TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第2章 若き刑事の苦悩

第8話

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 葉桜の先導で向かったのは、M区のとある寺。まっすぐ墓地へ向かうのかと思いきや、葉桜は塀伝いに進んでいく。はて、ここは誰にゆかりの寺なのだろうとスマートフォンで検索した大崎は、手で口を押さえて叫ぶのを堪えた。歴史に疎い者でも名前を一度は聞いたことがあるであろう、悲運の男の墓所。いまだ絶大な人気があり、それゆえに、一般の墓参は許されていないとか。
(二十四歳か……)
 病に倒れ、今の自分より若くして逝った剣客には、感じ入るものがあった。
「この先なんだが、立ち止まるなよ。通り過ぎるだけで事は済むはずだ」
 寺院に迷惑をかけないための注意だ。頷いて、ひたひたと前を行くなつの背中を見やった。
 日本の幽霊には足はないのが通例だが、琴絵、葉桜康平、女性教師、なつと見てきて共通しているのは、足は見えるような見えないような、ということだった。見ようと思えば履き物まで一瞬目に入る気もするが、次の瞬間にはぼやける。何度もそんなものを見たくはないので、大崎は可能な限り、彼らの膝から下には注目しないようにしていた。
 なつの後ろ姿は、いかにも小さい。百六十年も待ち続けた片想いの相手が死んだと知った時、彼女はどうなるのだろう。いい子だから豹変はするなよと、祈る思いで歩を進める。
「ここだ」
 葉桜は、大崎ではなく、なつが通るタイミングで塀の向こうを示した。大崎は、いつでも走り出せるよう心の準備をしながら彼女を追い越した。ゾクゾクっと足の爪先から頭のてっぺんに悪寒が駆け抜けた。
(いる!)
 歴史上のヒーローでも、怖いものは怖い。立ち止まるなと言われたが、足が重い。
(成仏してないのかよ!? そりゃあ心残りはあっただろうけど……)
 数秒間、全身が凍り付いていく感覚に襲われた。
 ――すまない、少々力を借りた。
 頭に直接響く声。足は、動くようになった。気を失いかけるのを塀に縋って堪え、バクバクする胸を押さえて数歩先まで行った。それが限界で、道の反対側にペタンと座り込んだ。葉桜が、ヒュンと飛んできて肩に手を置いた。すると、じんわりと体内の氷が溶けていき、人間の感覚を取り戻すことができた。
 なつはあの場所に佇み、やや上を見ている。視線の先の空間に、光の玉が揺らめいていた。縦に楕円形で、サイズは安定しない。名前を呟くように唇が動いたところをみると、彼女には彼の人の姿に見えているのだろうか。「これを」と手拭いを差し出すと、光が明滅した。手拭いも光った。布の形をとっていたものが、まばゆい光の粒となり、なつを包んでいく。相手の光も、手を差し伸べるようになつの方へと伸びた。彼女は夢見る瞳をほんの一瞬、こちらに向けた。
 ――ありがとう。
 あとは二人の世界だ。彼女は幸福そうに光に取り込まれていき――消えた。

 どのくらいの間、呆然としていたのだろうか。アスファルトに預けていた下半身が、現実的な意味で冷えてきた。寺は静まり返り、何の痕跡もない。
「立てるか」
「はい……何だったんです、あれ。ぞわっとした……」
 葉桜に憑りつかれた時の感じに似ていたが、彼は大崎の力を奪うことはしない。
(借りるって……返す気あるのかよ)
「とっくに成仏していたが、手拭いに引き寄せられて出てきた……彼女に応えるわずかな時間の分だけ、お前の生命力を拝借したってとこかな。あるいは……」
「あるいは?」
 立ち上がり、足踏みをして、自分が人間であることを確かめる。
「あいつもまた、彼女に想いを残してさまよっていた。最後の力を振り絞ってお前の元気を借りて、かっこいいところを見せたかった……好きな方を取ればいい」
「ロマンチストですね」
 歩き出し、素直な感想を述べた。
「ロマンでしか説明がつかないことってのがあってな」
「ふーん……」
 そうかもしれない、いや僕は超常現象なんてっ……と葛藤していると、迷い込んだ夢から引きずり出すような着信音が響いた。捜査一課の村山からだ。
「はい、大崎です」
 相手は興奮気味だった。例の高校の件で、校長から感謝の電話があったという。それだけではない。浅見家の近くのあの公園で消えた人々が、最後に目撃された場所で続々と発見された。外傷はなく気を失っているだけで、現在、受け入れ先の病院を探しているところだという。
『高校の件で事情を聴くために浅見さんに連絡したら、お前の話が出た。やるじゃないか。二件まとめて解決するつもりだったんだろ?』
「まあ、そんなとこですかね……」
 どの道、あの公園には戻るつもりだった。打ち合わせをして電話を切ると、今日の体験が現実のものであるという実感が追いついてきた。怖かった。だが……。
(怖いだけじゃなかった……)
「どうした?」
「その……綺麗だったな、って。消えてくとこ……」
「彼女たちな。いい顔してただろ」
「はい……」
 解き放たれて本当に生を終える時、人はこんなにも美しいものなのかと……見とれた。
「あなたが五年も続けられたの、わかる気がしました。ほんのちょっとだけ」
「そうか」
 葉桜は二人の幽霊を、どこかうらやましそうに見送っていた。彼女らは、葉桜琴絵に導かれて冥界へ向かったのだろうか。姿を消した妻に会えるなら、ついていきたかったのかもしれない。
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