TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第2章 若き刑事の苦悩

第15話

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 頭が事実を受け入れると、すべて腑に落ちた。怖いが、逃げるつもりはない。
「このままいくと……彼女も?」
 しばらくは生きられるにしても、ある時に急激に悪化して、死を待つばかりになってしまうのか。
「そうならないように、お前がいるんだろ」
 優しい声に、頭の中のパズルのピースがひとつはまった。殺人容疑がかかっている葉桜康平の行動は謎が多く、無茶なのか慎重なのか、正直わけがわからなかった。
(だけど今、これだけはわかった)
「あなたも……奥さんを助けようとしたんですね」
「うまくいかなかったけどな」
 泣きそうな顔だ。事実を追うだけでは真実は解明されない……追っている相手の心理を理解しなければ本当の解決には至らないことを、新米刑事は知った。少なくとも目の前に今いる男は、後輩の恋を適度な距離で見守る、度量の大きい先輩だ。
(奥さんが亡くなった頃のこと、ちゃんと調べてみようかな。それがないと、葉桜さんが幽霊化した原因も見えてこないかもしれない)
 捜査の端緒が開いた思いでいると、彼が「おい」と緊張した声を出した。
「急いで戻るぞ」
 ヒュンッと飛んでいく。方向は、夫人の寝ている母屋だ。
(恵麻さんに何か!?)

「恵麻さん!」
 駆けつけると、恵麻は夫人のそばに横たわっていた。起き上がった夫人に固く手を握られたまま。神経が衰弱し意識が混濁する中にも、穏やかな笑みを見せていた女性は、どこにもいなかった。目に異様な光を湛え、恵麻を見つめている。唇の端がつり上がり、昼間の部屋に黒いものが広がっていく。不気味な霧。夫人の背中からゆらりと立ち昇るものがあった。色は霧と同じだ。揺らめきながら形をとり、天井まで届くほど大きくなり……顔に見える部分が、恵麻を見て舌なめずりをしたようだ。
「待て!」
 大崎は土足で部屋へ上がり、恵麻を背中に隠した。夫人の体は、今や用をなさないと言わんばかりだ。糸が切れたように、半身を起こしたまま目を閉じている。
 ――邪魔をするのか。そのように手も足も震えて、何ができる。
 脳に直接届く声があざ笑う。
「お、お、お前の目的は何だっ」
 ――目的などない。
「え……?」
 断言され、思考が追いつかない。犯罪者を追う訓練をしてきた大崎にとって、突き詰めるべきは「動機」だ。近年は「誰でもよかった」などという闇雲な行動に走る者も増えたが、それだって「人を殺したい」という怪しからぬ動機が根底にある。
 ――我は力が欲しい。その娘は実によい。とんでもないものを飼い慣らしておるわ。食らえばさぞ美味かろう。
 全身に悪寒が走り、凍り付きそうな感覚。それを体内で――あるいは意識の果てで――打ち払うものがあった。脳裏で微笑んだのは、まだ少年と言ってもいいほどの剣士。
「あっ、あなたは!」
 ――借りは返したぞ。
 恵麻に出会う前日、なつを連れて出向いた墓所で、大崎の中をすり抜けていった男。声を聞くのは二度目だが、会ったことなどもちろんない。何しろ相手は百六十年前に死んでいる。そうかこういう姿だったのかと、こんな場面であっても感動した。
(幽霊に感動するなんておかしい。でも、助けてくれた……)
 誠の旗を掲げていた集団の一員だけあって、義理堅い男だ。ありがとう、と呟いて立ち上がった。体が動く。
 ――馬鹿なっ。
 相手はうろたえている。その間に、葉桜は恵麻に何かの術を施した。
「この子には結界を張った。お前は大丈夫だな?」
「はいっ」
 結界って何だとか、大丈夫かどうかわかったもんじゃないとか、言える状況ではない。正に、食うか食われるかだ。
 部屋に立ち込める黒い霧が渦を巻き始めた。
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