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第2章 若き刑事の苦悩
第19話
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次の日は事務所を休んだ。
朝起きると、恵麻からメッセージが入っていた。
『お加減いかがですか』
たった九文字が、踊り出したくなるほど嬉しい。足は、けっこう派手なあざにはなっているものの、刑事が気にしたら笑われるレベルだ。昨日の「孝信さん」をどうにかしてもう一度聞けないものかと、電話をしてみた。そうしたら、休めと言われてしまったのだ。
『怨霊退治が続いて、お疲れなんだと思います。明日はけっこうハードなので、その前にゆっくり休んでください』
「ハードとは」
『ふふっ。バレンタイン・ホラーは頭脳の勝負でもありますけど、体力や気力も大事なんですよ。イベントページに書いてありました。明日は午前中に一件ご依頼が入っていますから、今日は体力温存しましょう』
「体力温存より、恵麻さんに会いたい……」
思いっきり本音が零れた。何しろ週五で会っている想い人だ。今日もそばで過ごす気満々でいたのに、急に会えないとなれば寂しい。
『子供みたいなこと言わないでください。私だって……』
「え?」
――私だって、会いたい。
そう解釈していいのだろうか。ごく、と唾を飲み込むと、彼女の上擦った声が耳に流れ込んだ。
『えっと、いえ何でもっ。私は事務所にいますので、相談したい案件が出てきたらまたご連絡しますねっ』
かわいすぎる。
「わかりました。恵麻さんも、無理は駄目ですよ」
「はい。……じゃ、じゃあまたっ」
通話終了後、一分間、パジャマのままで幸せをかみしめた。恵麻は、単に恋に無頓着で来た自分とは違う。普通に恋をするのもためらわれる生活を、長く強いられてきた。それが表面上は終わりを告げ、自由に元気に生きられるようになった。彼女にとって大崎は、雛が初めて親を見たようなものかもしれない。恋というには、二人の間にあるものはあまりにも幼い感情なのだろう。それでも、彼女の希望の中に、自分がいられることが嬉しかった。
葉桜は、昨夜から恵麻の護衛についている。男として自分が彼に及ばないことは承知しているが、見えない相手ならライバルにはなり得ない。彼が話しかけてこないのは今では奇妙に感じられるが、静かは静かだ。久しぶりに庁舎で過ごした。
葉桜康平の件を調べているのだから、彼に関する資料にはできるだけ多く当たりたい。しかし本人を背中に張り付けていては、どうにもやりにくかった。今日こそチャンスだ。
といっても、ここでわかるのは警察沙汰になった事柄に限られる。去年から今年にかけての連続婦女殺人事件を除けば、あとは五年前の葉桜琴絵の死亡について調べることぐらいだ。先輩の村山に資料のありかを尋ねると、質問を待っていたかのように教えてくれた。
「ありがとうございます。ムラさんの記憶力ってすごいですね」
「そんなんじゃねーよ。東雲警部から言われてたんだ。お前はそのうち聞いてくるだろうってな」
「あ、そうでしたか」
「葉桜さんの件は……頼む。あの人、俺の教育係だったんだよ。探偵になってからは会ったことなかったけど……まさか、な」
いつもいいタイミングで大崎の背中を押してくれる村山が、後輩に対し、初めて表情を曇らせた。
「真相解明に全力を尽くします」
ああ、と。肩に手を置いて励まし……自分の担当ではないから他人に託すしかない村山の思いを受け取って、資料庫へ向かった。「村山も立派になったなあ」と葉桜が言っていたのを教えてやりたいが、それはできない相談だった。
朝起きると、恵麻からメッセージが入っていた。
『お加減いかがですか』
たった九文字が、踊り出したくなるほど嬉しい。足は、けっこう派手なあざにはなっているものの、刑事が気にしたら笑われるレベルだ。昨日の「孝信さん」をどうにかしてもう一度聞けないものかと、電話をしてみた。そうしたら、休めと言われてしまったのだ。
『怨霊退治が続いて、お疲れなんだと思います。明日はけっこうハードなので、その前にゆっくり休んでください』
「ハードとは」
『ふふっ。バレンタイン・ホラーは頭脳の勝負でもありますけど、体力や気力も大事なんですよ。イベントページに書いてありました。明日は午前中に一件ご依頼が入っていますから、今日は体力温存しましょう』
「体力温存より、恵麻さんに会いたい……」
思いっきり本音が零れた。何しろ週五で会っている想い人だ。今日もそばで過ごす気満々でいたのに、急に会えないとなれば寂しい。
『子供みたいなこと言わないでください。私だって……』
「え?」
――私だって、会いたい。
そう解釈していいのだろうか。ごく、と唾を飲み込むと、彼女の上擦った声が耳に流れ込んだ。
『えっと、いえ何でもっ。私は事務所にいますので、相談したい案件が出てきたらまたご連絡しますねっ』
かわいすぎる。
「わかりました。恵麻さんも、無理は駄目ですよ」
「はい。……じゃ、じゃあまたっ」
通話終了後、一分間、パジャマのままで幸せをかみしめた。恵麻は、単に恋に無頓着で来た自分とは違う。普通に恋をするのもためらわれる生活を、長く強いられてきた。それが表面上は終わりを告げ、自由に元気に生きられるようになった。彼女にとって大崎は、雛が初めて親を見たようなものかもしれない。恋というには、二人の間にあるものはあまりにも幼い感情なのだろう。それでも、彼女の希望の中に、自分がいられることが嬉しかった。
葉桜は、昨夜から恵麻の護衛についている。男として自分が彼に及ばないことは承知しているが、見えない相手ならライバルにはなり得ない。彼が話しかけてこないのは今では奇妙に感じられるが、静かは静かだ。久しぶりに庁舎で過ごした。
葉桜康平の件を調べているのだから、彼に関する資料にはできるだけ多く当たりたい。しかし本人を背中に張り付けていては、どうにもやりにくかった。今日こそチャンスだ。
といっても、ここでわかるのは警察沙汰になった事柄に限られる。去年から今年にかけての連続婦女殺人事件を除けば、あとは五年前の葉桜琴絵の死亡について調べることぐらいだ。先輩の村山に資料のありかを尋ねると、質問を待っていたかのように教えてくれた。
「ありがとうございます。ムラさんの記憶力ってすごいですね」
「そんなんじゃねーよ。東雲警部から言われてたんだ。お前はそのうち聞いてくるだろうってな」
「あ、そうでしたか」
「葉桜さんの件は……頼む。あの人、俺の教育係だったんだよ。探偵になってからは会ったことなかったけど……まさか、な」
いつもいいタイミングで大崎の背中を押してくれる村山が、後輩に対し、初めて表情を曇らせた。
「真相解明に全力を尽くします」
ああ、と。肩に手を置いて励まし……自分の担当ではないから他人に託すしかない村山の思いを受け取って、資料庫へ向かった。「村山も立派になったなあ」と葉桜が言っていたのを教えてやりたいが、それはできない相談だった。
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