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第2章 若き刑事の苦悩
第7話
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「で、ベンチが設置されたのが今から一年前だ」
「関係があると?」
「当たりはつけてた。去年のうちに見に来るつもりでいたんだが……ああいうことになったからな。今日、彼女が座ってるのを見て、神隠しのからくりはわかった」
「からくり……」
彼女は、何かを夢想するように二人から視線を外した。幸せそうだ。
「お前も一度見ただろ。消えた人間は、あの空間をさまよっている……多分な」
うねうねと形を変える、気持ちの悪い空間のことを言っているらしい。
「あそこですかぁ……」
「情けない声出すなって。さて……ここからは、お嬢さんに話を聞こうか。隣に座っても?」
葉桜の問いに対する返答として、彼女はわずかに横へずれた。ひとつひとつの所作が美しい。
「ありがとう。俺は葉桜康平。こっちは大崎孝信。君は?」
「なつと申します」
「おなつさんか。よろしくな。ここで何を?」
見事なものだ。幽霊同士のよしみもあるのだろうか。ベンチで肩を並べる二人の間に、早くも兄妹のような親密さが生まれている。なつは葉桜の方へ体ごと向き、「待っているの」と言った。
「好きな男か?」
なつの青白い頬に朱がさした。図星のようだ。
「これを……お返ししたくて」
袂から取り出したのは手拭いだった。なつは、話を聞いてくれる者が現れて嬉しいのだろう、その男のことを語り始めた。
「私がお侍に斬られそうになったところを、助けていただきました。その時にこれを。洗ってお返ししますと申し上げたのですが、これから遠くへ行くから気にせずともよいと……」
「ふむ……それで?」
大崎は耳を疑った。
(斬られそうにって……刀!? この子、現代の幽霊じゃないのか!? 一体何百年、幽霊やってるんだよっ)
そう思って見れば、なつの服装も髪型も、まるで時代劇から抜け出してきたかのようだ。葉桜はとっくに気付いていたのか、和やかに話を続けている。
「その男と出会ったのが、ここだった?」
「はい。ちょうどこんな風に並んで腰かけて、少しお話を。あの方は……お役目を終えて戻ってくることがあれば、ここで会おうとおっしゃいました」
何て適当な約束。いや、約束にもなっていない。それを真に受けてずっと待っているのか。葉桜がこっちをちらりと見た。「お前にはわからねーだろうな」と顔に書いてある。わからなくても一向に困らないので放っておいてほしい。
「それで……君は、いつ?」
「あの方が江戸をお発ちになった翌月……文久三年三月の末でございました」
(ぶんきゅう? いつだっけ)
「西暦一八六三年か。よし、大体わかった。あとは、その御仁の名前はわかるか?」
「はい」
なつが名前を教え、葉桜が素っ頓狂な声を上げたが、大崎は時代の方に気を取られていた。
(江戸時代の幽霊!? 勘弁してくれっ)
一体この世には、どれだけの幽霊が跋扈しているのか。レベルとやらで感知できないだけで、隙間もないほどうようよいるのかもしれない。想像して、気が遠くなった。
「おーい、聞いてんのか? 行くぞ」
「へっ? あ、あの異空間ですか!? ぼ、僕は行かなくてもいいんじゃっ」
「安心しろ、あそこじゃない。おなつさんの想い人のところだよ。な?」
なつは恥ずかしそうに頷いた。
「行き先は……まあ、行けばわかるからいいよな。ついてこい」
「それって絶対、僕が行きたくない場所ですよね!?」
十中八九、墓場だろう。江戸時代の人間なら間違いなく死んでいる。憧れの君が死んだと教えるのは不憫だから、墓を見せてから対処を考えるという魂胆か。
(ショックで暴れ出したらどうするんだよっ)
「ほら、急げって。俺はいいけど、お前はここに長居すると骨になるか、よくても神隠しだぞ」
「は!?」
慌てて公園を飛び出した。冷や汗がすごい。振り返ると公園の敷地内は、昼間だというのに薄暗がりに沈んでいた。
「な、な、な……」
「ん? ああ……そうか。暗く見えるんだろ?」
首を縦に振って肯定した。言葉が出ない。
「この子自体は無害なんだけどな。いろいろ積み重なって、やばい空間になってる。おかげでお前は急成長の過程にあるが、まだ不安定だ。似たような場所が見えたら近付かないようにしろ」
急成長とは。不安定とは。説明は、聞きたくもなかった。
「関係があると?」
「当たりはつけてた。去年のうちに見に来るつもりでいたんだが……ああいうことになったからな。今日、彼女が座ってるのを見て、神隠しのからくりはわかった」
「からくり……」
彼女は、何かを夢想するように二人から視線を外した。幸せそうだ。
「お前も一度見ただろ。消えた人間は、あの空間をさまよっている……多分な」
うねうねと形を変える、気持ちの悪い空間のことを言っているらしい。
「あそこですかぁ……」
「情けない声出すなって。さて……ここからは、お嬢さんに話を聞こうか。隣に座っても?」
葉桜の問いに対する返答として、彼女はわずかに横へずれた。ひとつひとつの所作が美しい。
「ありがとう。俺は葉桜康平。こっちは大崎孝信。君は?」
「なつと申します」
「おなつさんか。よろしくな。ここで何を?」
見事なものだ。幽霊同士のよしみもあるのだろうか。ベンチで肩を並べる二人の間に、早くも兄妹のような親密さが生まれている。なつは葉桜の方へ体ごと向き、「待っているの」と言った。
「好きな男か?」
なつの青白い頬に朱がさした。図星のようだ。
「これを……お返ししたくて」
袂から取り出したのは手拭いだった。なつは、話を聞いてくれる者が現れて嬉しいのだろう、その男のことを語り始めた。
「私がお侍に斬られそうになったところを、助けていただきました。その時にこれを。洗ってお返ししますと申し上げたのですが、これから遠くへ行くから気にせずともよいと……」
「ふむ……それで?」
大崎は耳を疑った。
(斬られそうにって……刀!? この子、現代の幽霊じゃないのか!? 一体何百年、幽霊やってるんだよっ)
そう思って見れば、なつの服装も髪型も、まるで時代劇から抜け出してきたかのようだ。葉桜はとっくに気付いていたのか、和やかに話を続けている。
「その男と出会ったのが、ここだった?」
「はい。ちょうどこんな風に並んで腰かけて、少しお話を。あの方は……お役目を終えて戻ってくることがあれば、ここで会おうとおっしゃいました」
何て適当な約束。いや、約束にもなっていない。それを真に受けてずっと待っているのか。葉桜がこっちをちらりと見た。「お前にはわからねーだろうな」と顔に書いてある。わからなくても一向に困らないので放っておいてほしい。
「それで……君は、いつ?」
「あの方が江戸をお発ちになった翌月……文久三年三月の末でございました」
(ぶんきゅう? いつだっけ)
「西暦一八六三年か。よし、大体わかった。あとは、その御仁の名前はわかるか?」
「はい」
なつが名前を教え、葉桜が素っ頓狂な声を上げたが、大崎は時代の方に気を取られていた。
(江戸時代の幽霊!? 勘弁してくれっ)
一体この世には、どれだけの幽霊が跋扈しているのか。レベルとやらで感知できないだけで、隙間もないほどうようよいるのかもしれない。想像して、気が遠くなった。
「おーい、聞いてんのか? 行くぞ」
「へっ? あ、あの異空間ですか!? ぼ、僕は行かなくてもいいんじゃっ」
「安心しろ、あそこじゃない。おなつさんの想い人のところだよ。な?」
なつは恥ずかしそうに頷いた。
「行き先は……まあ、行けばわかるからいいよな。ついてこい」
「それって絶対、僕が行きたくない場所ですよね!?」
十中八九、墓場だろう。江戸時代の人間なら間違いなく死んでいる。憧れの君が死んだと教えるのは不憫だから、墓を見せてから対処を考えるという魂胆か。
(ショックで暴れ出したらどうするんだよっ)
「ほら、急げって。俺はいいけど、お前はここに長居すると骨になるか、よくても神隠しだぞ」
「は!?」
慌てて公園を飛び出した。冷や汗がすごい。振り返ると公園の敷地内は、昼間だというのに薄暗がりに沈んでいた。
「な、な、な……」
「ん? ああ……そうか。暗く見えるんだろ?」
首を縦に振って肯定した。言葉が出ない。
「この子自体は無害なんだけどな。いろいろ積み重なって、やばい空間になってる。おかげでお前は急成長の過程にあるが、まだ不安定だ。似たような場所が見えたら近付かないようにしろ」
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