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第2章 若き刑事の苦悩
第22話
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工事は中断されたらしく、作業員の姿はない。建築物はシートに覆われているが、現在の大きさからいって、完成まで先は相当長い。
「こうやって見ると穏やかなのに、不思議ですね。日当たりも水はけもよさそうなのに……」
恵麻には、大崎の目に映る黒い渦が見えていない。ちらりと所長を見ると、「任せろ」と言うように頷いた。ひと月前は殺人容疑で追っていた男を、今は深く信頼している。霊に対抗してくれるからだけではない。心の奥に、通ずるものを持っている。
「恵麻さん。僕から離れないでくださいね」
右手を差し出すと、「はい」と半分だけ左手を重ねてきた。
葉桜は、大崎の左手に自分の手をかざし、必要な分だけ力を吸い取った。少しクラっとするが、事務所に戻れば回復できる。二人の力が合わさって倍の力を生み、葉桜の手から伸びた光が、渦の中心を照らした。菱形の多面体が見えた。と思ったら、あっさり砕けた。
ごう、と風がうなった。恵麻が髪を押さえている。
――時が来たか。仕方がない……抵抗はやめにしよう。
消えゆく怨霊の声は、男二人にしか聞こえない。長く土地に憑いていたが、それもいい加減疲れた……と。霊が見てきた数百年の景色が、大崎の中を通り過ぎた。
この地には、ある青年と『彼女』との思い出が詰まっていた。彼はまじめに働いていたが、役人の悪事に巻き込まれて死亡した。『彼女』は恋人の亡骸に一晩寄り添い、眠るように息を引き取った。自分が死んだこともわからず、生死の境を越えていた。手厚く埋葬されたが、魂がここを離れることができず、役人一味を恨むうちに怨霊と化した。誰であろうと、ここを渡してなるものかと頑張ってきた。落としどころなど、とっくに見失っていた――。
風がやんだ。
(あれ? あそこ……)
天空に、キラリと光るものがあった。
(やっと解き放たれて冥界へ行って、恋人に会えるのかな)
祈るような気持ちで見上げる。ホッとひと息つく間もなく、つないでいる恵麻の手から、ビリビリと流れ込んでくるものがあった。
(うわっ、なかなか強烈)
彼女の中の霊が反応し、暴れているのだ。それを押し戻して大崎と、結果的に恵麻をも守ってくれるのは、葉桜だ。
「ヒステリックになってきたな。おとなしくしてくれよ」
恵麻を静かに殺していくはずだった霊は、他の霊に数多く出くわすことで刺激を受け、興奮しやすくなっている。葉桜は大崎とのつながりが強まっているから、こうして干渉することができるのだという。
恵麻自身は気付いていない。ただ、大崎と自分との間に、つないだ手を通して流れるものを感じ取っている。今日は怨霊と葉桜の力が激しくぶつかり、パチパチと火花が飛んだ。大崎は痛みを覚えたが、彼女は感激の声を上げた。
「わあ! 大崎さん、今何かしたんですね? 霊を追い払ったんでしょう? すごい!」
「えっ」
「急に風が吹いたし、何だか今、手がパチパチって。ふふ、私もちょっぴりお手伝いできたのかな? なーんて、そんなわけない……」
突風が吹いた。恵麻がよろけたのを、引き寄せて抱きしめた。そうせずにはいられなかった。
「孝信、さん」
聞こえるか聞こえないかの小さな声。これまで閉ざしていた扉を開け、一歩踏み出そうとしているかわいい人。大崎孝信にとっては、唯一の女性。
「僕が守ります……何があっても、必ず」
恵麻は顔を真っ赤にして、こくんと頷いた。
風を起こした世話焼き探偵は、二人に背を向け、祓われた土地の上の空を見つめていた。
「こうやって見ると穏やかなのに、不思議ですね。日当たりも水はけもよさそうなのに……」
恵麻には、大崎の目に映る黒い渦が見えていない。ちらりと所長を見ると、「任せろ」と言うように頷いた。ひと月前は殺人容疑で追っていた男を、今は深く信頼している。霊に対抗してくれるからだけではない。心の奥に、通ずるものを持っている。
「恵麻さん。僕から離れないでくださいね」
右手を差し出すと、「はい」と半分だけ左手を重ねてきた。
葉桜は、大崎の左手に自分の手をかざし、必要な分だけ力を吸い取った。少しクラっとするが、事務所に戻れば回復できる。二人の力が合わさって倍の力を生み、葉桜の手から伸びた光が、渦の中心を照らした。菱形の多面体が見えた。と思ったら、あっさり砕けた。
ごう、と風がうなった。恵麻が髪を押さえている。
――時が来たか。仕方がない……抵抗はやめにしよう。
消えゆく怨霊の声は、男二人にしか聞こえない。長く土地に憑いていたが、それもいい加減疲れた……と。霊が見てきた数百年の景色が、大崎の中を通り過ぎた。
この地には、ある青年と『彼女』との思い出が詰まっていた。彼はまじめに働いていたが、役人の悪事に巻き込まれて死亡した。『彼女』は恋人の亡骸に一晩寄り添い、眠るように息を引き取った。自分が死んだこともわからず、生死の境を越えていた。手厚く埋葬されたが、魂がここを離れることができず、役人一味を恨むうちに怨霊と化した。誰であろうと、ここを渡してなるものかと頑張ってきた。落としどころなど、とっくに見失っていた――。
風がやんだ。
(あれ? あそこ……)
天空に、キラリと光るものがあった。
(やっと解き放たれて冥界へ行って、恋人に会えるのかな)
祈るような気持ちで見上げる。ホッとひと息つく間もなく、つないでいる恵麻の手から、ビリビリと流れ込んでくるものがあった。
(うわっ、なかなか強烈)
彼女の中の霊が反応し、暴れているのだ。それを押し戻して大崎と、結果的に恵麻をも守ってくれるのは、葉桜だ。
「ヒステリックになってきたな。おとなしくしてくれよ」
恵麻を静かに殺していくはずだった霊は、他の霊に数多く出くわすことで刺激を受け、興奮しやすくなっている。葉桜は大崎とのつながりが強まっているから、こうして干渉することができるのだという。
恵麻自身は気付いていない。ただ、大崎と自分との間に、つないだ手を通して流れるものを感じ取っている。今日は怨霊と葉桜の力が激しくぶつかり、パチパチと火花が飛んだ。大崎は痛みを覚えたが、彼女は感激の声を上げた。
「わあ! 大崎さん、今何かしたんですね? 霊を追い払ったんでしょう? すごい!」
「えっ」
「急に風が吹いたし、何だか今、手がパチパチって。ふふ、私もちょっぴりお手伝いできたのかな? なーんて、そんなわけない……」
突風が吹いた。恵麻がよろけたのを、引き寄せて抱きしめた。そうせずにはいられなかった。
「孝信、さん」
聞こえるか聞こえないかの小さな声。これまで閉ざしていた扉を開け、一歩踏み出そうとしているかわいい人。大崎孝信にとっては、唯一の女性。
「僕が守ります……何があっても、必ず」
恵麻は顔を真っ赤にして、こくんと頷いた。
風を起こした世話焼き探偵は、二人に背を向け、祓われた土地の上の空を見つめていた。
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