TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

文字の大きさ
52 / 59
第3章 桜が散る時

第10話

しおりを挟む
 東雲は、葉桜から提供されたデータを最大限に活用した。捜査班の中で利用するのはもちろんのこと、上にも報告を上げ、葉桜に対する警察内部の疑念を払拭させた。幽霊探偵として捜査を続けてきた男の執念は、ごくプライベートな部分を除いて皆の知るところとなり、探偵事務所の顧客たちも協力を惜しまなかった。
 いよいよ戸部の逮捕に向けて動き出す直前、東雲は一課の全員に向けて話をした。
「葉桜君は最後まで警察官だったと、私は思っている。異論はそれぞれあるだろう。しかし正義を行おうとして命を賭けたことは、紛れもない事実だ。科学では説明のつかない力に翻弄された時、彼よりうまく立ち回れると断言できる者が、果たしているだろうか。私にはそんな自信はない。恐怖に打ち勝つ心は常に持たなければならない。だからこそ、恐怖と戦い、大切なものを守ろうとした葉桜君に心残りがないよう、今日で決着をつけたい。それからこれは、大崎君が気にかけていた事件でもある。彼は最期の時に当たり、葉桜君の真実が解明されることを望んだ。その思いに報いるためにも、皆の力を貸してほしい。よろしく頼む」
 大崎の名に、数人が涙を浮かべた。理解できないことが多すぎるし、幽霊を信じない主義の者もいる。だが、提示された資料と事実は悉く一致していた。二人の幽霊探偵と二人の女性が力を合わせ、一連の凶悪事件を解決へと導いた。四人のうち三人は他界しており、一人は入院中だ。ここまでお膳立てが整っていながら失敗したとなれば、警察の沽券にかかわるし、彼らに合わせる顔がない。全員が、心をひとつにしていた。

 網は全国に張っていた。各地の警察に協力を要請し、一気に逮捕した。同じタイミングで、警視庁の東雲率いる班が戸部のマンションに踏み込んだ。戸部はベッドの中にいたが、観念したようにゆっくりと起き上がった。紅潮した頬に、東雲は内心焦った。
(また琴絵さんに……? 供述はとれるか?)
 彼に、あとどれだけの時間が残されているのか。服を着て立ち上がったものの、今にも倒れそうに見える。両脇から抱えられ、容疑をあっさり認めた。死期が迫っていることを感じ取って、投げやりになったものか――あるいは、最後に良心が目覚めたのか。

 逮捕劇に騒然とするマンションも、屋上は静謐だ。葉桜は、あと一日だったのにと悔しがる琴絵に優しい目を向けた。
「逮捕されちゃった」
 拗ねた声が何ともかわいい。ホッとしたせいもあるのか、妻に対する恐れは消え、尽きせぬ愛情だけが沸き起こる。
「おいで。お疲れさん」
「うん……」
 二人の仕事は終わった。長いような、短いような復讐劇だった。見つめ合えば、変わることのない恋だけがある。唇が重なり、光が幽体を象っていく。混じりけのない想いを分け合い、指を絡める。
 視界の片隅で、戸部が連行されていく。安堵したような表情を浮かべ、ふとこちらを見上げた。葉桜は、もう、彼を殺したいとは思わなかった。
 刑事として抱いてはならない妄執を拭い去ることができず、辞めて探偵に鞍替えした。今やっと解放された――と、琴絵に目を戻した時、下が騒がしくなった。戸部が倒れている。
(間に合わなかったか……)
 妻は唇を噛み、瞳をギラリと燃え立たせた。復讐を遂げてなお、両親を殺害された怒りは鎮まることがない。それでも、彼女は自分の取った方法を決して悔やまないだろう。
(ここからが、俺の最後の仕事だな)
 肩を抱き、息絶えた仇から目を背けさせ、帰るべき場所へと導く。
「行こう。『ここ』にはもう用はない。そうだろ?」
 妻は頷かなかったが、抵抗もしなかった。
 五年の長きに渡りマンションを覆っていた靄は薄れ、底の見えない深淵も小さくなっていった。

 二人は、葉桜探偵事務所の、住居の部分へすぅっと入った。こっちは数か月使っていなかったが、琴絵の力で今も清浄に保たれている。事務所の方はいろいろ運び出されたあとだが、住居は警察の手が入っていない。東雲や村山の配慮によるものだろう。
 落とし物をたくさんしてきてしまった、と言いたげな妻は、泣き出しそうに部屋の中を見渡している。新婚生活を送ったアパートの光景を重ねているのだろうか。できれば連れていってやりたかったが、あの建物は取り壊されてしまった。
「琴絵。休もう……な?」
 ベッドに誘うと、するりと服を脱ぎ捨てた。下着も、髪飾りも、床に落ちる前に霧散する。葉桜も同じようにした。服だけではない。煙草もライターも、もういらない。お互いの存在だけでいい。
 初めての夜の時のように、一歩先を期待しながらためらっている永遠の恋人を、すっぽりと包み込んだ。知り抜いた体は、幽体同士でも感じ合える。触れ合える。魂が擦れ合うから、相手が得ている快感をも、自分のものとして受け止める。これを最後と決めた交合の中で、すべての謎が明かされた。
 琴絵が見てきたこと、体験したことが伝わってくる――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

霊和怪異譚 野花と野薔薇[改稿前]

野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。 静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。 『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。 一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。 語られる怪談はただの物語ではない。 それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。 やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。 日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。 あなたも一席、語りを聞いてみませんか? 完結いたしました。 タイトル変更しました。 旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 本作は改稿前/改稿後の複数バージョンが存在します 掲載媒体ごとに内容が異なる場合があります。 改稿後小説作品はカイタとネオページで見られます

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/2/19:『おとしもの』の章を追加。2026/2/26の朝頃より公開開始予定。 2026/2/18:『ひざ』の章を追加。2026/2/25の朝頃より公開開始予定。 2026/2/17:『うしろまえ』の章を追加。2026/2/24の朝頃より公開開始予定。 2026/2/16:『おちば』の章を追加。2026/2/23の朝頃より公開開始予定。 2026/2/15:『ねこ』の章を追加。2026/2/22の朝頃より公開開始予定。 2026/2/14:『いけのぬし』の章を追加。2026/2/21の朝頃より公開開始予定。 2026/2/13:『てんじょうのかげ』の章を追加。2026/2/20の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...