会も衝撃的だったけど、この家に帰ってくればホッとして、次の一歩を踏み出せる。
素敵な上司、最高の義父、優しい同僚、刺激をくれる取引相手。びっくりはしたけど、社会人一年生として、実はとても恵まれているのかも。
「そういえば今夜のこれ、予約しといたから」
示された新聞のテレビ欄には、大好きな映画。放送があるたびに観てしまう。
「わっ、ありがとう!! 嬉しいっ」
「一緒に観るか? 久しぶりに」
「うん!」
放送時間が近付くと、そわそわした。居間のソファーに座って待機。こんな風に並んでテレビを観るのは五年ぶり。
先生は、私が好きな場面もセリフも覚えていた。コマーシャルの間に、それまでの展開について話すのも楽しい。
いつの間にか、ぴったりくっついていた。私は膝を抱えて。彼は左手にコーヒーのカップを持ち、空いてる右手を私の後ろにまわすようにして。エンディングの歌が流れる。――どれだけ時が流れても、あなたへの想いは永遠に変わらない……そのフレーズが繰り返される。彼と目が合った。あの頃なら、ムード満点でゆっくりと唇が重なっていた。今は、息を詰めて見つめ合うだけ。
私たちは過去に、先生と生徒という壁を越えてしまっていた。止められなかった。今、大人同士でまた出会えたけれど、義父と娘という壁が立ちはだかっている。
――娘として、愛してる。大事だから、今度は壁は越えない。
彼の瞳が、そう言っていた。
三人の元カレのうち、先生との道は、恋を夢見るなら完全に行き止まり。五年の月日は、私を少しばかり成長させただけじゃない。先生も、五年分成長したんだよね。心の中のアルバムは、古いのを開くのではなく、まっさらのものを用意しないといけない。よりを戻すのではなく、家族としての時間を作っていくんだ。
恭一郎さんと、家族になれた。うん、嬉しい。とっても嬉しい。
古いアルバムを心の奥で閉じて、にこっと笑ってみせた。ホッとしたような笑みが返ってきた。
「録画セットしてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
「しばらく、何回も繰り返して観ちゃいそう」
「新作が来るんだよな、この監督の。確か脚本家も同じだ」
「さっき、コマーシャルでやってたね」
観たいなあ。きっとまた、心の中に宝石がちりばめられていくような、素敵なセリフに出会える。
「一緒に行くか?」
「え……いいの?」
「親父が娘とデートするんだ。文句を言うやつはどこにもいない」
デート。デート……先生とは、したことない。外で会うなんて御法度だったから。いわゆる、おうちデートならしてたけど。
そうか。家族なら、親子なら、おかしいことじゃないんだ!
「行くっ」
ソファーから落ちそうな勢いで、彼の方へ身を乗り出した。
「ハハッ。こら、落ちるぞ」
腕をつかまれてドキッとした。きちんと座り直しながら、実感する。家族として、親子としてなら、触れてもいいんだよね。
「お義父さん」
試しに呼んでみる。
「ん?」
私を甘やかす、声と目つき。絶対的な安心感。だから、言いたくなった。
「大好き」
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