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第3章 桜が散る時
第9話
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「それと、これを」
机の引出しが開き、分厚い紙の束が二つ、三つと飛び出した。
「『請求書』?」
「顧客名簿みたいなものです。役に立つはずですよ」
パラパラとめくると、警察が正攻法ではコンタクトを取りづらい名前が次々に現れた。唖然とした。
「君、どれだけの調査を、一体どんな方法でこなしてきたんだ……」
「依頼内容は秘密ですよ」
唇に指を立てて微笑む。私に色仕掛けをしてどうする、と見当外れの反応をしそうになった。彼は三十歳で命を落としているが、その後の五年の月日も「生きて」いたことを再認識させられる。
(立場は違うが、君と共にあったこの五年間は、幻ではなかったんだな)
「この商売を始めて驚いたのは、日本には幽霊がいかに多いかということでした。彼らは……俺もですが、無関係の人間には憑かない。どこかに相談すれば、関係を根掘り葉掘り探られる。秘密裏に処理したいと願う人にとっては、うちはうってつけだったようで。こちらとしても、願ったり叶ったりでした」
「……情報源、か?」
「はい」
手の中の束が、ずしりと重みを増したように感じられた。幽霊だけでなく、人間の情報提供者にも事欠かなかったということだ。何しろ、様々な方面に顔のきく顔ぶれがずらりと並んでいる。
「そこにはありませんが、関原物産にもお世話になりました。連絡先は今も同じです。……そんな、心配そうな顔をしないでください。俺の前身はみんな知ってます。必要があれば警察と連携すること、情報を開示することも、承知してもらっていますよ」
「はぁ……」
昔、許可を取らずに勝手に捜査を進め、あちこちから文句が出た男とは別人のようだ。
(成長したものだ)
ありがたく使わせてもらうよ、と謝意を表したところで、東雲の端末が鳴った。
「はい。……そうか。簡易鑑定では同一人物なんだな? ……ふむ、わかった。引き続き頼む。それと、葉桜探偵事務所に何人か寄越してくれ。運びたいものがある……」
葉桜は表情を引き締め、鍵のかかった引出しをすべて術で開錠した。中身は、電話を切った東雲が、運び出しやすいように積み上げていった。
あらかた作業を終えて、東雲は缶コーヒーを飲み、葉桜は煙草を一本吸った。灰が落ちそうなので灰皿を探してやろうとしたが、彼は涼しい顔だ。灰は、窓からの光に照らされて、空気の中へと消えていった。
「葉桜君。もうひとつ聞かせてくれるかね。君は……大崎君を、何から守ろうとしていた?」
データ整理にあそこまで深入りさせながら、戸部の情報からは遠ざけていた。
相手は今日初めて目を輝かせ、いたずらっぽく笑った。ごく小さな笑みではあったが。
「警部は知らない方がいいですよ」
生者は関わらない方がいい――葉桜の、お決まりの制止だ。神経の鋭敏な大崎のことは、特に心配だったのかもしれない。
生前の大崎に、一度尋ねたことがある。
――どうかね。葉桜君を、君はどんな人物だととらえている?
答えは一瞬だった。
――人たらしですね!
この事務所で恵麻と三人、和やかに笑って過ごしたこともあっただろうか。鼻の奥がツンと痛くなる。姿勢を正し、葉桜に頭を下げた。
「大崎君を守ってくれて、ありがとう」
「助けてもらったのは、俺の方です」
廊下が騒がしくなってきた。部下たちが到着したのだ。静かに話せる機会は、もうないだろう。信頼を込めて、頷き合った。
机の引出しが開き、分厚い紙の束が二つ、三つと飛び出した。
「『請求書』?」
「顧客名簿みたいなものです。役に立つはずですよ」
パラパラとめくると、警察が正攻法ではコンタクトを取りづらい名前が次々に現れた。唖然とした。
「君、どれだけの調査を、一体どんな方法でこなしてきたんだ……」
「依頼内容は秘密ですよ」
唇に指を立てて微笑む。私に色仕掛けをしてどうする、と見当外れの反応をしそうになった。彼は三十歳で命を落としているが、その後の五年の月日も「生きて」いたことを再認識させられる。
(立場は違うが、君と共にあったこの五年間は、幻ではなかったんだな)
「この商売を始めて驚いたのは、日本には幽霊がいかに多いかということでした。彼らは……俺もですが、無関係の人間には憑かない。どこかに相談すれば、関係を根掘り葉掘り探られる。秘密裏に処理したいと願う人にとっては、うちはうってつけだったようで。こちらとしても、願ったり叶ったりでした」
「……情報源、か?」
「はい」
手の中の束が、ずしりと重みを増したように感じられた。幽霊だけでなく、人間の情報提供者にも事欠かなかったということだ。何しろ、様々な方面に顔のきく顔ぶれがずらりと並んでいる。
「そこにはありませんが、関原物産にもお世話になりました。連絡先は今も同じです。……そんな、心配そうな顔をしないでください。俺の前身はみんな知ってます。必要があれば警察と連携すること、情報を開示することも、承知してもらっていますよ」
「はぁ……」
昔、許可を取らずに勝手に捜査を進め、あちこちから文句が出た男とは別人のようだ。
(成長したものだ)
ありがたく使わせてもらうよ、と謝意を表したところで、東雲の端末が鳴った。
「はい。……そうか。簡易鑑定では同一人物なんだな? ……ふむ、わかった。引き続き頼む。それと、葉桜探偵事務所に何人か寄越してくれ。運びたいものがある……」
葉桜は表情を引き締め、鍵のかかった引出しをすべて術で開錠した。中身は、電話を切った東雲が、運び出しやすいように積み上げていった。
あらかた作業を終えて、東雲は缶コーヒーを飲み、葉桜は煙草を一本吸った。灰が落ちそうなので灰皿を探してやろうとしたが、彼は涼しい顔だ。灰は、窓からの光に照らされて、空気の中へと消えていった。
「葉桜君。もうひとつ聞かせてくれるかね。君は……大崎君を、何から守ろうとしていた?」
データ整理にあそこまで深入りさせながら、戸部の情報からは遠ざけていた。
相手は今日初めて目を輝かせ、いたずらっぽく笑った。ごく小さな笑みではあったが。
「警部は知らない方がいいですよ」
生者は関わらない方がいい――葉桜の、お決まりの制止だ。神経の鋭敏な大崎のことは、特に心配だったのかもしれない。
生前の大崎に、一度尋ねたことがある。
――どうかね。葉桜君を、君はどんな人物だととらえている?
答えは一瞬だった。
――人たらしですね!
この事務所で恵麻と三人、和やかに笑って過ごしたこともあっただろうか。鼻の奥がツンと痛くなる。姿勢を正し、葉桜に頭を下げた。
「大崎君を守ってくれて、ありがとう」
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