TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第3章 桜が散る時

第11話

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 両親が殺された事件の首謀者を逮捕したのは、後に夫となる葉桜康平だった。合コンで知り合った、六歳年上の刑事。彼といると、強張っていた心がほどけ、心から笑うことができた。
 康平は結婚後もあの事件を調べ続けていた。家庭を持ったから今まで以上に頑張りたい、妻を喜ばせたい、守りたいと、そう思ってくれるのは嬉しかった。何があってもついていくと決めて、結婚したのだ。多少の寂しさは我慢しなくてはと、自分に言い聞かせた。生まれて初めて、いつまでも一緒にいたいと思った相手だから。毎日、彼の無事を願った。祈りが力になるのなら、体も心も魂も、彼のために全部使いたい。琴絵は、全身全霊で康平を愛していた。
 一人の時間が増えるにつれて、寂しさが募った。だからといって、浮気をするつもりなどなかったが……心の隙に付け込まれた。
 戸部は、偶然を装って近付いてきた。人心掌握に長けた彼には、造作もないことだっただろう。琴絵の孤独にするりと入り込み、距離が近くなるとスッと引いた。素直でまっすぐな恋しか知らない琴絵は、知らず知らずのうちに気持ちを操られていた。自宅マンションの合鍵を渡され、避難場所にしてしまった。
 疑念が起こったのは、康平と海に行く日が迫ってきた、ある晩。ふと目を覚ますと、戸部が誰かと電話で話していた。背中を向けたまま、聞くともなしに聞いていると、自分の名前が出た。叫び出しそうなほど驚いたが、堪え、起きているのを悟られないようにした。
「そういうのではないんだ。琴絵は……ああ、そうだ。あの忌まわしい事件の生き証人である事実は変わらない。正にその時を目撃されたわけじゃないが……ああ、わかってる。……危険、か。……心配するな。新米刑事にこれ以上何ができる」
 新米刑事とは、夫のことか。では、事件とは。愛していると囁かれ、寂しさに壊れるよりはと肌を許した相手が――両親を殺した事件に関わっていたというのか。
 声は抑えていても、肩が震えるのを隠すことはできなかった。聞いていたとわかったら、自分も殺されてしまう。それはいやだ、生きるも死ぬも康平と一緒だ――。
「次は私だと? こう言っては何だが、あいつとは違う。……とにかく、彼女のことは私に任せてくれないか。きっかけはどうあれ、今は本気なんだ……」
 知っていた。感じていた。何らかの目的があったにしても、戸部は、今では真剣に自分を愛し始めている。体だけではなく心まで通じ合ってしまったら、康平に対して本当の裏切りになる。だからここ数日、もう終わりにしなくてはと悩んでいた。
 電話を置いた戸部は、琴絵の肩にキスをして囁いた。
「怖い夢を見ているのか? 君からすべてを奪った男の隣で……」
 彼は布団に潜り込み、背中から抱きしめてきた。覚えてしまった腕の長さや体温が、憎くてたまらなかった。見つけた、見つけた、見つけた――!! 康平に知らせなくては。どうやって。それは裏切りの告白と同義だ。妻が仇に騙されて浮気をしたと知ったら、康平がどんなに傷つくか。せめて、ここに出入りしている間に何か証拠を見つけられたら……。
「十年だ。君には本当に悪いことをした……。いつか打ち明けるから、もう少し時間をくれ」
 許せない! 「いつか」など待ってやるものか。康平は周辺を、自分はこの家を調べて、動かぬ証拠をつかむ。二人で力を合わせて、破滅に追い込んでやる!
 それにしても、呆れた男だ。狸寝入りに気付かず罪を告白するとは。グループのリーダーは性根が腐っていたが、戸部には少しは、人間らしい部分が残っているのだろうか。救いを求めるように触れてくる指を噛み切ったら、鮮血とともに罪も噴き出すだろうか。そうだ、自分がこの男を殺したっていいはずだ……。
 頭がグラグラする。殺意と憎悪で体中の血が煮え滾っている。人として、刑事の妻として、それだけは絶対に許されない。戸部の寝息を聞きながら、暴れ出そうとする復讐心を必死で抑え込んだ。
 翌朝、平静を装って朝食を共にし、早めに部屋を出た。玄関で抱き寄せられ、口づけられた。彼の方が、縋るようだった。
「罪を犯していることはわかっている……。君と、もっと早く……別の出会い方をしていれば」
 もっと早く? 結婚前にということか。馬鹿な男。康平だから結婚したのだ。
「私は、これでよかったと思っています」
 愛する夫に、最高のプレゼントができるかもしれない。
「そうか」
 離れていく指。心の中で、この関係に終止符を打った。
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