君は誰に夢をみるか

一条咲穂(花宮守から改名)

文字の大きさ
3 / 5

第3話

しおりを挟む
 その日、新しい参加者があり、夕一との組み合わせを望んだ。藤山ふじやま紫乃しの、四十代女性。十代で父が蒸発。二十代で祖母の介護が始まり、母がストレスで発狂状態に近くなった。その母も今では介護を必要とする身だ。「毎日悲鳴を上げたくなるので、限界だと思って」、ここへ来たのだという。彼女の話は、数か月前に契約した、不動産購入の件から始まった。


「何で私が借金背負わないといけないのよ!? いい加減にして! もうヤだからね!」
「だってあなた、あの家欲しいんでしょ? だから……」
「お母さんが前に欲しいって言ってたからだよ。あそこ買わないとうちが不利になるからって。でもお母さん、もうローン組めないでしょ。お姉ちゃんも兄貴も自分が出すなんて言わないしさ……だから、私が買うしかないって」
 でも、もういや。こんなことばっかり。あの物件、次はあっちの物件。「あなたのためになるから」って、善意の押し付け。お金を返すっていう重圧を背負うのは私。家族経営の事業に絡めてくるからたちが悪い。私が買わざるを得ない方向に追い込んでくる。もうそんなのはいやなの!
 お父さんは土地ころがしで財産を失って、消息不明になり、三年前に死亡通知が来た。お母さんはお父さんの借金を全部返して、私たちを育てながら貯金をかなり作ったけど、私をお父さんの代わりにしてる気がする。「土地を買うのって楽しいでしょ? あそこは絶対買いたい」と、いやらしい顔で笑って、私をATM代わりにする。さすがに今回、私が切れて嫌だと言ったら「ショックで」寝込んでしまった。自分をかわいそうがることばっかり。
 私は人生に興味がない。そういう振りをしてきたし、一方で、本当にそうなのかもしれない。
 十代の時、家の中がめちゃくちゃで、みんなバラバラになってしまえばいいと願った。そしたら、本当にバラバラになった。何かを願っちゃいけないんだ、と思った。
 逆境に入り込むと、それを補うような出来事も、結果的には起こってきた。「あの時、あれでよかったんだ」って思える。それは何年も経ってから。私はその「何年も」を繰り返して、ただ年を取っていく。
 お見合い話も来たけど、「いい家の長男のお世話係」が欲しいんだなっていう内容のものばかり。全部断った。家のことを知られるのも恥ずかしかった。
 仕事は、家の外にも縁があって続けてきたけど、消費者は勝手なことを並べ立てる。私に仕事を紹介してくれた人も、その代わり俺の日常の世話をしろって求めてくる。それは、介護保険が入って免れたけど……。「俺がいなければ仕事は潰れるんだ。だから当然だ」って。これがパワハラか……。
 もういや! 私の人生、人の陰になって、その人たちに当然のような顔をされて、「もっと頑張れ」って言われ続けて終わるの? それならいっそ、ここで終わってしまえばいい――。


「……って、思ってしまったので。精神状態、危ういですよね」
 紫乃は、自嘲気味に小さく笑って話を終えた。アラフィフだと自己紹介したが、話に熱が入るとせいぜい三十代にしか見えない。目に炎が燃え上がり、パッと眩しくなるのだ。配られたペットボトルの緑茶を、喉を湿らせる程度に飲んだ。冷えた液体を体内に取り込んでなお、頬は紅潮している。
 夕一は、すぐには言葉を発することができなかった。

「母が寝起きしてるの、私の部屋の隣なんです。うち、廊下がなくて部屋がつながってるので、観てるテレビの音とか、杖の音とか、聞こえるんですよね……」
「それが、ストレスに?」
 彼女が言いたくて言えない、最後の部分を代わりに付け足す。「こういうことを言っては親不孝者だ」と罪悪感を抱き、それがさらなるストレスになるから、ここで吐き出させる。強い口調でなくとも、ひと言漏らし、それを否定されることなく受け入れてもらえる空間。
 具体的な解決策を滔々と提示されたいわけではない。そんなのはただのお節介だ。ここに集う人々の大半が求めているのは、「気持ちを表現していいんだよ」という受容の場。泣きたい時に泣く、歌いたい時に歌う、笑いたい時に笑うのと、同じ。怒りを表明する、悔しさを叫ぶ、終わりの見えない暗い日々を自分の中からいったん取り出す。
 ――自分は一人かもしれないが、世界はとりあえず、今ここにあるじゃないか。
 一瞬、そう思えればいい。心の風邪の熱が一時的にでも下がってくれば、深呼吸をしてまた自分の世界を取り戻せる。自分にとってここがそういう場所であるように、彼女にもそうであってほしいと願った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...