TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第1章 幽霊探偵

第10話*

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 出会いは、まっすぐに射抜く強い瞳。反面、恥ずかしがりやで、男に慣れていない大学生。合コンの数合わせで、半ば強引に連れてこられた者同士。場違いな居心地の悪さを共有しているうちに話が合い、連絡先を交換した。翌日、いつデートに誘うかと思案しながら事件現場に出向くと、探偵の真似事をする琴絵がいた。事件は彼女のヒントでお蔵入りを免れたが、事情聴取のあとできつく叱った。
 ――危ないだろう! 犯人に目をつけられたら怪我どころじゃすまないぞっ。警察に任せておけばいいんだ!
 ――警察が何をしてくれるっていうの! 待ってたって被害者は報われないっ。
 激昂する琴絵を抱き寄せた。腕の中で暴れていたのがだんだんおとなしくなり……勇気を奮って「心配なんだ。気になって仕方がない」と打ち明けると、「……馬鹿」と返ってきた。様子を見にきた東雲に「送ってあげなさい」と言われ、二人の日々が始まった。

 ――私の両親、強盗に殺されたの。中学の修学旅行に行っている時だった。帰ってきたら私の部屋も荒らされてて……犯人はまだ、末端の人間しか捕まってないって。
 初めて抱いた夜、身の上話をしてくれた。事件後は親戚の家で育ったという。調べてみると、全国に被害が拡大している、同じグループの犯行とみられる案件のひとつだった。組織的な犯行だが、末端の者は幹部の名前も顔も知らない。殺人は決して犯さないというのが彼らなりの歪んだ誇りだったが、その鉄則が一度だけ破られた。それが、琴絵の両親だった……。
 葉桜は事件を洗い直し、自分の担当事件と並行して捜査した。あちこちから文句が出た。頭を下げてまわった。東雲にも呆れられたが、譲れなかった。
 ――首謀者を挙げて琴絵と結婚するんです!
 宣言した部下に、警部は絶句した。葉桜がどうあっても曲げないのを見てとると、「物事には順番というものがある。事情を話してくれないかね」と温かく言ってくれた。
 各所の助力を得られるようになると、それはそれで忙しかったが、琴絵との時間も満喫した。彼女も卓越した推理力を発揮し、「警察に入りたい」と言い出したが、平和な世界にいてほしくて止めた。

 ついに首謀者が逮捕された時は、日本社会に激震が走った。二十八歳の男。琴絵の家の事件当時は二十歳だ。最初の犯行は十代。最も派手に犯行を重ねていた時期に右腕となっていた人物がいるはずだが、それについて彼は頑として口を割らない。
 ともあれ葉桜の目標は達成され、東雲が仲人となり二人は結婚した。小さなアパート暮らしだが、朝から晩まで幸せしかなく、誰もがうらやむ新婚生活だった。
 だが、葉桜には欲が生まれた。いずれ子供もできるだろう。家族のために、出世したい。例の事件の犯人のうち、幹部をあと一人か二人捕まえたい。できれば首謀者の右腕だった、切れ者と噂される男がいい――。
 琴絵もきっと喜んでくれると信じて、新たな目標にのめり込んだ。広い部屋が必要になった時のため、親から相続したビルを何かに活用できないかと、時々立ち寄っていたのもまずかった。浮気を疑われて一笑に付したが、かっこつけずに計画を説明し、二人で未来を作るべきではなかったのか。

「ごめんな、一人にして……もっとそばにいればよかった」
「ううん……頑張ってた康平が好きだったの。なのに……私こそごめんなさい……」
「もういいよ。いいんだ……」
 疑念も後悔も、今はいらない。琴絵の魂から涙が消えるまで、抱きしめていてやりたい。それがプロポーズの誓いだったのだから。

 ――君の涙を乾かす手伝いをさせてください。い、一番近くでっ。
 寝ないで考え、最高のタイミングを狙っていた言葉。舌がもつれながらも何とか言えたが、言ってしまってから「これのどこがプロポーズだよ……」と脳内でツッコミを入れた。場所もロマンチックには程遠く、庁舎の廊下。過去の事件の関係者として呼び出された琴絵の暗い気分を、吹き飛ばしてやりたい一心だった。固唾を飲んで見守る同僚や上司。指輪は用意してあるが、机の引出しの中だ。まさか「誰か取ってきてくれ」とも言えない。花もない。失敗だ――。
 腕を掴んだまま俯くと、彼女はクスッと笑った。顔を上げると、満開の桜のような笑顔があった。
――もうとっくに乾いてます! 誰かさんがいつも笑わせてくれるから。
 
 今、琴絵の幽体は桜の花のように薄紅色に輝いている。また恋に落ちていく気持ちで、至るところを愛する。強く吸っても所有印は付かないが、互いの存在の最奥に、「愛している」と刻印する。怨嗟の塊で受けた傷が、穴が、塞がっていくのがわかる。
「ごめんなさい、痛かったでしょ……」
「治ったからいいんだ……あんなことさせて、ごめんな」
 労わり合い、痺れるほどの快楽を与え合う。疲れ切った葉桜の精神が、丸く、幸福に満たされていく。
「琴絵、俺は幸せ者だ……」
 上に乗り、光を撒き散らして腰を振っている妻に甘く告げた。彼女は笑みを浮かべようとしたが、絶頂の渦に翻弄され仰け反った。内壁がうねり、締め付ける。
「はぁ、あ、んっ……」
「うっ……待て、って……」
 すぐさま次の高みを求め、男を急き立てる。昇り詰めたばかりで正直辛いが、それもすぐに悦楽に変わる。一咲のあと、誰を抱いても埋まらなかった空虚が埋まっていく。
(これが欲しかった……ほんと、馬鹿だな俺……)
 溺れて、溺れさせ、命の髄まで食い、食わせる。二度と、生きてここを出ることが叶わなくとも、悔いはなかった。

 外界では、何時間経ったのか。
 美しい妻は、ほぅ……と息をつき、倒れ込んできた。唇を重ね、微笑み合う。琴絵は何かをねだる時の癖で、葉桜の胸をさすった。
「言ってごらん」
 何を言われるのか、予想はつく。あとのことは、この女名探偵が引き受けてくれるだろう。
「あなたの命、ほしい……」
 最上の、愛の言葉。
「やるよ」
 額に口づけられ、意識が薄れていく。
 パトカーのサイレンの音が、遠く聞こえた気がした。
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